わたしの好きなこと「書くこと」。

一心不乱に紙に向かってなにかを書いている2歳ぐらいの写真が残っているほど、昔からとにかく書くことが好きだ。(←その写真をこの記事の最後に貼ってみた。個人情報なので隠さざるを得ないが、今回写真を見直したら思ったより目がマジだった。見せられないのが本当に残念だ。)

今でもスマホのメモ機能より、紙に鉛筆やペンで買い物のメモ、料理のレシピ、この記事のアイディアなんかも、とりあえずそこらへんにある印刷に失敗した紙や、お薬をもらったときの説明の紙の裏とかに手当たり次第に書いているぐらい(←SDGs)アナログ人間だ。
使っている鉛筆も、おじぃちゃんや父がやっていたので、私も今でも芯がなくなると小刀やカッターで削る。(最初からシャープペンで書いたらいいのに、というツッコミは受けつけない。あの鉛筆で書いている感じが好きだ。)
※「シャープペン」は「早川金属工業」という金属加工業の会社の創業者・早川徳次が発明した「早川式繰出鉛筆」から始まり、のちに会社名があの電機メーカーのSHARPになったことからシャープペンという!!(はい、ここ試験に出るかもしれないよ!1回しか言わないよ!覚えていたほうがいいよ!)
この記事を書いている間も、暑中見舞いを2通出した。秋田の元・同僚にも、6月の大雨は?とお伺いのハガキを送ってみた。返事も来た。無事だったようだ…よかった。

「書けること」は当たり前だと思っていたある日の朝、起きた瞬間、私の身体に異変が起きた。
11年前に超大病の父を看取ったあと、油断していたら約1年後、私も違う超大病で(あえて病名は書かない。文脈でだいたいわかると思うが、それぞれお察しください)大好きな「書くこと」ができなくなるところだった。倒れたあとに「そうだ、私は難病患者だった!無理できない身体だった!」と気がついた。それくらい、みんな夢中で父を看病した。

私の脳が爆発して、右半身が不自由になりかけた。でも、爆発したのは左だった。
通常、右利きの人は左脳がやられるらしいが(長嶋茂雄巨人終身名誉監督がそうだ)私の父が元・左利きだったから回避したらしい。(父が常々おじぃちゃんに直されたと言っていたが、そういえばときどき左を使ってたなぁ…)それがどれくらいの奇跡的な確率なのかわからないが…
当時のことは思い出したくない、というか本当に断片的な記憶しかないが、最初病院で先生に診てもらったときにそう言われたことだけハッキリ覚えている。

父の遺品整理をしていたとき、私(と兄)の小学校の頃のノート、幼稚園で絵や作品を作ったスケッチブック、私が小さいときに広告の裏に書いた小さい落書き、学校で書いた父の日の手紙、習字、ぬり絵とかがいっぱい出てきた。いつの間に取っておいたんだろう?大切にしまっていた。しかし、書いた本人(私)の意向で今、どんどん処分している。けっこう捨てたけどまだある。自分が覚えているものもあるし、全然覚えていないものもある。面倒だったのは落ち葉を使った作品だ。取っていたのなら言ってほしかった。うん十年経った今では、ただただカビ臭い。毎年作ったのか、不思議といっぱいあった。これは段ボールを開けてすぐ、迷わないで全部捨てた。むしろ、段ボールごと捨てた。うちの中にあったとは思いたくない。金目のものはどこをどれだけ探しても、段ボールを逆さにしてもこれっぽっちも出てこなかった。本当に私たちのものだけ入っていた。

ちなみに父の命日は母との結婚記念日。私は時期的に、父はこの日と決めているんじゃないかと思っていたので心の準備はできていた。そして、やっぱりその日だった。このへん、親子だなぁと思う。父の考えなんて言わないでも、みんな知ってる。私たちに忘れないでもらうために選んだ。忘れたくても、みんな忘れないのにね。
みなさん、でも、ああいうとき、最後だってなに言ったらいいかわかんないのは一緒よ。たぶん、普通の会話だった気がするなぁ。ギリギリ定番の質問の「お兄ちゃんと私が生まれてうれしかった?」って聞いたら「うん」って言ったような気がしたけど、あのとき、意識あったかな。
まさか父の命日になるとは思わなかったので、私が考えた両親のメルアドには今もその日の数字が入っている…。

奇跡的に今、こうやって文章を考えて書くことができるのは、もしかして、普段あまり思っていることを言ってくれなかった父の、ありがとう、頑張れというメッセージなのかもしれないと、ずいぶん時がたった最近、勝手に思った。言わないでも、ちゃんと見ててくれたのかな。もしかして、私に才能があるという親バカだったのか…??
後遺症で、いまだに体調が悪いときや眠いときとかはひらがななんかを忘れるので、文字の形なんかを頭の中で探しつつ(しゃべれるのに書けないってなに??といつも笑うしかない。でも、文字を書けるだけマシだ、と甘んじて受けている。書き出しの「わたし」の「わ」を忘れるといつまでも文章が書けない!)リハビリのつもりで無理やり紙に文字を書いているときもある。

でも、「書くこと」で自分の今の状態を知ることができ、自分を客観的に観れる。いろいろ考えすぎて頭がゴチャゴチャになっているとき、文字にするとスッキリする。
たとえば悔しいことがあったとき、自分では平気だと思っていたのに、気持ちを文字に起こしていると「やっぱり悔しい!」と思っている自分と会うことができる。
そして、頭を切り替えて前向きになれる。

障がい者生活になって10年というある意味節目の年、今の自分を知るために、父に手紙を書いてみようとふと思った。紙とペンじゃないけど。返事はこないけど。虹の向こうに届け!

「お父さん、今さらだけどありがとう!私はなんとか元気です!みんなも元気
 です!私に残してくれた能力、無駄にしないようにするね。
 お父さんが会えなかった、姪っ子が元気すぎます。どうにかしてください。」

生前、性格が似すぎて父とはいろいろあったが、やっぱりあんな父でも「ありがとう」って私は思っていたのか。心の整理をしつつやってきたつもりだったが…今の自分の本当の気持ちを文字で表したら、私は、素直な私に会えた。

もし10年前のあのとき、利き手の右手の自由がきかなくなった私は、どうなっていたんだろう??文字が書けないなんて、想像できない。この場にいない可能性もなくもない。
怖くて考えられない。
…というか、面倒くさがりの性格でよかった。昔から、考えても結論が出ないことは考えない主義だ。

でも、父譲りの頑固さで今まで来たんだから、これからもいろんなことを乗り越えて行けると思う。
きっと、父もずっと遠くで見てるしね。(意外と近くにいたりして…)    

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パクチー

歴史、絵画・舞台鑑賞なんかが好きな、難病+障がい者の二刀流です。 興味があること、思っていることを書いてみようと思ってるので、 共感できるひと、気になったひと、ちょっと寄っていってください。

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