プロローグ
ー春になったら、オレはアイツに、言おうと思っている。
第1章
春。今年もやっと暖かくなってきた。
今日は、高校を卒業してから2回目の同窓会があり、ビールやワイン、ハイボールにカクテルと、酒の一滴も飲めないオレは、コーラの入ったコップを持ちながら、一人壁際でチビチビと飲んでいた。
すると、近くに、友達の恭平がやってきた。
かなりできあがっている様子で、息が酒臭い。
「おぅ、照太。オマエ20代にもなって、まだ酒も飲めねェのかよォ。会社の先輩たちと、どう付き合ってんの?なんなら俺が酒に強くなる方法、教えてやんよォ」
「恭平、お前酒そのへんにしとけよ。つか、酒なんて美味しくないし、コーラで十分だっつの」
「そんなツレないこと言うなよォ。ハイボールはコーラよりも美味しいですよォ」
「いいっつの」
すると、もう一人の友達、西田がやってきた。
コイツは、高校で知り合ったヤツなんだけど、勉強で分からないことなんかないってくらいに頭がいい。実際オレもテスト期間中は西田に問題集を作ってもらって、そのおかげで赤点を一回も採ることなく、今までで一番成績が良かったんじゃないかってくらいに点数が上がった。
「ごめんね、照太君。恭平君、少し休んでもらうから。このままだと明日、二日酔い確実だからね。仕事どころじゃなくなっちゃうよ」
「ンだよ、タニシ。俺は二日酔いにはならない男。明日も仕事バリバリちゃんだよォ」
「ハイハイ。ウーロン茶持ってきたから、一息つこうね」
そう言うと、西田は恭平を連れて、ちょうど空いていたソファに引っ張っていった。
西田、グッジョブ。
ちなみに西田は、みんなから「タニシ」と呼ばれていて、あだ名の通り、走るのが遅い。
本人は気にしていないようで(むしろ気に入っている)、オレもたまにタニシと呼ばせてもらっている。
恭平はしばらく西田に任せていいだろう。
オレはコーラをおかわりするために、布でカクテルグラスを磨いているバーテンダーのところへ向かう。
…やっぱりオレも少しビールでも飲んでみるか…。
そう思っていたところだった。
不意に後ろから声がかかる。
「照太君?」
「…え?」
振り向くと、前髪を空色のヘアピンでとめて、髪を後ろで一つに結んだ女の子が立っていた。
「…青木?」
「あ!やっぱり照太君だ!久しぶりに会うね!大学卒業してからたまにメールするくらいだったから、会うと懐かしい感じがする!スーツなんて着ちゃって、大人っぽくなったね!」
「まあな。これでも一応社会人よ」
オレはずり落ちてきた眼鏡をかけなおす。
「照太君はメガネ使うようになったんだ?高校の時は視力2.0くらいあったよね」
「仕事でパソコン使うようになったら、イッキに視力落ちたわ。でも、眼鏡ってそんなにジャマにはならないんだよな」
「ふぅん」
声を掛けてきたのは、小学校、中学校、高校と、ずっと同じ学校の青木花音だ。
くったくのない、素直な人で、小中高では彼女を好きな男子がたくさんいたが、青木は告白されてもみんなフッていた。
おかげで、フラれたショックで不眠症になった男子が何人もいた。
高校に上がっても彼女を好きな人は後を絶たなかった。
ちなみに、オレはこいつの好きな人を知っている。
それは、オレだ。
高校の卒業式の日、教室でロッカーから運んできた教科書や辞典をカバン代わりのリュックサックにブチ込んでいたら、青木に手紙を渡された。
家に帰ってから開けてねって念を押されたので、その手紙はとりあえず開けなかった。
そして家の自分の部屋に戻ってから封筒を開けると、
「照太君へ。
