感情ディストーション

ここに記事を書き始めてからちょっとだけ日が経ったけど、相変わらず書きたい欲が尽きなくて困っている。
いやー。人間の欲って際限がないってよく言うけど、それってほんとなんだな。上手く言えないけど、
何から何まで際限がなくて正直とかってわけでもなく、自分の欲求にだけは忠実になれる人間って生き物
すごい不思議。5、6年くらい前に違うところに書いた話ではあるけどここでは初めて言うからちょっと話すと、
欲ってのは限りがないぶんどんどん湧き出てくるもんでもあって、上手くやれば自分の意思でもって
逆らうことだって出来てしまうものでもあるんだよ、という話。いつものルーティンと自分の欲求ってイコールだって勝手に思ってて、例えば何かやりたいことが3あって、でも違うこともしたいなって考えが1あるとしたら、
まずはやりたいことを最初に優先してやってから違うことをやるって当たり前の考え方じゃ全然ダメ。
何が言いたいかっていうと、『やりたいこと』っていアクションの中に『違うこと』を取り入れれば自分の欲に正直になれて、且つ逆らえるから一石二鳥じゃん、っていう。やりたいことの中に違うこともしたいなを入れたら逆らうも
何もないじゃんって思うかもしんないけど、自分的には今話したみたいに『ルーティン』と『やりたいこと』は
イコールだって思ってるの、なんとなくだけど。やりたいことが一番にあって、その中で違うことをすれば
『いつものこと』を『味変』できてしまうから一石二鳥だよねっていう。その『やりたいこと』と
『違うこと』ってのは全く違うもんじゃなくて、いつもやってることの中で違うことがしたいな、ってことだから
分かりやすく言うと『飽き』がくる。飽きがきたら今までやってたことと全く違うことをしたくなるものだけど、
それだと自分の欲に正直になれてない、ただ飽きたから違うことしよう、って感じに落ち着いちゃってるから
『逆らえて』はないんだよな。やりたいことあるならほんとにやりたいことをしろよって。そん中でなんか
物足りない感じが出たらその中でちょっと違うことをしてみたら良いんじゃないのって話。

例えば、ちょっとざっくりってか雑だけど、買い物とかに行って欲しいもんあったらそれを一つ買うじゃん。
でも急に違うもんも欲しくなったりするじゃん。ってときはどっちか一つをナシにするんじゃなくて、
『これ〇〇個、これも欲しいから〇〇個』みたいな感じで決めるといい感じに味変できる。
ほんとに欲しいものと、それとは別に欲しいものが別々に手に入るから。今のはちょっと分かりやすく
買い物で例えたけど、そういうことなんだよね、自分が言いたいのって。
自分には今欲しいものは目標くらいしかないけど、それが手に入ったらどうなってるかなぁって時たま考えるときがある。考えてるんだよ、言わないだけで!(笑)
それくらいちゃんと考えてる。今までは漠然としてたってか今もしてるけど、昔ほど何も考えられてませんっていうわけじゃない。ただ、未来(さき)のビジョンみたいなやつが浮かんでないだけ。なんていうか、ぼーっと生きてる感じがあるなあって思う、自分でも。そういう意味も含めて、今の自分に欲しいものは目標以外ない。
欲するもんじゃなくて決めるもんだろってなるかもだけど、決まんないからこそ考えるし焦っちゃう。
逆に言えばそれが一番面白いんだけどね。こう、『人生』って感じで。
前もちょっと話したけど、分からないこととか識らないことってのは多いほうが絶対良いし、何もかも簡単に行ったらとくにこれといった苦労も努力もせずただただ生きていく、って感じになるから得しないんだよね。
初めて話すことだけど、自分は損することよりも得することがしたいってずっとずっと思ってて、
それがたとえ損をすることだったとしても自分にいい経験として作用するからそれはそれでいいや、って
考え方だった。ついこの前まで。でも最近になってそれはちょっと違うんじゃねって思い始めた。
損するのはもちろん経験になるけど、全部が全部それもいい経験だった、で片付けられるか否かで言うと
そうじゃなくて、やっぱり損をしてるぶん自分も自分で落ち込むし、相手も相手で気分沈んで、みたいなのが
すんごい嫌で。お互いに損だから。やらかしちゃったな、って落ち込むときが一番損してると思う。
その時点で得じゃないし。自分だけが幸せになるよりも自分も相手も幸せになったほうが絶対得じゃん。
って書いてる自分が実は今一番気持ちいいんだけど(おい)、でも嘘じゃなくてガチでそう思ってる。
半分嘘で半分ガチって言葉をちょっと前によく使ってたけど、なんか、今はその言葉が嫌いになった。
嫌味じゃないけど、何が楽しくてそういうふわふわした言葉言ってたんだろうって。ガチならガチで
嘘なら嘘って正直に言えばいいだけの話じゃないのとか思うけど、嘘は泥棒の始まりで正直すぎると
馬鹿を見るから人間ってムズい。なんか、お互いが馬鹿を見ずに笑える方法みたいなのがありゃ
世の中安泰だと思うんだけどなあって。損して喜ぶ人間なんて一人もいないし。

自分は某『ぼ』から始まるバンドアニメの喜多ちゃんみたいに陽キャじゃないし、同じアニメに出てくるぼっちちゃんみたいに陰キャでもないけど、誰かに声を掛けるのが苦手なだけで人と話すのは好きだし明るい子だって自分でよく言ってるから(あんま自分で言うもんじゃない)、実質喜多ちゃんとぼっちちゃんのハイブリッドなんじゃないかって思ってる(絶対あり得ない)。まあ、喜多ちゃんほど『キターン』とはしてないけど、SNSもやってるし、フォロワーだってそれなりにいるからとうとう自分は喜多ちゃんなのかなって思い始めてきた(重症)。
もちろんそんなはずはないんだけど、打ち解けりゃ誰とでも話せるタイプではあるし普通よりはまあまあ明るいほうだし、陰でも陽でもないのかな。変な感じって言えばそれまでだけど、一時期割と真面目に自分のことを喜多ちゃんだと思い込んでた節があって(重症)、何なら人と話せる人=陽みたいな偏った考え方だったからよく持ち直せたなあって逆に感心する。世の中の全員が全員喜多ちゃんみたいな陽キャでもなければ全員が全員ぼっちちゃんみたいな陰キャでもないし。けど、そのアニメの中で言うと虹夏っぽいというか、普通にムードメーカー的な人はたぶん辺り見渡したらそれなりにいそうな気がする。まあ自分がそうらしいんだけど、自分は場を和ませるのが元々好きだからそっちのほうが合ってるのかも。でもムードメーカーって明るいから結局陽キャじゃないのって思うけどどうなんだろう。パリピ=陽キャってわけでもないし、喜多ちゃんだって性格がめっちゃ明るいかって言われると人並み以上は確かに明るいかもしれんけど(アニメだとキラキラしたオーラが尋常じゃなく出ることがある)、パリピかって言われたら違うし。陰キャと陽キャって言葉自体いつ出来たのかすら分からないんだけど、
最初知ったときはそこら辺の知識に疎すぎてスマホのインカメラのことだと勘違いしちゃってた。
たぶん発音良く言ったイン『キャメラ』のことだと思ってた説(かわいい)。

今更ながらちょっとだけ自己紹介。名前は敢えて言わない(クリエイター名でたぶん引っかかるし書いてあると思う)。
あとは大変こだわりが強い。強すぎて一人で突っ走って自爆することも多々あるけど、
どうか受け止めてくれたら幸いです、改めて、どうぞよろしく。

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ワタル

音楽とゲームが好き(ちなみに音感あり)

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