刑事ゴリラの事件簿 ファイルNo2:『園長のいない動物園~捜査編~』

目次

前回までのあらすじ

第七章:『動力源』

 ~話し合い~

 島仏記者会見から、3日過ぎた。テレビカメラ通じて全国に届いた島仏の声明は、日本中に衝撃を与えた。事故の謝罪よりも内情の暴露を優先したという批判もある一方で、今まで耐え忍んできた彼女の勇気を称えるべきというもあがり、まさに賛否両論である。ただ、ライオンジュウロク殺された悪七に対しては、その悪行の数々から、大方『否』の意見で固まりつつあるようだ。

問題があるとすれば、肝心の大曽動物園である。スタッフルーム話し合い中の彼女達の空気は、一言で言えば最悪であった。まだ昼の3時だが、部屋には暗く冷たい風が流れている。

スタッフには、再オープンを堂々と伝えるチラシが握られていた。『日曜朝9時、大曽動物園再始動』と。今木曜日午後なので、準備期間あと2日とちょっとしか残されていない。

島仏は大きく溜息をつくと、囁くように呟いた。

スタッフ一同が震え上がる。不快さの塊であった悪七よりは園長として相応しい人物であるが、それにしたって温かみが感じられない、まさに『鉄の女』であると。

扉が静かに閉まる。スタッフルームには、園長の椅子に座る島仏がただ一人。

あの会見で世間からのマイナスイメージを減らすことには成功したものの、大曽動物園の劣勢に変わりはない。今は少しでも早く経営を再開し、話題になっている今の内に業績を回復しなければならない。そのためには、心を鬼にする必要がある。