いきなりのお手紙、びっくりしたよね。でも、この手紙を今日渡さないと、もう、照太君に会えないような気がしたので、急だけど、この手紙を渡しました。この高校生活で、私の照太君への気持ちは確実なものになりました。私は照太君のことが好きです。私とお付き合いしていただけませんか?2枚目のメモ用紙に私のメールアドレスが書いてあります。お返事待っています。
青木花音」
とあった。
オレは一瞬なんのことか分からなかったけど、すぐに告白されたんだとわかった。
でも、なんでオレ?って思ったけど、ここで告白を断りたくない気がして、スマホに青木のメアドを入れて、「オレで良ければ付き合うけど」と送ると、秒で返事が返ってきて、青木からは「感謝」と書かれた可愛らしいスタンプが届いた。
それから、オレと青木は別々の大学に進学し、だけど、進学してからもちょくちょく会って一緒にご飯を食べたり、青木に連れられて仙台の海の杜水族館などに出かけたりもした。恭平に言わせると、「これは、完全なデートだね!」ということらしい。
だが会社勤めになると毎日がすごく忙しく、青木と会う頻度はだんだんと減っていき、たまにメールのやりとりをするだけになっていた。
そんなとき、高校の同級生とイービーンズの本屋のマンガ売り場でグーゼン出くわしたオレは、そいつらから同窓会に誘われ、今こうしてこの酒場にいるわけなんだな。
そして、グーゼン「彼女」である青木といるわけで…。
「ねえ、照太君。このあとの2次会って出るの?」
「いや、ないな。オレ恭平と違ってアルコール飲めないし。飲んだらたぶん明日二日酔いで仕事休むハメになる」
すると、青木はパッと表情を輝かせる。
「良かった!私、照太君と行ってみたいカフェがあったんだ。あっ、でも照太君が迷惑…とかだったら無理強いは…」
「いや、しねえよ!オレも久々に街ン中見て周ったりしたいし」今日は青木の好きなところに行っていいぜ」
オレはとっさに答えた。
こうして久しぶりにあったのに、青木に悲しい思いはしてほしくない。
これはカレカノ以前に、男としての気持ちだ。
❀
こうして、恭平を西田に預けて(西田が任せてくれた)、オレは青木と仙台駅の東口を歩いていた。
「このあたりって、結構変わったよね。昔は狭い通路だったけど、工事しておしゃれになったよね」
「だよなあ。ハンズとかもできて。あ、あと、東口に改札できたの、マジでありがたいんだけど」
「わかる~」
「ちょっとハンズ見てかねえ?」
「あ!行きたい!スマホケース見に行きたい」
こうしてオレたちは東館のエスカレーターを上り、4階にあるハンズへと向かう。
ハンズのスマホケースのブースはエスカレーターを上ってすぐ右側にあり、今日はカップルなんかもいたりして、最新のスマホケースを見ていた。
他にも、ざっと見た限りハンズは程よいにぎわいをみせている。
「私、この前スマホ落としちゃって。そしたらスマホの画面壊しちゃったんだよね。だから新しくしたんだけど、スマホカバー決められなくて。照太君、なんかチョイスして!」
「えぇ?オレ女子の好みなんかわかんねえよ」
「照太君が選んでくれたら大切にできるよ!お願い!」
「…じゃあ、これなんかどう?」
オレの選んだ物は、側面が青色のスマホケースだった。
青木は昔から青色が大好きなので、青木の好みに合うならこれかな、と思った。
実際どうなんだろう。ちょっとドキドキする。
すると、青木はパッと顔を輝かせる。
「あっ、これいい!この青色すごくきれい!私、このケースにするね」
「えっ、いいのか?」
「うん、この青色、私の好みにすっごくあってる。ありがと、照太君。じゃあ、買ってくるね!」
そう言うと、青木はスマホケースを抱えてレジへと向かっていった。
青木が戻ってくると、オレたちはハンズの近くのスタバに寄って、少し休憩することにした。
スタバでは、今年の春限定の、白桃と桜わらび餅フラペチーノというものが販売されているようで、大きなメニュー表が出ている。
