大道芸人のこと

昔、上野公園で大道芸を見る機会があった。別に、それを目当てに行ったわけじゃない。でも、たまたま大道芸人が芸を披露しているところに出くわしたから足を止めただけである。

大道芸人は、台の上にドラム缶らしきものを置いて、その上に板を敷いて乗るという芸を披露していた。とにかく、落ちたら大けがであろう。
その大道芸人も「他の同業者が同じことをやって、首の骨(もしくは頭の骨)を折る大けがをした」とか何とか言っていた。そんなにも危険な技を、どうしてこの人はやるのだろう。上野公園の通りすがりに見せるものとしては命を懸けすぎている気がする。
私は「人を楽しませたいという気持ちの強い人なんだなあ」と思い、半ば感心して芸を見守った。

しかし、芸が終わるとその大道芸人は口調は丁寧だったが群衆に向かってお金を求めた。まあ、当然のことだろう。やっぱりボランティアなわけがない。この人は仕事として、危険な大道芸をやっているのだ。伊達や酔狂でやっていたとすればよほどの怖いものなしの命知らずだ。

私は、この大道芸人にすっかり感心して、千円札を渡した。他にはたくさんの子どもたちが親に持たされたお札を握りしめ、大道芸人のもとに集っていたと思う。


大道芸人は、これも当然のことながら「募金ではないのでお札のお金をお願いします」とも言っていた。まあ、これも言われてみればそうである。正論だ。

私は心の中で「大道芸人はお札のお金を求める」とメモをした。もしも今後の人生で、大道芸人をしっかり見たときにお札のお金をちゃんと渡せるようにするためだ。


また、「大道芸はボランティアではない」ともメモをした。うっかり足を止めて見てしまったら、お金を払うべきなのだ。だから、お金のない私はあまり足を止めないようにしようと心に誓った。

しかし、やっぱり広い公園に出かけると、休日には大道芸人が芸をしているのに出くわすことはあり得る。


私は、ある日、別の場所に行ったときに大道芸人に出くわした。人だかりができていたので近寄ってしまったのである。芸は終盤に近く、つい見てしまった。

そして、芸が終わるとやはり大道芸人はお金を求めた。数人はお金を渡しに行ったが、お金を渡さずそそくさと立ち去る人たちもいた。
芸を見るだけ見て、お金を払わない人たちに大道芸人は「そうやって生きて行ってください」とにこやかにだが、鋭い皮肉を投げかけていた。汚い暴言ではないけれども、とげのある言葉でヒヤリとする。

私は、最後の方しか見ていないため、お金を支払わずにその場を去った。「そうやって生きて行ってください」という言葉が矢のように胸に刺さり、ズキズキするのを覚えながら。

思い起こすと罪悪感のようなものと、怒りのようなものを大道芸人たちに感じる。彼らはそもそも「これは有料です。大体千円以上からお気持ちでいただいてます」と前もって言いもせずに芸を公園で披露していたのだ。どうして、終盤だけ見て立ち去る私が罪悪感を持たねばならないのだろう。


そりゃ、最初から最後まで見ていたなら話は別だけれども。命懸けのショーなのだから、タダで見て去る人に怒りが湧くのは当然っちゃ当然かもしれないが。しかし、私はあの大道芸人に「お願いだから芸をしてください」と泣きついた覚えもない。こんなに私の胸を痛ませるのは、少し理不尽ではないのか。

そうこう考えているうちに、月日は流れた。
そして、また最近、大道芸を見かける機会が訪れた。桜祭りを見に出かけた西公園で、またもや人だかりが目に入り、人の隙間から大道芸人が何かしらのパフォーマンスをしている様子が伺えたのだ。


同行していた母は立ち止まり、芸を少し見ていた。私は母を促し、屋台の方へ誘導。
「すごいねえ」と母は言ったが、私は「でも結局はお金をとられるよ。あげないと嫌味を言われるし」と応じた。

かつて大道芸を見たときの苦い気持ちを思い出し、それを忘れようと並ぶ屋台たちを片っ端から眺めた。そのおかげもあって、すっかり食べ物のことや飲み物のことで頭がいっぱいになり、大道芸のことは忘れてしまった。

花見を一通り楽しみ、公園内にある櫻岡大神宮へ参拝し、「さあ帰るぞ」という段になった。すると、公園の入り口付近に芸を終えた様子の大道芸人が疲れ切った様子で座っていた。もう人だかりもなかった。

「この人には桜を見る暇や余裕はなかったのだろうな」と思い、険しい表情を浮かべる大道芸人を改めてすごいなあと感じる。もしも、最初から芸を見ていたなら、私はお金を渡していたと思う。

ところで、大道芸人は芸を披露する前にどこで練習しているのだろう。結構危険なパフォーマンスをすることも多いだろうし…謎である。ただ、ものすごく練習をして芸を磨いていることに違いないと思う。

今後、もし最初から最後まで大道芸を見守る機会があったら、たくさん拍手をしてお金を渡すつもりだ。

私はお金持ちではないので、大した金額は渡せないけれども。

終わり


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テオ

はじめまして。テオと申します。自閉症スペクトラム障害(ASD)です。主に物語とエッセイを書きます。よろしくお願いします。

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