蝉時雨の夏 第3章,九条

「ごちそうさまでした~!!」

 僕たちはポンさんのお店を出て、北側に向かって歩いた。
 
 すると、僕は不思議なことに気付いた。
 九条さんに声を掛けてみる。

「あの、九条さん。今の時期に桜って咲くんですか?今は8月なはずですけど」
「あ!たしかに!それオレも訊きたい!なんで?」
「ぼくたち妖怪の世界では、桜は一年中咲いてるよ。桜の木には妖力が宿っていて、それのおかげでぼくたちは生きていられてるって感じかな。この世界にも神社があるけど、桜は御神体として扱われるほど大切な木なんだ」
「へぇ~!」

 岡村はメモを取る。
 鬼怒川も大田も真剣に聞き入っている。

 途中、僕たちのことを珍しがって話しかけてくる妖怪たちもいて、九条さんが助け舟を出してくれたこともあり、なんとか話についていけた。

 しばらく歩くと近くにお墓のようなものが見えて、僕たちは怖くなった。
 周りには人魂のようなものが飛んでいるし、なんだか黒くてどろどろした影のようなものには血のように赤い目玉や口が付いているんだもん。
 九条さんは慣れているのか、ずんずんと歩いていく。
 岡村たちが怯えた声をあげる。

「九条さん、ここすっげぇ怖いんだけど…。リアルお化け屋敷みたい…」
「あの黒いの何…?まさか本当のオバケ…?」
「あぁ、あれか。あれは死霊だね。特に害はないんだけど、君たち怖い?別な道を通ろうか?」
「死霊!?」

 岡村たちは細かく震えている。
 僕もまさか本当の幽霊を見ることになるとは思っていなくて、怖くなってしまった。脚が震えてきて止まらない。

 すると、九条さんは着物の左袖の袂から大きな白い布を取り出した。

「君たち、これを頭からかぶっていてごらん。ぼくが合図したら目を閉じて。3,2,1,でぼくがまた合図するから、そしたらまた目を開いて」

 そう言うと、僕たちに布をふわりとかけた。

 布が僕たちをすっぽりと覆う。

 周りが真っ白になったとき、

「いいかい、目を閉じて」

 と九条さんの声がして、僕たちはぎゅっと目を閉じた。

 すると、あたりに、かすかにお線香のようなにおいが立ち込める。
 なんの香りだろう?
 とても心が落ち着いてくるような、不思議な香りだ。

 再び九条さんの声がする。

「3,2,1,……はい、もう目を開いても大丈夫だよ」

 僕たちは、おそるおそる目を開けて、お互い目で合図しあうと、布から出た。

 そして、びっくりした。

 そこには、さっきの墓地はなく、目の前にはさびれた駅があった。
 駅名を見ると、「きさらぎ駅」とある。

 さびれた駅とはいっても、建物は白い壁がどっしりと構えていて、駅前は時計台のある広場になっている、ちゃんと機能している駅だった。
 周りには、居酒屋と思しき建物や、マンション、アパートみたいなものも見える。

 なんとなく、僕の知っている駅に似ている気がする……。
 どこだっけ?

 岡村たちが感動の声を上げる。

「うおおおおお!きさらぎ駅だってよ!行きたいと思ってたのに来ちまった!」
「やべぇ!オレ感動して泣きそう……」
「写真撮れないのが悔しいぜ……!」

 周りを見ると、さっきのあのどろどろしたオバケはいないようだ。
 僕は思っていたことを訊いてみた。

「九条さん、さっきの幽霊はどうなったんですか?」
「実は、ちょっと移動の術を使ってね。ここまで飛んできたんだ。ここにはさっきの死霊はいないから、安心していいよ」

 岡村たちは安堵の声を出した。

「よかったぁ~!オレ幽霊見るの初めてで、すっげ~ビビっちゃった!」
「あんなのに取り憑かれたりしたら…」
「たぶん、オレだったらガチで死ぬわ」
「な~!」

 九条さんが口を開いた。

「さあ、みんな。蝉時雨が鳴いてるから、そろそろ電車が来るよ。もう帰りの時間だね」
「でも、逢九魔駅には、条件が合えばいつでも来れるんだよな!また来てもいい?」

 すると、九条さんは悲しそうな顔をして言った。

「ごめんね。条件が合ったらいつでも来れるっていうのは、嘘なんだ」

「えっ……」

 蝉時雨がいっそう強くなる。

「君たち人間とぼくたち妖怪の世界は、本来、交わらないものなんだよ。だから、君たちがここへ来られたのは、本当に偶然が重なって起きたことなんだ。元いた世界に戻ったら、たぶん、ここでの記憶もなくなってしまうだろう」
「そんな……。でも、オレたちは、この経験を忘れたくない!ずっと思い出として記憶に残しておきたいよ!みんなでラーメンを食べたことだって、本物の幽霊を見たことだって……!」

 九条さんは必死に懇願する岡村をじっと見つめ、それから、胸元から青い勾玉を4つ取り出した。

「これは……?」
「これを、首から下げていてごらん。きっと、君たちの思い出として、いつまでも残り続けていてくれるよ」
「これが……」

 ガタタン、ガタタン……

 遠くから電車の音がする。

「さあ、お別れの時間だね。君たちと遊べて、とても楽しかった。ぼくも、君たちのことは、ずっと忘れないよ」

 僕と岡村たちは最後に九条さんに知っておいてもらいたくて、涙を流しながら叫んだ。

「僕は、オカルト研究部の悠弥っていいます!九条さんと出会えて本当によかったです!」
「オレは、オカルト研究部の部長の岡村っていうんだ!ポンさんのラーメン美味しかった!!いっしょに食べてくれて、ありがとう!!」
「オレは、オカルト研究部の副部長、鬼怒川です!この勾玉、大切にします!!こう見えても、呪具が大好きです!!」
「オレは、カメラ係の大田!幽霊怖かったけど、実際に幽霊見れて楽しかった!!」

 すると、九条さんはニッコリと笑って言った。

「ぼくは、九条。稲荷神社の守り神の、命婦狐だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ヨウルクー

12月生まれなのでフィンランド語で12月です。 読書したり、カフェに行ったりと街中を散歩するのが趣味です。 神社が好きです。

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