「あっ、桜のフラペチーノが出てる!私これにしよっと。照太君は?」
「オレは、ドリップコーヒーでいいかな。イチバン無難なヤツ」
そう言うと、オレたちはちょうど空いたソファで席を取り、レジに並んだ。
会計は青木が自分の分は出すと言ってきたが、こういうときは男が払ってあげるものだ、と、昔じいちゃんに熱弁され、女の人にお金を出させるなど、男として言語道断だ、と、半分お説教的なことをされたことがある。
「照太君、ありがとう!ゴチになります!」
商品を受け取り、席に戻ってオレはフ―っと深く息をついた。
同窓会で疲れていたらしい。
隣を見ると、青木はストローで生クリームを器用に食べている。
「美味し~!照太君、本当にありがとう!」
「じいちゃんの教えだから、気にしなくていいからな。これくらい奢るのなんて大丈夫だよ」
「照太君のおじいさんて、いい人なんだね」
「めっちゃ厳しかったけどな」
なんて言いながら、オレもコーヒーを飲む。
外でこんなにゆっくりとお茶をするのは本当に久しぶりなので、コーヒーはすごく美味しく感じられた。
それから、少し歩いてみようということになり、仙台駅の西口を出て、ロフトの3階の文具売り場を見て周った。
メモ帳とボールペンのインクが少なくなっていたのに気付いて、ついでに買った。
そのあとは、明日は仕事のある月曜日ということで、今週の日曜日に少しだけ会ってみることにして、今日は別れた。
第2章
待ちに待った週末になった。
今週は青木と会う約束をしていて、青木の好きなスタバや、本格的な紅茶を出してくれるアフタヌーンティーというカフェに行ってみようかな、といった事を色々と考えていたため、あまり集中できず、パソコンで打ち間違いが何度かあり、部長に怒られた。
そして、今日は会社の友達と飲みに行くことになっていた。
金曜日くらい早く帰りたいんだけど、これも人付き合いってことで。
飲みに行く店はいつも決まっていて、仙台駅の地下にある「やちよ」という居酒屋だ。
だが、オレはアルコールを全く飲めないので、ビールといったものは免除されている。
そのかわりに、おつまみを1品奢ることになっている。
今日の奢りは「サバスモークのポテサラ」だ。
「照太ぁ、ポテサラありがとね~」
「今度は二品くらい奢ってよ」
「おっ、いいね~。というわけだから照太、今度からおつまみ二品でオナシャ~ス!」
「いや、なに言ってんだよ!しれっと品数増やすな!」
「ハイハイ。二品決定~」
「おい!増やすなって!」
ワイワイと、みんな今週一週間の溜まりに溜まった上司へのうっぷんやグチを酒で流している。
オレはコーラをコップの半分まで一気飲みする。
コイツらはビールの方が美味いだの、コーラはガキの飲み物だ、だのと言うが、カロリーの高いビールの方が明らかに体に悪そうだ。
それに、酒が飲めないと死ぬとかもないし。
「照太!オレからあげも食いたい。すんませ~ん!からあげ一つとビールおかわりお願いしま~っす!」
「おい!つまみは一品だけだろ!?」
「今日から二品になりました。いや~ありがとね」
「……」
まあでも、オレもなんだかんだでコイツらと飲みに行くのも悪くないと思ってる。
確かに酒は飲めないけど、毎週こうやって誘ってもらえるのは嬉しい。
「すんませ~ん!この、もうかの星っていうのもくださ~い!」
「は!?おま……」
……まあいいや。
❀
あれから時は経ち、日曜日になった。
仙台駅の待ち合わせ場所として知られている、伊達政宗のステンドグラスの前で、オレは青木を待っていた。
スマホを開いて時間を確認すると、今は9時45分になっている。
待ち合わせは10時なので、オレはスマホをズボンのポケットに戻すと、目の前を行きかう人たちを何気なく眺めていた。
