キーンコーンカーンコーン
「はい、みんな注目~」
ホームルームを告げるチャイムと担任の後藤先生の声が同時に響き、おれは朝イチの授業が始まる前の貴重な睡眠時間から目覚める。
おれはものすごい低血圧なため、ただでさえ朝は弱いうえに眠い。
しかも今日は金曜日だし。
もそもそと起き上がり、国語の教科書とノートをリュックサックから引っ張り出す。
国語って、文字ばっかり読むから睡魔と戦うのに必死で、授業内容が全くアタマに入ってこない。
これは、数学の時間でもいっしょだ。
数字を見てるだけでしんどい。
社会とかだと、あんまりしんどくない。
後藤先生が教卓の前に立つ。
隣にはメガネをかけた知らないヤツが立っている。
「今日は、転校生を紹介するぞ~。今度からこのクラスでいっしょになる、夜城悟くんだ」
先生がそう言うと、
「夜城です。よろしくお願いします」
転校生は頭をぺこりとさげる。
「席は、神田の後ろだ。みんなもちゃんと仲良くするように」
クラスからは、あ~い、と、適当な返事があがった。
夜城がおれの後ろの席に座る。
「じゃあ、ホームルームを始めるぞ~。今日は1時間目は国語だったがな、それが今日の授業は取り消しになった」
クラスがざわめく。
「マジで!?」
「ラッキーじゃん!」
「何すんだろ」
「めんどくさいやつじゃないといいな」
おれも授業がつぶれたと分かった瞬間、眠気が吹っ飛ぶ。
マジで何するんだろう?楽しみすぎる!
先生がパンパンと手を叩いて、みんなを黙らせる。
「はい、静かにしろ〜。こないだ言っていた社会科見学が今日になったから、今日はこれから仙台の青葉城の社会科見学だ。レポートも出るから、10枚以上は書いてこいよ~」
え~~~~~~~~!!
レポート課題が出ると知った瞬間、クラスが揺れるほどの大ブーイングが起こる。
だが、先生はそんなブーイングなどどこ吹く風で、「じゃあ、ちゃんと用意しておけよ〜。20分後には出発するから、メモ用紙忘れるなよ~」と言って、教室を出ていった。
レポートか……!
みんなはレポートを嫌がるけど、おれはレポートを書くのはそんなに嫌いじゃない。
だって、物事を見て調べて、自分がどんな考えを持っているかを書くだけでいいんだから。
もっと言えば、宿題よりもマシだ。
すると、後ろから声が掛かる。
「みんなはレポート嫌いみたいだね」
「ん?そうだな。おれはレポート、結構好きだぜ」
「神田くんは、レポート好きなんだ?僕といっしょだね」
「お前もレポート好きなんだな」
「うん。物事を調べて書くのは楽しいよね。図書館で調べものをしてるときが一番楽しいかな?」
「分かるわ~w」
おれたちはちょっと話しただけで意気投合する。
夜城が、ちょっとモジモジとした様子で、おれに言ってくる。
「神田くん。もし良かったらなんだけど、僕と一緒に周ってくれないかな……?新しい学校に来たばっかりだから、ちょっと不安で……」
「なんだ、そんなことか。いいぜ。おれもレポートでこんなに語り合えるヤツなんて初めてだから、友達になろうぜ」
「うん。よろしくね。神田くん」
そして、おれたちは、社会科見学の準備をいそいそと済ませ、校舎裏の、学校専用のバスに乗り込む。
先生が出席を確認し終えると、バスが走り出す。
車内では、皆、好き好きに過ごしている。
寝ているヤツ、おしゃべりに花を咲かせているヤツ、曇った窓ガラスに落書きをしているヤツ、ガムを食べているヤツ……それぞれだ。
おれと夜城はスマホを取り出して、連絡先を交換した。
さらに、夜城は準備もよく、ポッキーを取り出しておれにも分けてくれた。
ポリポリと食べながら、「お前準備いいなw」と言うと、「僕このお菓子大好きで、いつも持ち歩いてるんだ」と言ってくれた。
この転校生について、少し知ることができた。
実はおれも甘いものが好きで、スタバやドトールなんかでも、けっこう甘い飲み物を注文することが多い。なんなら、ケーキも食べる。菓子パンも大好きだ。
