聴きたい曲があればインターネットブラウザで検索をかけ、ダウンロードし音楽プレーヤーに入れさえすれば簡単に持ち歩けると思っていた。月額料金を払えばスマートフォンでいくらでも聴ける時代だとも。
そんな思い込みがすっかり覆された。とあるアーティストの楽曲が全くといっていいほど見つからないのだ。大部分のサブスク配信が停止されており、単独名義の人気曲、アルバムが配信されておらず(コラボ曲は一部残っている)、動画サイトではライブがほとんどで観客の声や拍手が混ざっているし、古い映像だとどうしても気持ち良く聴きとれない。そんななのでフリマアプリを通してCDを探す。
中古でもなんでもCDを買うなんていつぶりだろう。少なく見積もっても十年は手にしていない。聴こうと思えばいつでも聴ける環境が、特典やジャケット写真を楽しむことを忘れさせていた。が、地元の同級生は違った。
「いや、俺はずっとCD買ってるけど」
「ずっと?」訊き返すほかなかった。
金曜日の夕方、最寄りのコンビニエンスストアで再会する度に彼とは入口の前で互いに直近の出来事を話し合う。そこである日、CDを買わざるを得ない状況について語ったところ、友人は特に驚きもしなかった。
友人曰く、自分が推しているバンドの曲はそもそも配信されない。詳しくはよくわからないが、CDで作品を楽しむものなのだと。例えば収録された曲、一曲目から二曲、三曲目と物語が続いていたり、ブックレット含めて作品として完成するのかもしれない。だとしたら私にとっては未知の領域だ。
私が経験した『引退からの配信停止』とは異なり、彼は『バンド自体は活動中だがサブスクは解禁されない』現実を叩きつけられている。そのバンドが配信を受け入れない以上、ファンとして追い続けるには新曲が出る度にCDを買うしかないわけで、友人はそれを当然のように受け取って、一人のファンとして作者の表現について行っているのだろう。