すると、
「照太君、お待たせ。待った?」
と、右斜め前から声を掛けられた。
そこには、白いシャツに青のジージャン、黒のジーンズにリュックサックというカジュアルな服装の青木が立っていた。
青木は、昔からボーイッシュな動きやすい服装を好む。
「ちょっと早く着いたな。そこのドトールでも行って時間になるまで待ってようか」
「そうだね~。でも、今回は私、自分でお会計するからね?」
「いいのか?」
「私だってそれくらいはしたいよ。照太君にいつも買ってもらってばっかりじゃ、照太君にわるいもん」
そう言うと、青木はオレの手を引いて歩きだす。
ドトールは朝でもかなり混んでいた。
パソコンを操作している人、スマホを見ている人、文庫本を読んでいる人、話に花を咲かせている人、朝食を食べている人、それぞれだ。
カウンター席が丁度二人分空いていて、そこに目印として、オレは本屋の空き袋、青木はウォーターボトルを置く。
メニューを見ると、桜の商品が多い。
さくら香るカフェラテや、さくら香るピーチティー、さくら香るミルクレープもある。
周りにはあまり知られてないけど、オレはこういう甘い飲み物が好きで、ちょくちょく飲んでいる。
商品を受け取り、席についてドリンクをすする。
ちなみに、オレが頼んだのはアイスの塩キャラメルラテ、青木はホットの宇治抹茶ラテだ。
青木はスプーンで生クリームをすくい、そのままぱくりと食べた。
実はオレも、この生クリームが好きで、よくこういう食べ方をしている。
ストローでキャラメルソースのかかった生クリームをすくい、口へ運ぶと程よい甘さですごく美味い。
それからオレたちは、駅を歩く人を眺めながら、普段は何をしているのかとか、今度から始まる新しい映画が面白そうだから観に行ってみたいなど、色々話した。
そうしているうちに、10時になった。
お店の中もさっきより混んできたので、オレたちは店を出た。
「今日はどこ行く?ごめん、オレ特に決めてなかったわ」
「じゃあ、ちょっとアクセサリーとか見てみたいな。カワイイのがあったら、ちょっとほしいかも」
「アクセサリーか。オレもなんか買おうかな……」
「照太君、アクセサリー好きなんだ」
「ネックレス程度だけどな。さすがにイヤリングとかピアスはちょっとな~」
「わかる~。ピアスとかちょっと痛そう」
オレたちはエスパルに行ってみると、ストーンマーケットや、3階にあるアクセサリー店にいってみたりして、オレはプレートのネックレス、青木は太陽のマークの付いた小さなネックレスを購入した。
それからオレたちは仙台駅周辺を、散歩するみたいにゆっくりと歩いた。
途中、小腹が空いたのでアーケードのマリオンクレープでチョコバナナクレープを買って食べた。
そして、お昼にはアエルの近くのアフタヌーンティーでモッツァレラチーズのトマトソースパスタを頼んでみたらすごく美味くて、また食べたいと思った。
今度は、青木にケーキでも奢ってあげよう。
気付くと、もう夕方の5時半近くになっていた。
楽しい時間はいつもあっという間に過ぎていく。
「今日は楽しかったね~!時間ができたら、また一緒に出掛けたいね!」
「だな~。オレもいい気分転換になったわ。そういやだけど、青木って今どこで働いてるんだっけ?」
「私?私は今駅地下のミスタードーナツで働いてるよ。アルバイトだけどね」
「たしか、大学ん時からそこでバイトしてるんだよな」
「うん、そう」
オレは、思い返してみると、ミスドに青木っぽい人がいるなあと思っていたが、やっぱり青木だったんだ…と確信した。
オレはミスドはあまり行かないため、青木が意外にも近くで働いていることに全然気が付かなかった。