今日の放課後、仙台を案内しがてら、アーケードのサンマルクカフェの、期間限定のクッキークリームパフェでも奢ってやろうと思った。
そうこうしている間に、バスは仙台市に入る。
仙台は東北最大の都市で、東北の東京なんていうヤツもいる。
この事を夜城に話すと、興味深そうに聞いてくれた。
広瀬川を渡って、山の方に曲がると、急に緑が濃くなり、杜が広がる。
この山道を登っていくと、観光地兼おれたちの社会科見学先の青葉城に着く。
余談だけど、ここにある伊達政宗像は、夜になるとライトアップされ、とても綺麗だ。
ブロロロロ~……キイィッ
バスが青葉城に着いたようだ。
うわ、レポートとかどうでもいいから(どうでもよくないけど)、遊びてぇ。
「やった!青葉城だぜ!」
「ソフトクリーム食べたいな~」
「お土産何買おうかな?」
「写真撮ろうぜ!」
「なんか食べようよ」
「ネックレスかわいい~」
みんなは、社会科見学よりも、観光に来た気分になっている。
たしかに、昼飯なんかは自由に食べてもいいらしいから、夜城にも案内がてらちょっと遊ぶのも悪くないな。
「わあ~、すごいね〜。小さい時に一回来たことがあるだけだから、改めて来てみると、レポートの題材がたくさんありそう」
「観光地なんだから、レポート書くよりもフィーバーしてぇ」
「今日は、あくまでも社会科見学なんだから、ちゃんとレポートの情報集めないとだめだよ」
「夜城はマジメだな~」
おれたちは、青葉城の事について、いろいろと情報を集め、できるだけメモを詳細に取っていった。
途中、昼が近くなったので、簡単にラーメンを食べた。
そして、気が付くと、バスに集合する時間になっていて、おれたちは再びバスに乗り込み、またポッキーを食べながら、今日のことについて、話に花を咲かせた。
学校に戻ると、ホームルームがあり、今日はこれで終わりだったので、おれは夜城を誘って仙台に繰り出した。
仙台駅に着くと、週末なのか、やたらと人が多い。
だけど、今日は、学校が早めに終わったこともあり、今はまだ午後をまわって2〜3時間ほどだ。
おれたちは、アーケードを歩いている。
「仙台っていつ来ても人がすごいね」
「今日はまだ少ない方だよ。七夕祭りのときなんかアーケード通れねぇもん」
「あっ、僕も七夕祭りには来たことあるよ。アーケードに交通整理の人がいるくらいすごかった!」
「前に進めないよな。おれ、途中で引き返したw」
アーケードをしばらく歩くと、右側にサンマルクカフェが見えてくる。
今はちょうどお茶時で、カフェは混んでいたけど、2階の席が空いているようで、夜城に席の確保をお願いし、おれは期間限定のクッキークリームパフェを注文しに行く。
パフェがちょうどいい大きさでありがたい。
パフェを受け取り、夜城の待つ2階に移動する。
夜城は、窓際のカウンター席で待っていた。
「お待たせ〜。これ期間限定のパフェで、めっちゃ美味いから食ってみて」
「ありがとう、神田くん。でも、奢ってもらっちゃって悪いなぁ」
「あ~、気にしなくていいよ。バスん中でポッキーもらったし、今日はお前のこと誘ったのおれだしな」
「そう?じゃあ、遠慮なくいただくね」
「おぅ」
おれはクッキーのかかっている生クリームを食べる。
甘すぎないクリームはいつ食べても美味い。
夜城のほうを見やると、パフェの前で手を組んで、「いただきます」と小声で言っていた。
周りの客たちが、夜城のことを見てクスクスと笑っていたけど、おれは礼儀正しいコイツのことを笑うなんて、と、少しイラっとした。
「夜城、周りの声なんか気にすんなよ」
「大丈夫。僕、こういうのには慣れてるから」
「そうなのか?」
「うん。昔から散々笑われてきたから」
夜城は特に気にした様子もなく、何事もなかったかのように、普通に生クリームをすくって食べている。
コイツ、美味そうに食べるじゃないか……!
