女川に染まって

 母はあっさり「一緒だよ」と言う。私は拍子抜けしたのだけれども、いや、それは主に母が料理の主導権を握っているからじゃないかと内心ツッコむ。

 先月だ。「正月明けに母の実家に行くんです、女川の」と、通院先の心療内科医に語った。すると医者は、

「女川か。ここからだとちょっと遠いね」と。続けて「あ、そう。そうだよ。お正月に出る食べ物って違ったりするんじゃないか? お雑煮とかさ。お母さんに聞いてみて、なんかわかったら次回教えてね」と気楽そうに笑った。そんなやり取りを終え、私は家に帰るなり母に訊いた。……のだが、母の実家のお正月料理が嫁ぎ先でもそのまま反映されているため、冒頭で述べた通りの、一緒、である。私や妹も手伝いこそすれ具体的に何を作るか、全て母の指示に従っているので、私自身も女川に染まってる。

 母の実家は、スーパーどころかコンビニひとつない女川町の離島である。家の二階の寝室の出窓から西の太平洋を眺望でき、潮風が吹くので扇風機がいらない。夜はテレビを見ながらおやつ感覚でサザエとつぶ貝を食べ、ウミネコの鳴き声で朝を迎える、そんな所だ。もっとも、それは過去の話で、震災を機に、祖父母は内陸部の田んぼに囲まれたプレハブ住宅に移り住み、それからしばらくして駅から近いマンションに落ち着いた。カエルがうるさくて眠れないと嘆く祖父の話は新鮮だったし、祖父おすすめの中華料理屋ができて連れていってもらったことがあった。それが生まれてはじめての母方の祖父母との外食だった。

 町、というよりかは島の暮らしぶりであれば多少わかる。母といい祖母といい、正月はビンチョウマグロの刺身を食べなければならない、というこだわりを持っているからだ。十二月にもなると島の各家庭の冷凍庫にはビンチョウマグロが必ず入っているらしいので家庭特有の文化ではない。憶測でしかないけれども、普段から海産物を食べる習慣があるなかでビンチョウマグロが一番の贅沢で祝い事には欠かせない、そんな風な考えが根付いているのだろうか(例えば卵が貴重で、卵焼きを作る際にはかさましにウニを躊躇なくボウルにどっさり入れたりするので、生まれたときから内陸に住む私とでは明らかに価値観に差異があるし正確にはわからないが、何かしら慣習があるのは確かだが)。

 再来週に病院に行く。医者には、特に変わりないみたいですよ、としか伝えようがない。ビンチョウマグロの話をしてもいいけれど、私にとってはいつもの正月料理となっているので。なんだかちょっと申し訳ない。

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行谷いさご

たまに講座を受けながら十年ぐらいエッセイを書き続けています。くどい言い回しが表れたり、感情を挟む以上に説明文が長かったり、その辺を何度も読み返して反省を繰り返しながら一作品、また一作品……と、丁寧に、少しずつ作り上げていきたいです。

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