自分に言い聞かせるように、言葉を唱える。しかしその背中は、どこか震えているようにも見えた。

その瞬間、『バチンッ』という音と共に突然暗闇が訪れた。

停電だ。

まだ明るいこともあって慌てる様子も見せず、島仏はスタッフルームを後にし、廊下を早足で歩いていく。向かう先は、この停電を起こした犯人の元だ。

           *

~動力室にて~

動力室うろたえている猿山。彼の目線の先、天井近くには、電源の落ちたブレーカーがあった。

慌てた様子でゴリラが入ってきた。

ゴリラ「どういうこと?」

ゴリラ「うん」

ゴリラ「うん」

ゴリラ「えっ」

1円玉を手に持ちながら、震えが止まらない猿山。

動力室壁際、腕組みをしながらこちらを睨んでいる島仏の姿があった。

口調は穏やかだが、声色から怒りが隠しきれていない。それもそのはず、今日は動物園の業務を邪魔しないこと条件として、園内の捜査をやらせてもらっていたのだ。

重圧に耐えきれず、平謝りする刑事二人。

その場で前のめりに倒れこむ猿山。

そう釘を刺して、島仏動力室から出ていった。

目を瞑り、考え事をしている様子のゴリラ。

ゆっくりと目を開き、疑問を口に出す。

震えながら手元を見る猿山。

ゴリラの言う通り、スイッチのつまみは金属やプラスチックなどの固い素材でなく、ゴムのような物で出来ていた。

意味深な言い方をするゴリラ。続いて動力室の通気口を指さした。

その通気口には、本来なら付いているはずのカバーが付いていなかった。

そう言って猿山が床に落ちていたゴミを拾う。

そう言われ、猿山はそれをゴリラの手の平の上に落とす。極小のそれは、一見ゴマのようだ。

ゴリラはポケットからハンカチを取り出すと、それを包み込んだ。

動力室の監視カメラを指さすゴリラ。先程の通気口の真下にあり、こちらにレンズが向いている。

島仏ハシゴ持って戻ってきた。

島仏ハシゴ壁にかけると、早々と登り、ブレーカーのスイッチを入れた。すぐさま、電気が復旧した。

相変わらずの部下溜息をつくゴリラであったが、軽く息を整えると、島仏に話しかけた。

言葉を遮るように、猿山の携帯に着信が入る。

電話を切ると、言葉通りすぐさま駆け出す猿山。

そう言い残して、動力室から去っていった。

猿山に続いて、動力室を出る二人。ゴリラは島仏が会話に応じてくれたことに安堵したが、前のように『ゴリラさん』と呼んでくれないことに、少し残念な思いも持っていた。

第八章:『思い出』

 ~探るゴリラ~

 園内を歩くゴリラと島仏。ゴリラとしては、島仏から聞いておきたいことが山ほどあった。しかし折角の一対一で話せる機会を、不意にしたくない気持ちもあった。

結果、慎重なり過ぎて、貴重な時間無駄にしてしまっていた。ゴリラとしても、まずい展開である。

鋭い一言に冷や汗をかくゴリラだが、渡りに船だ。乗らせてもらう他にない。

鋭い眼光ゴリラ睨む。だが、ゴリラもひるまない。

思わず足を止める島仏。

頭を下げるゴリラ。島仏は眼鏡をかけ直すと、近くにあったベンチに座った。

そそくさと同じベンチに座るゴリラ。肩の荷が、少し下りたような気がした。

            *

~語る島仏~

 ゆっくりと、島仏は自分の過去を話し始めた。

地面を指差すジェスチャーをするゴリラ。

思い出を振り返りながら、島仏はまるでその時代に戻ったような、優しい顔つきをしていた。

今までの冷たい表情とはまるで違う、温かい笑みがそこにはあった。

島仏が指差した先には、一羽の小鳥がいた。

ゴリラからの賞賛に、島仏まんざらでもないような笑みを浮かべる。最初の険悪な空気から、着実に変わり始めていた。

ゴリラには、島仏自身がその言葉を口にして、改めて受け止めているように見えた。

その質問に嬉しそうに島仏が答える。

先程までの優しい声色とまるで違う、冷淡な物言いに思わず驚くゴリラ。

ベンチから立ち上がる島仏。ゴリラも慌てて続く。

眼鏡をかけ直し、鋭い眼光でゴリラを睨む島仏。

あえて追い打ちをかけるゴリラ。

拳を握り、身体を震わせる島仏。

その大声に反応して、先程のハクセキレイも、木々に留まっていたたくさんの小鳥達も、一様に飛び立っていく。

汗をかき、息を切らしている島仏。ゴリラは反対に、静かにその姿を見つめていた。

お互い頭を下げる。ゴリラは背を向け、歩いていく。

聞きたいことの半分も聞けなかった。しかしゴリラは、それでも良しとした。島仏の内に秘める想いを、また少し見ることが出来たからだ。

            *

~決裂~

 ゴリラ動物園を後にし、島仏速やか外での作業終えた。逆に言えば、そうでもしないと落ち着いていられなかった。仕事の忙しさの中でしか、自分自身を保てないような気がしていた。

そろそろ夕方の5時になる頃だ。前までは終業時間であったが、人手も時間も足りない今、スタッフ達には無理をしてもらわなければならない。しかし、昼間に気まずい会話をした後だ。

だが、弱音を吐いてはいられない。ここが踏ん張りどころなのだ。ここを乗り越えれば、大曽動物園は絶対に蘇る。若く経験の足りないスタッフ達だが、その喜びは人生において絶対に財産になる。それこそが自分が園長として彼女達にしてやれる最大の幸福であると、島仏は信じていた。