◇
カフェを出ると、おれたちはロフトに行ってみた。
今は、宙フェスをやっていて、綺麗なアクセサリーがたくさん売ってある。
値段を見てみると、小さいネックレスが3千円くらいして、思わず、「おぉ、さすがフェス!」と思ってしまった。
そんなおれを見ておかしかったのか、夜城はクスクスと笑っている。
おれも、夜城のほうを向いて、ニッと笑う。
「そうだ。おれの住んでるとこの近くの駅に図書館があるんだけど、良かったらどう?レポート、いっしょに書こうぜ」
「あ、名取駅の図書館だよね?あそこいいよね。きれいだし、本もたくさん揃ってて、すっごい便利」
「だよな〜!帰りに寄ってかねぇ?」
「いいね~」
スマホで仙台からの時刻表を確認すると、17時ちょうどの福島行の電車がある。
あと15分くらいで発車時刻だから、おれたちはそれに乗っていくことにした。
駅に行き、改札を入って、電車に乗る。
電車は、長町駅、太子堂駅、南仙台駅、と、進んでいく。
南仙台駅を過ぎると、途中にセリの水田が見える。
宮城名物の仙台セリだ。
夜城はセリ鍋が好きらしい。
毎年、冬には必ず食べるそうだ。
そんな話を聞いているうちに、電車は名取駅に着いた。
おれたちは、近くのイオンエクスプレスで飲み物を買い、図書館へと向かう。
図書館は程よい混み具合で、3階の奥の長テーブル席がちょうど空いていたので、そこに腰を下ろした。
座ったら、まず飲み物をごくごくと飲む。
夜城も炭酸水をぐいぐいと飲んでいる。
そして、今日書いてきたメモを見ながらレポートを書いていく。
カリカリ……と、レポート用紙にシャーペンを走らせる音がする。
ときどき耳をすますと、小声で話すおしゃべりや、スマホのバイブレーションの音が聞こえてくる。
あまり静かすぎないのも、この図書館のいいところかな、と思う。
夜城のほうをチラリと見ると、メモや、借りてきた本を見ながら、シャーペンをスラスラと走らせている。
コイツはホントにマジメだな。
レポート用紙に書く字もきっちりとしていて、キレイで丁寧だ。
夜城がおれの視線に気付いてこちらを向く。
「神田くん、どうしたの?」
「あっ、なんでもねぇ。ごめん」
「?」
おれは慌てて自分のレポートに取りかかる。
そして、閉館の時間が近づいた頃。
おれは凝り固まっていた体を伸ばす。
「あぁぁぁぁ、レポート終わった〜!夜城は?」
「うん。僕はあともう少しかな」
「えっ、10枚で収まんないの?」
「あと、2枚くらいかな。でも、閉館時間には間に合うと思うよ」
「お前よくやるな~」
おれは、夜城が終わるのを待ちながら、近くの本棚からライトノベルを何冊か借りてきて何気なく読んでいた。
ライトノベルが2冊目に突入したところで、閉館時間の音楽が鳴りだす。
夜城が伸びをして言う。
「僕もレポート完了!結構書いちゃったなぁ」
「つくづく思うけど、お前はマジメなヤツだな~」
「これくらい、普通だよ」
「おれにもそのマジメさを寄こしてくれよ~」
なんて言いながら、おれたちは帰りの支度をして、図書館を出る。
夜城は亘理に住んでいるらしく、名取駅で常磐線に乗って帰って行った。
おれは、夜城が乗った電車をしばらく見ていたあと、自宅のマンションへと歩を進めた。
5月の風が気持ちよく吹いていた。