2018年夏、海外サッカーに恋をした

吾輩は海外サッカーファンである。観戦歴8年ともなれば、そろそろ中堅といってもいい頃であろうか。残念、私は永遠にニワカである。

そもそも私はサッカーなんて大嫌いだったのだ。中学生のころクラスになじめなかった私にとって、サッカー部の男子はな〜〜〜んかすっげ〜〜チャラくて、とても怖かった(※あくまで私の母校の話である)。それに、私はガンダムのオタクで、なんだかもうそれだけで「はみ出して」しまっていた。私が中学生だったころは、まだオタクが市民権を全然得ていなくて、迫害の対象にあったのだ。それでいじめられていたこともあり、オタクである私にとって、非・オタクである「一般人」は敵だった。で、そんな私の中の「一般人のイメージ」のひとつとして、なぜか「サッカーが好き」というのがあった。なぜなのだろう。この飛躍は何なのだろう。何か忘れているだけで理由がある気がするのだが、とにかく、なぜか、長い間私にとってサッカーとは敵の嗜む趣味の最たるものだったのだ。

そんな私が海外サッカーと恋に落ちたのは、ツレが海外サッカーファンだったからである。なんだれ!?(怒)そのパターンかよ(怒)もう読まん(怒)と思われただろうが、ちょっと待って欲しい。私がツレの影響で好きになったのは海外サッカーだけである。

あれは2018年の夏、ロシアW杯開催中のことである。例によってサッカー嫌いの私は、ツレが試合を見せようとしても断り続けていた。ところがある日のこと、私はたまたまウルグアイ代表の試合を眺めていた。そして、その試合のある瞬間、あるプレーに、私は大変な衝撃を受けたのである。それは、シュートでも、ドリブルでも、パスでも、セーブでもない。それは、のちに私のアイドルとなる、ルイス・スアレスのファールであった。彼は自らファールをしたのにも関わらず、まるで自分がファールを受けたかのように悶絶していたのである。しかも、映像上では絶対痛くないところを痛がっていたのだ。その姿を見たとき、私は思わず笑ってしまった。私がサッカーを見て、初めて笑った瞬間だった。

今にして思えば、南米のサッカー選手としてはわりとよくある光景だった。だが、私の目には、ものすごく新鮮に映ったのだ。私が笑ってしまったのは、そんな見ればわかるようなズルを必死でやっているのが可笑しいと思ったからだ。しかし、少しずつ心の中で滾り始めた感情ーそれは、こんなにも見せつけられる、「どんな手を使っても勝ちたい」という気持ちに共鳴する、情熱だった。

この選手は、大変エモーショナルだ。よく泣く選手だ。悔しくても泣くし、うれしくても泣く。仲間の退団セレモニーでも泣くのが早い。もちろんいつも泣いてるわけじゃない。ゴールを決めた仲間にいつも一番に駆け寄って、本人よりも喜んでいる。感情がいつも爆発している。全力でズルをする。時には爆発のあまり相手選手に噛み付く(それも若い頃の話だが)。とにかく素直に、素直すぎて心配なくらい、心と身体の全部で、ただ「勝ちたい」という強烈な思いを表現している。それは私が中学生のころに見てきた、「マジメとかダセェw」って感じでチャラついてた「一般人」とは全然違った。私の心がスアレスの勝利への熱い渇望と共鳴したそのときから、サッカーは憎むべき「あいつらのもの」ではなく、私の人生になったのだ。

さて、私はなるべくなら「サッカー好き」ではなく「海外サッカー好き」と言うようにしている。地元のサッカーチームはもちろん応援していて、毎週試合を見ている。日本代表の試合だって見る。けれども、やっぱり私は「海外サッカーファン」なのだ。なんだか生意気だけど。

これまでの人生、私は「海外」というものにそれほど興味を惹かれず生きてきた。というか、自分の興味関心の範囲が日本国内から出ることがなかったのだ。それは、海外発信の文化にそれほど縁がなかったからかもしれない。洋楽聴かない、海外ドラマも映画も観ない、海外文学読まない。日本のそれらのほうが共感できる気がした。今はまったくそう思わないけれど。

