夏花は祐樹の両親、特に母親が反対するだろうということは予想していました。
夏花は自分が身を引けばいいのだと思いました。
「園長先生。私はこの幼稚園を辞めたいと思います。」
「何?結婚退職?」
「そうではありません。実家に帰ろうと思っています。」
「実家って仙台?」
「そうです。」
「彼氏は?」
「学校があるので、私、一人で帰ろうと思います。」
「後悔しない?」
「私は無理やり結婚した方が後悔すると思います。」
「そうだけど・・・。」
「今月一杯でお願いいたします。」
「分かったわ。」
「それから、このことはご主人にも内緒でお願いいたします。」
「そうね。」
祐樹に知られる訳にはいきませんでした。
「お母さん、仙台に帰るわ。」
「どうしたの?急に。」
「いろいろ疲れたから、何も聞かないで。」
夏花の母親は何となく分かっていました。
「うん、じゃあ、聞かないわ。帰っておいで。」
「ありがとう、お母さん。」
そうして、夏花は仙台に帰ることにしました。
丁度、良いタイミングだわ。
幼稚園も卒園式が終わった頃の事でした。
大学に入学してからずっと、同じ町で過ごし、気が付いたら20年以上の月日が経っていました。
仙台のこの春はいつもより寒い天候でした。
「こんなに東北って寒かった?」
「今年は特別に寒いのよ。」
まるで、自分の心だなぁと夏花は思いました。
夏花は地元の幼稚園に再就職をして、祐樹の事を忘れようと夢中で仕事をしました。
「先生と結婚する。」
そう言われる度に祐樹の事を思い出してしまうのでした。
「そう言えば祐樹君も言っていたなぁ。」
小さな約束でした。
それから、1年半経った頃でしょうか、元の幼稚園の園長先生から電話がありました。
「夏花さん?正木です。」
「えっ?園長先生?どうしてこの電話番号が?」
「夏花さんのお母様から聞きました。お元気でしたか?」
「はい、おかげさまで、地元で幼稚園の先生を続けています。」
「良かったわ。夏花さんにお願いがあります。8月5日に掛かって来る電話に必ず出て下さい。無視しないでください。」
「そんなに大事な電話なんですか?」
「夏花さんの今後の幸せに関わる電話です。」
「分かりました。」
「じゃ、お願いね、必ずよ。」
「はい。」