大河ドラマは当然のことながら、実在の人物が登場する。
現在放送中の「豊臣兄弟!」(仲野太賀さん主演)もそうだ。織田信長やら、豊臣秀吉やらが登場する。
でも、中には実在していないキャラクターもいる。その中の1人である、とあるキャラクターは割と重要な役割を演じていた。でも、退場してしまった。魅力的なキャラクターだったので、惜しむ声や悲しむ声がネットなどでは散見されたようだ。
私は「歴史的には実在しないキャラクターだけど愛されていたのだなあ」と思った。
その一方で、私の身内の歴史好きの反応は冷ややかだった。「実在しないからね」とそのキャラクターに心を動かされた様子はみじんも見られない。
仮にこれから、もっとそのキャラクターに関して悲しくて感動的なシーンが描かれたとしても、きっとその歴史好きは冷めた態度を崩さないであろう。
いや、むしろ「なんでこんなにこのキャラクターが出張ってるんだ?」と不満を露わにするかもしれない。
オリジナルキャラクターに対する視線はきっと多岐にわたる。
物語に彩りを与えてくれるスパイスとして好意的にとらえてくれる人もいれば、「別にいらないじゃん」と否定的に見る人もいるだろう。それは大河ドラマに限った話ではない。原作のあるアニメやドラマでもそういったことは起こり得る。
私としては、物語を面白くするのであればオリジナルキャラクターがいてもいいと思っている。でも、そう感じるのには一定のラインがある気がする。例えば、オリジナルキャラクターが過剰にチヤホヤされだしたら「ああ、この作品は終わりだな」と思うかもしれない。有体に言えば「冷める」。
仮にもっと描写が露骨になって、「オリジナルキャラクターわっしょい祭」になる場合は、「もういいかな」と思って二度とその作品を追わなくなると思う。
少し話は変わるが、最近、主役を差し置いてみんなから愛される脇役または悪役を描いた作品が数多く生み出されている。パターンはあるけれど、事故かなんやらで転生をした主人公がひょんなことから、自分が大好きだった物語(小説やゲーム)の脇役(または悪役)になってしまう。結局のところ、前世の知識やスキルを生かして周りから注目・称賛を浴び、複数の魅力的な異性から求愛される。
では、本来の作品の主人公はどうなるかというと、ものすごい嫌な奴として描かれるか、主人公に心酔するファンのような立ち位置にされてしまう。おおむねこういったストーリーラインが多い気がする。
ただし、脇役や悪役に転生してチヤホヤされる話は、そういったコンセプトで最初から描かれている作品だ。そういう条件の下、お話を楽しみたい人は読むのだからとやかく言うのは野暮かもしれない。ただ、なんというか作者や想定される読者が、自分も主役を差し置いてチヤホヤされたり、モテたりしたいという願望があるように感じさせる。
最初から脇役や悪役に転生してチヤホヤされる作品はそういったジャンルだと思えば、まあいい。
でも、そうではない作品にオリジナルキャラクターが登場して大暴れするのを見るのは個人的に好きではない。
オリジナルキャラクターのために何話も時間を割かれるのは嬉しくない。
特に恋愛関係に絡んでくるのは本当にやめてほしいと思う。私の心が狭いだけかもしれない。でも、嫌だ。受け入れられない。楽しかった時間が一変する。
特に好きな作品だった場合、ガッカリ度が高くなる。
もしかしたら、身内の歴史好きもそれに近い気持ちがあったのかもしれない。別に、退場したオリジナルキャラクターは目立ってチヤホヤされていたわけではないとは思うが、キーキャラクターとして掘り下げられてはいた。そこが身内の歴史好きはあまりよく思わなかったのだろう。
もしも、オリジナルキャラクターを登場させたいのなら、そのキャラクターはあくまでも物語を盛り上げる役に徹するようにすべきではないだろうか。原作がある作品なら、その世界観を大切にしたい人もたくさんいる。
こういうわけで、オリジナルキャラクターと言われると、私は身構えてしまうところがある。どんな描かれ方をしているのか気になる。気になっていた作品が苦手な作品に変わってしまう恐れがあるから。
原作のある作品を映像化する人は、オリジナルキャラクターをどのように見ているのだろうか。それも気になる。
終わり