こんなに近くにいたのに気付かなかったなんてな……。
「なあ、青木」
「なに~?」
「今年のゴールデンウィークって空いてる?」
「そうだねぇ。でもゴールデンウィークは忙しいから、休めても1~2日だけかなあ」
「ちょっとさ、会えないかな?ムリ言ってることはわかってる」
「うん、いいよ。私もシフト店長に訊いて調整してもらうから」
そうして、オレたちは明日仕事があるため、いったんここで別れた。
オレの家は名取駅の近くにあるアパートだけど、青木は確か仙台に住んでいる。
送って行こうか?と言ったが、近くだから、と青木は地下鉄で帰って行った。
❀
それからオレは、とあるものを買うためにお金を貯めることを決意し、友達と飲みに行く回数を少しだけ減らした。
少しだけとはいっても、週に1回は飲みに行っている。
今日は金曜日なので、金曜日は必ず飲みに行く。もちろん、アルコールじゃなくてコーラだけど。
「照太は最近良く働くよなぁ。なんかあるの?」
「いや、ちょっとな」
「教えてくれよー」
「まだ教えねーよ」
「ケチだなぁ。んじゃ今日はおつまみ3品で」
「お前、こないだ2品にしたばっかじゃねぇか!」
やんややんやとしながら、オレはからあげを注文する。
からあげが運ばれてくると、オレはその一つを頬張る。
ザクザクとした衣が美味い。
「ま、照太の事情だしな。なんかあったら、教えろよ?」
「気が向いたらな」
「お前はとことんケチな奴だな~。今日はおつまみ4品で許してやるよ」
「なんか増えてね!?」
そんなこんなでオレは友達との飲み会を楽しんだ。
第3章
5月。
朝の通勤ラッシュの電車の中で運よく座れたオレは、スマホでニュースなんかを何気なく読んでいた。
すると、LINEの着信音が鳴り、開いてみると送信者は青木だった。
確認してみると、ゴールデンウィークに2日だけ休みがとれたそうだ。
オレは、今日の帰りにあるものを買うため、3月から2か月間貯めてきた給料をおろすことにした。
青木がとれた日は4日と5日で、仙台での待ち合わせは5日にお願いした。
今日はちょっと緊張して仕事にあまり集中できなかったが、友達のフォローもあり、なんとか1日を乗り切ることができた。
そして、オレは青木の好きな青い石の付いたあるものを買った。
ーーーこれを青木が気に入ってくれれば
❀
世間はゴールデンウィークに突入し、オレは仙台駅の、あのステンドグラスの前で青木を待っていた。
時間になったが青木の姿が見えないので、周りを少し歩いてみると、インフォメーションのところに青木がいた。
青木は、オレに気付くと駆け寄ってきて、人が多かったから、なかなかオレを見つけられなかった、と話した。
確かに今日の仙台は人が多い。
それからオレたちは、仙台市営地下鉄に乗り込んだ。
今日の行き先は、青木には教えていない。
でも、これから行くところは、たぶん青木は好きな場所のはずだ。
そして地下鉄は泉中央駅に到着した。
そこから5分ほど歩くと目的地へ着く。
ここは七北田公園といって、大人にも子供にも絶大な人気を誇る広大な公園で、「泉のセントラルパーク」とも呼ばれている。
また、自然が豊かで、四季折々の景色を楽しむこともできる。
「わ~、花がたくさん咲いてて綺麗だねぇ。照太君は今日私をお花見に連れてきてくれたの?」
「まぁ、それもあるな。でも、本当はそれじゃないんだ。ちょっとこっち来て」
「?」
青木はきょとんとしてオレを見ていたが、オレの横を歩いてくる。
そして、本当の目的地は、ここだ。
「今日は、青木をここに連れてきたくてさ。こっち、見てみて」
青木は、オレの指さした方を見る。
「うわぁ……!」
青木は瞳を輝かせる。
そこにあるものは、ネモフィラの花畑だ。
青い花を咲かせたネモフィラが、一面に広がっている。