そういう自分が初めて「海外」に興味を持つきっかけをくれたのがサッカーだった。ヨーロッパのデカいクラブチームを好きになると、そこはだいたい多国籍軍である。地理も世界史も超苦手だった私は、好きなチームの選手を通して知った国もたくさんある。特に東欧諸国や旧ユーゴスラビア圏がそうだろうか。アフリカなのか中南米・カリブ海なのか、いまいちわからない国もだいぶ判別できるようになった。国旗もふつうの人よりはたぶんたくさん知ってる。サッカーほどワールドワイドに愛され、生活の一部に溶け込んでいるスポーツはあるまい。断言してもいい。私に日本人として、日本での暮らしや人生があるように、さまざまな国から来たそれぞれの選手に、国の数だけ、人の数だけ、その国での暮らしや人生がある。国の名前と、その国の選手の名前や人となりを知れば知るほど、その地に馳せる思いが、世界を血脈のように広がっていく。ひ弱な私はこの街からでさえ、そうかんたんに出られないけれど、心は、それはそれはたくさんの国を旅していくのだ。

私の永遠のアイドルであるルイス・スアレスは南米のこぢんまりとした国、ウルグアイ出身の選手である。小国ながら数多くの名選手を輩出し続ける国だ。スアレスの存在に始まり、私はいつしか、南米のサッカー選手の危険なまでの闘志や、自分にはかけらもない性根の明るさの虜になっていった。そんな彼らに、どうしても近づきたい。その思いに突き動かされ、私はついにスペイン語の勉強を始めるまでに至ったのだ。かれこれ1年以上続けており、いっこうに上達の気配は見えないが、スペイン語を勉強しているその瞬間、楽しい。私の好きな、南米の選手たちの世界を、ほんのすこーーーしだけ、お裾分けしてもらっているような気がする。選手のスペイン語のSNSが読めるようになってくるのも楽しい。スペイン語を聞いていると気分がいいので、なぜかメキシコのルチャリブレの生配信まで見るようになった。ツレはプロレス大好き、特にルチャリブレが大好きなので、きっと「やったぜ」と思っていることだろう。

少し前まで、NHK-BSの「ワールドニュース」を見るのが好きだった。イギリス、ドイツ、フランス、スペイン、アジア諸国などなどの現地のニュースが同時通訳で見られる番組なのだ(南米も入れてほしい)。極右政党の台頭、税金や年金の問題、オーバーツーリズム、無差別暴力事件、酷暑、移民…その国それぞれに深刻な社会問題がある。私はその国の出身である選手や、その国のリーグでプレーしている選手のことをちょっと思い出す。みんなどう思ってるんだろうと。心を痛めているかも知れない。怒っているかも知れない。まさにその、当事者かも知れない。あるいはノンポリを貫いているかも知れない。まあ、考えすぎですよ!と言われてもしかたないかもしれないけど、ある国の話題を目にするたびに、いつもうっすら考えている。でも、そんな私も、いよいよきな臭く爆発してしまいそうな世界の空気に耐えかねて、しばらく見られないままでいる。

さて、けっこう殊勝なことを書いてはきたが、私の海外サッカー好きとしての活動は、永遠にニワカ級だし、ミーハーである。自分の好きなクラブの対戦相手に爆イケメンがいたら即SNSをフォローしたり、好きな選手のインスタのストーリーをスクショしたり、ええ写真に出会って奇声を上げたりしている。好きな選手がヒゲを生やせば喜び、ヒゲを剃れば悲しむ。我が軍が勝てば、祝勝会としておいしいものを食べる。負ければ、反省会として、あるいは自分への慰めとして、やっぱりおいしいものを食べる。試合中、選手のいいプレーに「オッ…オオッ!」となんか気持ち悪い声を漏らしたり、ゴールが決まれば「やった〜〜〜!!!」と跳ねたり、失点すれば思わず転がって足をテーブルにぶつけたりしている。私に飼われている生き物たちからすれば大迷惑である。好きなチームが好調なときは、その期間ずっとうれしい。ダメなときはずっと苦しい。私の心はマイチームとともに戦っているのだ。でも、大人になったら毎週戦うってそんなにないよ!生きてるって感じがするな〜!

私は冒頭、どうせ一般人はサッカーとか好きなんでしょ、と思っていたと書いた。ところが、いざサッカーの世界に足を踏み入れると、別に一般人はそんなにサッカー好きじゃない。嫌いでもないけど。欧州や南米の強豪国では、週末にサッカーを観るのは大多数の人にとって、当たり前のことなのだ。生活の一部であり、人生である。サッカーは単なる「人気のスポーツ」ではもはやない。文化なのだ。日本もそれに倣え、と思っているわけではない。でも、なんか…サッカーが好きだという人に出会ったとき、「やっと出会えた!!」と思えるほど、サッカーが好きな人の存在が希少だとは。中学生のころの山都ウミさんへ。サッカーが好きな一般人は、そんなに一般ではないです。

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山都ウミ

とってもひよわです。札幌出身、仙台在住。いまとなっては仙台大好き。サッカーと相撲と虫も大好き。

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