やけに静かと感じたスタッフルームには、誰一人いなかった。その代わりに島仏の、園長の机のど真ん中には、目立つように封筒が置いてあった。

島仏は手を震わせながら、その封を開いた。手紙には、女性スタッフ達からの言葉が書いてあった。

文章には、負の感情がこもっていた。

声も出さず、島仏はそれを読み終えた。

動物園中に響き渡りそうな、高らかな笑い声。しかしそれを発している島仏の表情は、とても笑顔とはいえない。もっと恐ろしいものだ。

笑いながら、手紙をビリビリに破いていく。普段の仕草からは考えられない程の、乱雑な破り方で。

島仏の息が切れる。もはや手紙は、無数の塵となっていた。手元に残ったそれらを振り払い、島仏は天井を見つめる。

誰に伝えるわけでもない、独り言だ。

しかしその言葉は、島仏自身に跳ね返ってくる。壁にぶつけたボールのように、強ければ強い程、勢いを増して跳ね返ってくる。

それでも身体で受け止め、耐える。いや、もうそんな感覚すらないのかもしれない。

彼女を支えているのは、正気ではない。

第九章:『福圓長之助』

 ~ブレックファースト~

 事件から4日が過ぎ、金曜日の朝となった。大曽動物園再オープンまで、あと2日である。その動物園を、塀の外から眺めている人物がいた。

先代の副園長、福圓長之助である。杖をつきながら、何も言わず動きもせず、じっと眺めていた。ただ、その姿は数日前より、生気がないように見えた。

福圓の後ろから、ゴリラが話しかける。両手には1本ずつバナナを握っていた。

少し困惑しながらも、福圓はバナナを受け取る。

二人して、近くにあったベンチに座る。

包装と皮をむき、バナナを口にする福圓。その瞬間、驚いたような顔を見せる。

二人とも、笑みを浮かべる。

福圓のすぐ後ろには岩崖があり、その上には木材で出来た塀があった。おそらく、昨日の島仏の話に出てきた物と同じであろう。合わせて5~6mはあるだろうか。大人でも苦労しそうな高さである。

福圓は黙って首を縦に振った。

ゴリラの手を握り、福圓が頭を下げる。

心からの叫びであった。しかし、ゴリラにとってその願いは、複雑なものであった。

その瞳は真っすぐで、一切の曇りがなかった。

福圓は何度も何度も、頭を下げた。

~トキを遡る~

 バナナを食べ終わり、ゴリラは福圓から話を聞くことにした。昨日島仏から聞けなかった、大曽時がなぜ園長に悪七を指名したかについてだ。

ゴリラの想像通り、福圓にとっても気まずそうな話題ではあったようだが、福圓は口を開いてくれた。

ゴリラは島仏が何故この話題を避けたのか、何となくわかってしまった。

絶句するゴリラ。悪七の所業は、この時点で擁護しきれないものであった。だがこの後の展開を察するに、これでもまだ序の口なのである。

場に重たい空気が流れた。

福圓が悲痛な表情を浮かべる。おそらく、その時そのままの表情だ。

かける言葉が見つからない。一つわかるのは、この憤りを福圓だけでなく当時のスタッフ、島仏も感じていただろうということか。

するとタイミングを見計らったように、猿山から着信が入った。

福圓に一礼して、着信に出るゴリラ。

電話越しにずっこけるゴリラ。

電話を切るゴリラ。

~二人の絆~

福圓が拳を強く握る。だが、あることに気が付き、力が抜ける。

福圓が言いよどむ言葉を、ゴリラが代わりに口にする。

薄々わかっていたことだが、改めてその現実を受け入れなければならないことを、福圓は痛感した。

福圓がベンチから立ち上がる。杖を地面に突き立て、先程よりも真っすぐな姿勢で。

ゴリラにとって前提が覆りかねない爆弾発言だ。

幸い、杞憂に終わった。

福圓が塀の上を指差す。

福圓の声のトーンが、少し重くなった。

笑顔を見せる福圓に対し、ゴリラは苦笑いを浮かべる。

福圓が振り返り、再び動物園を見つめる。一瞬寂しそうな顔を見せるが、もう立ち止まる気はないようだ。

その力強い言葉に押され、立ち上がるゴリラ。

ゆっくりではあるが、真っすぐ歩いていく福圓。去っていくその背中に、ゴリラは一礼をした。

何かがゴリラの頭に当たった。手に取って見ると紙飛行機だ。前方の福圓の声が聞こえてくる。

紙飛行機を開いてみると、『特別養護老人ホームBOKEZU』という名前と共に、そこの住所と電話番号が書いてあった。加えてその下には、別の住所と電話番号の記載があった。

振り向かず、手を振る福圓が見える。

ゴリラはその背中に、もう一度深く一礼した。

第十章:『大曽時』

 ~相棒との誓い~

 福圓別れた後、早速ゴリラ大曽入居していた老人ホーム連絡取った。まだ島仏本人当たるのは証拠不十分というのもあるが、ゴリラ自身もっと大曽時という人物について知りたかった。

特別養護老人ホームBOKEZUにたどり着いた。幸い、大曽動物園から歩いて15分程の、さほど遠くない場所にあった。

しかしその施設は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。建物外壁にはほったらかしであろうツタが絡まっており、地面には所々雑草目立つ。看板どうやら何年も変えていない、年季入りようだ。

