自転車への思い

自転車に乗れるようになるまで、非常に大変な思いをした。
子どもの頃の話だが、何回も転んで手足が傷だらけになった。「なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ」と内心何度も弱音を吐いたと思う。それでも何度も何度もトライをして、ようやく乗れるようになったのだ。

まさに「自転車に乗れる」ということは、私の努力の賜物であり、ケガをしてまで手に入れた勲章のようなものだ。

でも、最近、私は全然自転車に乗っていない。理由は「面倒くさい」という一言に尽きるかもしれない。

しかし、どうして面倒くさいのか、もう少し掘り下げると「最近の日本社会における自転車の立場」に触れる必要がある。

自転車は、はっきり言うと歩行者にとっても、自動車にとっても邪魔な存在と化している。そもそもどこを走ればいいのか、わからない場合が多い。地面に自転車の通るエリアが設けられているところもあるにはある。しかし、すべての道路にそういうエリアがあるかと言われたら、そんなことはない。

狭い道になると、余計に自転車は肩身の狭い思いをする。歩道を走っていると歩行者から白い目で見られるし、車道を走っていると「邪魔だ」と自動車から睨まれる。本当に立つ瀬が無いのだ。

駐輪スペースも減ってきているというか、縮小されているような気がする。気のせいだろうか?

努力義務とはいえ、ヘルメットの着用を勧める流れになってきていることも気になる。私が見た限りだと、子どもたちはヘルメットを被っていることが多い。でも、大人でヘルメットを被っている人はまだ少ない印象だ。
やがて、努力義務ではなく、必ず被るように移行していくのだろうか。

また、自転車に関して、危険な運転を罰する法律ができた。
危険な運転は確かに良くないけれど、これまで以上に自転車に対するまなざしが厳しくなっていくことを感じて少々辟易とする。

もはや、自転車は気軽に乗れる乗り物ではなくなってきている気がしてならない。

私は面倒くさがりなので、「だったら自転車に乗らない方がマシ」と思うこともある。

それでも、あれだけ乗るためにケガをして練習した自転車だ。多少なりとも思い入れはある。「もうこれから先は乗らない」と言い切ってしまうのもなんだか惜しい。

自動車免許を持っていない私にとって、運転できる数少ない乗り物。それが自転車だ。

昔は、「自転車があればどこまでも行ける」と思っていた。友達と遠出をしたときも、一緒にいてくれたのは自転車だった。

そういえば一時期、自分の自転車にふざけてではあるけれど「アクアマリンふくしま号」という名前をつけたこともある。(実在する水族館の名前。CMが耳についていたから、なんとなく名前を拝借した。)

思い起こせば、いくつか思い出のある自転車。

使う機会を増やしたい。

終わり

  • 0
  • 0
  • 0

テオ

はじめまして。テオと申します。自閉症スペクトラム障害(ASD)です。主に物語とエッセイを書きます。よろしくお願いします。

作者のページを見る

寄付について

「novalue」は、‟一人ひとりが自分らしく働ける社会”の実現を目指す、
就労継続支援B型事業所manabyCREATORSが運営するWebメディアです。

当メディアの運営は、活動に賛同してくださる寄付者様の協賛によって成り立っており、
広告記事の掲載先をお探しの企業様や寄付者様を随時、募集しております。

寄付についてのご案内