33歳の朝は吉田拓郎とともに

2026年3月18日、この記事を書いている今日、私は33歳になった。自分の誕生日が近づいていると感じたとき、いまさら嬉しくもめでたくもなく、それはいつもの私のへそ曲がりではなく、本当に、年齢がプラス・ワンされることが怖かった。寿命に近づきたくない。寿命って、なんで「寿」なんて字が入っているんだろう。なんぼかでも長生きしたらめでたいということかしら。そんなこと、まだ生きてる人が勝手に思うことではありませんか。

33歳、なるのが怖い。数日前から、33という数字を好きになる理由を探していた。ゾロ目はあんまり好きじゃない。同じ数字が並んでいるのはあんまり美しくない。好きなゾロ目は11だけ。素数だからである。そう、私は素数大好き人間であるが、33は素数の3が並んでいるくせに素数じゃないからイヤなのだ。

33という字は、見れば見るほど、メガネを外した人の目のマンガ表現に見えてくる。私がメガネを探しているときの顔だ。メガネをかけずにメガネを探すほど、なんだか理不尽で、本末転倒なことはない。メガネ置き場は決めているのだが、もう限界じゃ…と布団に倒れるようなときには、どこでもいいから置ければいいとなってしまう。まだ踏んで壊してないのは、ふむ、33歳、いまのところめでたいことではあるかもしれない。

なんだかパッとしないまま、誕生日まであと90分というところで急に思い出した。そういえば…33って、ダヴィデ・バルテザーギ君の背番号じゃね!?ということを。私はサッカー大好き人間であり、なかでもイタリア・セリエAの名門ACミラン大好き人間である。バルテザーギ君はミランのユースからトップチームデビューした弱冠20歳の左サイドバックである。トップ昇格したての頃から、積極的に駆け上がってクロスを供給できる攻撃力に注目していたのだが、今シーズンに入ってキックの精度の成長ぶりを見せつけ、フリーキックやコーナーキックを任されるようになった。193cmもの長身もディフェンダーとして魅力的だ。まだあどけなさの残る風貌の彼も、いまや我が軍の重要なピースであることに間違いない。そのバルちゃん(と私は勝手に呼んでいる)の背番号に、私は…なるのか!そうひらめいたとき、私は、33歳になることを受け入れ、すやすやと眠りについた。

33歳の朝、ふと聞きたくなって、吉田拓郎の「流星」をspotifyで流した。2番に「さりげない日々に つまづいた僕は 星を数える男になったよ」という歌詞がある。私も10代から今までずっと「さりげない日々」につまづき続けている。さりげない日々は難しい。おなじく吉田拓郎が作った曲である「襟裳岬」は、さりげない日々のままならなさを歌詞の全体に帯びている。「流星」のサビは毎回「君の欲しいものは何ですか」問いかけ、今日の私は「コオロギ(飼ってるムカデの餌として飼ってる)のケージに入れる卵パックかなあ」などと考えていた。誕生日、プレゼントに何が欲しいかと聞かれたって「とりあえず今必要なもの」になりがちではないですか。どうでしょうか。

「流星」の最後のサビだけ、「僕が欲しかったものは何ですか」という問いを投げかけて締めくくられる。誰かじゃなく、私が私に「欲しかったものは何だ」と問うことは別の意味合いを持つ。

私はこの数年ほど「何者にもなれなくていい」と思うことで、ある種の安心を得て生きてこれた。それまでずっと「何者にもなれない私」を許せずに苦しんだからである。ところが数ヶ月ほど前から、やっぱり私は何者かになりたいのではないかと思い直した。「何者かになりたいけど、なれてない私」を否定せず認められるようになったということでもある。私に「欲しかったものは何だ」と問われた私は「何者かになりたかったんだよ」と答える。じゃあ、何に…それを探してみようか、33歳の私よ。こんどはゆっくりと気負わずに、路傍にまだ見たことない虫を探すように。

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山都ウミ

とってもひよわです。札幌出身、仙台在住。いまとなっては仙台大好き。サッカーと相撲と虫も大好き。

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