それは、青い海のようにも、大地が空の青を映したようにも見える、とても綺麗な所だった。
「すごく綺麗な場所だね!私仙台に住んでいるけど、七北田公園にこんな綺麗な場所があるのは知らなかったな~!照太君、ありがと!」
「いや…。……あのさ、青木」
「??」
オレはリュックサックから小さな箱を取り出し、蓋を開ける。
そこにはーー
「青木、オレとさーーー」
エピローグ
あれから5年の月日が流れた。
オレは駅地下のミスタードーナツで家族3人分のドーナツを買っている。
今日は啓太の誕生日で、ケーキは花音が買っていてくれているけど、啓太がどうしてもミスドのオールドファッションが食べたいと言ってきたため、誕生日だから仕方ないな~ということで、仕事帰りにスマホでオーダーしていたドーナツを受け取りに来ているのだ。
商品を受け取って帰ろうとすると、背後から声がかかる。
「おっ、照太じゃん!」
「こんばんは~」
「なんだ恭平か、と西田」
「久しぶりだな~!パパになった感想は?」
「あ、それぼくも聞きたい」
あれからオレと花音は結婚し、次の年には啓太という子供も産まれた。
「いいな~。オマエもついにパパか~!俺も誰かに思われたい!んで結婚したい!うらやましいぜ、酒も飲めないくせに」
「酒は関係ないと思うよ恭平君」
「タニシは結婚とか恋愛とか興味なさそうだもんな~。つか、タニシは誰か好きな人とかいないのかよ?」
「ゑ、ぼく、彼女いるよ?」
「はっ!?てめぇいつの間に!」
「2か月くらい前に会社の後輩の女の子に告白されて。それでお付き合いさせてもらってるよ」
それはオレも知らなかった。
まさか西田まで彼女がいるなんて。
「なんで俺だけ彼女できないんだよぉ。あ、そういや……」
そういうと、恭平はおもむろにスーツの上着のポケットから封筒を取り出す。
「なんかこれ、同僚の女の子からもらったんだけど」
「開けてみろよ」
恭平は封筒を開ける。
しばしの沈黙が流れる。
「……まじ?」
恭平は手紙を持ってプルプルしている。
「恭平、どうした?」
「ついに俺にも彼女ができました~!!」
「「おぉ~!!」」
オレと西田は揃って声を上げる。
まさか、恭平にも彼女ができてしまうとは。
「さっそく明日会ってくれませんか?だって!うわ~、どんな服着ていきゃいいんだ!?」
「オマエ、服に無頓着だもんな。ジャージ以外持ってねぇじゃん」
「ぼくで良かったら、今から服見に行って、何か選んであげようか?」
「頼む、タニシ!じゃあ、俺はこれから服を買いに行ってくるから、照太は早く家に帰って彼女とラブラブしてこい!じゃあな!」
そう言うと、恭平は西田を連れていそいそと行ってしまった。
今日は、花音とラブラブじゃなくて、啓太の誕生日なんだけど。
それからオレは電車に乗り込み、名取駅で降りると、まっすぐ自宅のマンションへと向かった。
ガチャリと玄関のドアを開けると、啓太を抱っこしている花音が出迎えてくれた。
「おかえり、照太君!ほら、啓君もおかえりでしょ?」
「おかぁり、ぱぱ」
「ただいま~。オールドファッション買ってきたぞ~!」
「やた~!」
それからみんなで、啓太のお誕生日会をやった。
啓太は大好きなオールドファッションを口いっぱいに頬張ってニコニコしている。
すると、花音が話しかけてくる。
「私、照太君と結婚できてよかったな。今、すっごく幸せだよ」
「オレも。プロポーズすっげ~緊張したけどな」
「キマッてたよ!」
そう、あの時、花音にプロポーズして本当に良かったと思っている。
ちらりと、花音の手に目をやる。
花音の左手の薬指にある指輪には、青い石が、幸せそうに、静かに輝いていた。
その色は、彼女の大好きな、空と海と、ネモフィラの色。