いざ施設に入ろうとした瞬間、ゴリラの携帯電話に着信が入る。猿山だ。

無視することも考えたが、とりあえず出ることにした。

電話は既に切れていた。

相変わらずの落ち着かない部下に苦笑いを浮かべるゴリラだが、なんにせよこれで捜査に集中できそうだ。

           *

~残された言葉~

施設内入ったゴリラは、職員の一人捕まえて話を聞いていた。20代前半であろう男性職員は、書類めくりながらゴリラ質問答えている。

しかし、どうも反応が薄い。

その質問に、男性職員露骨に嫌そうな顔を浮かべる。そして、小声で呟いた。

これ以上何を聞いても無駄と感じ、ゴリラは話を切り上げた。

そんな皮肉を口にしながらも、他の職員にも話を聞いていく。しかしどの職員も、皆同じように反応が薄かった。いや、薄いを通り越して、もはや無関心である。

中庭ベンチ腰を落とすゴリラ。思えば昨日からベンチに座ってばかりだが、大した収穫のない今が一番身体にこたえる。

緑のエプロンを身にまとい、モップバケツを持った年配の女性話しかけてきた。

いきなり正体を当てられ、面食らうゴリラ。

苦笑するゴリラであったが、同時喜びもあった。ようやく、有力情報が聞けそうな人物の登場である。女性隣に座るや否や、ゴリラは早速声をかけた。

おばちゃんのペースに惑わされるゴリラ。しかしここで引いては、得られる情報も得られない。

島仏の思い出話と同じだ。園長を辞しても、大曽にとって動物は大きいものであったようだ。

それが本当であれば、福圓の証言と矛盾してしまう。

その瞬間、ゴリラの中である仮説が生まれた。

ゴリラはこの施設が何故綺麗でないのか、何となく理解した。

『おばちゃんはもう少し仕事と向き合って』と言いたくなるゴリラであったが、ぐっとその言葉を飲み込んだ。

おばちゃんがエプロンのポケットから、1冊のスケジュール帳を取り出した。

スケジュール帳には大曽動物園のロゴと、動物のイラストが描かれていた。おそらくお土産売り場で販売しているものだろう。

スケジュール帳をパラパラとめくるゴリラ。確かにおばちゃんの言う通りのようだが、とあるメモ欄のところで手が止まった。

そこには、大きく力強い文字でこう書いてあった。

            *

~英会話教室~

 時刻夜の8時。上団出署休憩室に、猿山入ってくる。

フラフラとした足取りながら、何とか椅子に座る猿山。全身抜き、大きく息を吐く。よっぽど疲れる仕事だったようだ。

既に先客として、ゴリラ椅子座っていた。机の上のスケジュール帳を見ながら何か小言を繰り返しているようだが、猿山には何が何やらさっぱりわからない。

涙目でゴリラの身体を揺らす猿山。

静かに猿山の手をどかすゴリラ。

ずっこけて椅子にもたれかかる猿山。

疑いの眼差しを向ける猿山。

自信満々に答える猿山。

話の転落ぶりに、ゴリラは頭痛を覚えた。

そう言うと、猿山は机の上のスケジュール帳を手に取る。先程の英文を読むようだ。

その瞬間、ゴリラの脳裏にとある言葉が浮かんだ。

不敵に笑うゴリラ。

刑事ゴリラの事件簿ファイルNo2:『園長のいない動物園~捜査編~』END

『園長のいない動物園~解決編~』につづく

  • 0
  • 0
  • 0

H.164

初めまして、漫画、アニメ、ゲーム、映画他諸々が好きなアラサー男です。自分の好きな分野の漫画イラストやコラム等を投稿していければと思います。ちなみにアイコンのサングラスは、沖縄へ修学旅行に行った際、海で拾った思い出の品です。

作者のページを見る

寄付について

「novalue」は、‟一人ひとりが自分らしく働ける社会”の実現を目指す、
就労継続支援B型事業所manabyCREATORSが運営するWebメディアです。

当メディアの運営は、活動に賛同してくださる寄付者様の協賛によって成り立っており、
広告記事の掲載先をお探しの企業様や寄付者様を随時、募集しております。

寄付についてのご案内