蝉時雨の夏 第2章,逢九魔駅の町で

 あぜんとしたまま数分が過ぎたが、僕たちにとっては何時間も経った感じがしていた。

 岡村がその沈黙を破る、

「おい、逢九魔駅って……」
「マジかよ……」
「来ちまった……」

 鬼怒川と大田も言葉が出てこないようだ。

「おい、写真撮ろうぜ!」

 思い出したように岡村が言うが、なぜかシャッターを押さない。
 不思議に思って、僕もデジカメを取り出して電源ボタンを押してみるが、なぜか電源が入らない。
 スマホのカメラも起動してみるが、カメラだけは起動できない。
 電話やメールは使えるのに……。 

 遠くに灯りが見える。
 僕はちょっと言ってみる。

「向こうに灯りがみえるから、行ってみない?もしかしたら、誰かいるかも」

 鬼怒川も言う。

「だな。なんなら、タクシーで帰ればいいじゃん」
「たしかに。ちょっと行ってみようぜ」

 僕たちは、踏切を出て、灯りのついている方へ歩き出した。


             ☆


 灯りの方へ行く間に、何かいろんな視線を感じた。
 僕は視線のする方をチラッと見るが、何かが動いている姿しか見えない。

 そう思いながら歩いているうちに、灯りのところへたどり着いた。

 そこは、ガソリンスタンドのような建物や、ラーメン屋さんと思しき食べ物屋、なにかスーパーのような建物もあって、僕たちの住んでいるところとはあまり変わらない、でも、ちょっと田舎っぽい感じのする町だった。

 そこまでは良かったんだけど、僕たちが驚いたのは、町の風景じゃなかった。

 背がとても高く、2メートル以上ある人、着物を着て二足歩行している猫やウサギや、犬、他にも様々な姿をした、僕たちの知っている動物とはかけ離れている姿をしているものが、たくさん行き交っていた。

 やっぱり、僕たちは妖怪の世界に来てしまったんだ。
 ここは僕たちの知っている逢隈駅じゃない。

 「おや。君たちはどこから来たんだい?」

 驚いて振り向くと、二足歩行をしている大きな猫が立っていた。
 僕たちはしばらくその猫を見つめていた。

「人間の子供がここに来るなんて珍しいね。帰り道は分かるのかい?」

 岡村がハッと我に返る。
 そして、興奮したように口を開き、メモ帳とペンを取り出した。

「オレたちは、オカルト研究部です!逢九魔駅に来てみたくてやって来ました!もし良かったらインタビュー、いいですか!?」
「いんたびゅー…?」

 大きな猫はちょっと困った顔をした。
 インタビュー、分からないのかな…?

「ごめんよ、アタシにはそのいんたびゅーってのがよく分からなくて…。良かったら人間の世界に詳しい人がいるから、そこまで案内してやるよ?」
「え!いいんですか!?」
「アンタたちがアタシたちに害のない子だっていうのは分かったからね。ところで、お腹は空いてないかい?」

 そう言われて、僕たちはお腹がペコペコなのに気が付いた。
 そういえば、もう普段なら夜ご飯を食べている時間だ。
 僕たちのお腹がぐぅぅと鳴る。
 大きな猫は笑いながら言った。

「良かったら、そこのそば屋でなにか食べていくかい?今の時間帯なら、きっとアイツもいるはずさ」

 そう言って、道路の向かい側に見えているラーメン屋(この世界ではそば屋というらしい)で食べていくことになった。
 アイツって誰なんだろう……?

 
                   ☆


 僕たちは道路を挟んだそば屋に入る。
 ここって、幸楽苑っていうラーメン屋さんだった気がする。
 前に社会科見学でまちなかを歩いたことがあった。
 そのときにグループのみんなでお昼に立ち寄って食べたところだった。

 お店の中に入る。

 入った途端、鶏ガラの香りがふわっと香ってきた。
 大きな猫が言う。

「大将!この子達になにか美味いものでも作ってやっておくれよ!」
「はいよ~!おみょうさん!…って、お?人間の子供じゃねぇか!待ってな。今おっちゃんがどびきり美味いそば作ってやるからな!♪」

 そう言ったのはタヌキの店主だった。
 タヌキがお蕎麦を作ってる……。
 その不思議な光景に、僕たちはポカンとしていた。

 案内された席に座っていると、おみょうさんと呼ばれた大きな猫は、一番奥の席に座っている人影に気付いて声を掛けた。

「あぁ、やっぱりいた。九条!ちょっとこっちに来ておくれ!この子達がなにかアタシたちに訊きたいことがあるみたいなんだよ」

 そのクジョウと呼ばれた人は、お箸をどんぶりに丁寧に置いて立ち上がる。

 クジョウさんは深緑の着物を着た、メガネをかけたお兄さんだった。でも、男性にしては声が高い。
 髪の毛はこげ茶で右わけの七三のショートカットだ。
 姿は人間だけど、頭に犬のような耳が付いている。

 クジョウさんがこちらに来る。

「どうも。ぼくは九条っていうんだ。訊きたいことってなに?」

 岡村が再びメモ帳とペンを取り出す。

「こんばんは!オレたちはオカルト研究部です!逢九魔駅のことについて調べたくてやってきました!お話を聞ければありがたいです!」
「逢九魔駅について?ここは条件が合えばいつでも来れるところだよ。人間の世界とあまり変わらないから、やってきても気付かずにすぐに帰っちゃう人がほとんどだけどね」
「え!いつでも来れるんですか!?」
「そうだよ。ちなみに、普段ならぼくたちの姿は見えないはずなんだけど…。君たちはどうして見えるんだい?」
「えっ、どうしてだろう……?」

 岡村はメモを取る手を休めてしばらく考えている。

「うーん…。たぶん、オレたちがマジな気持ちで来たかったからだと思います!」
「マジな気持ちね…。ふふふ」

 九条さんは小刻みに笑う。
 
 すると、タヌキの店主がお蕎麦を運んできた。

「あいよ!俺の自慢の一品の中華そばだ!た~んと食べてけよ!」
「ポンさんありがとう。ぼくも中華そばもう一杯お願い」
「九条はホントよく食べるな。それはそれで嬉しいけどな!」

 そう言うと、ポンさんと呼ばれたタヌキの店主は厨房へと戻っていった。

 ポンさんの持ってきた中華そばは、とてもいいにおいがする。
 でも、せっかく作ってくれたけど、人間の僕たちが食べちゃってもいいのかな……?

 僕たちがなかなか食べようとしないでいると、九条さんが安心させるように言ってきた。

「人間もぼくたちも食べるものはいっしょだから、食べても大丈夫だよ。ポンさんの中華そばは絶品でね。早く食べないと麺がのびちゃうよ」
「よかったぁ~。オレ、この世界のモノを食べたら戻れなくなるんじゃないかって心配してたんだ。じゃ、いただきます!」
「「「いただきま~す!」」」

 僕たちは手を合わせてお箸を取ると、中華そばを口に運ぶ。

 ずず…。

 「美味しい…!」

 ポンさんの中華そばは細麺だけど、麺がちるりると縮れていて、スープがよく絡む。
 スープもとても美味しく、鶏ガラのうま味がとてもよく出ている。
 これはしょうゆ味だけど、しょうゆもどこのを使っているのか、しょっぱすぎず、薄すぎず、といった味でとても美味しい。

 岡村も鬼怒川も大田も夢中で食べている。
 九条さんも二杯目の中華そばを、コショウをたっぷり入れて食べている。

 僕はあまりにも美味しかったので、スープを全部飲み干しちゃった。
 岡村たちのどんぶりの中にも、スープが一滴も残っていない。
 これは、九条さんが二杯目を食べたくなるのも分かる。

 僕たち全員が食べ終わると、ポンさんが食後のお茶を持ってきてくれた。
 このお茶は麦茶に似た味がするけど、なんだろう?

 それから、岡村たちは九条さんにいろいろと質問をした。
 どういう条件があれば来れるのか?とか、妖怪はやっぱり人間にイタズラをするのが好きなのかとか。

 九条さんは岡村たちの質問攻めにあっても、嫌な顔一つせずに、むしろ楽しんでいる様子で受け答えしている。
 僕はその様子を見ながら、自分でもこの世界に来れたことにすごくワクワクしていて、いつでも来れるって九条さんが言ってたから、何度でも来たいな……って思っていた。 

 

 

 

                 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ヨウルクー

12月生まれなのでフィンランド語で12月です。 読書したり、カフェに行ったりと街中を散歩するのが趣味です。 神社が好きです。

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