半夏生 第2章

 社会科見学という夢の楽しみが終わって、一週間と少しが経った。
 朝のホームルームが始まるまで机で寝ていたおれは、後ろに夜城が座る気配がして、おもむろに起きだす。

「おはよ。神田くんって朝に寝るタイプ?」
「夜もちゃんと寝るんだけど、おれスゲ―低血圧で、朝起きるのが苦手なんだよな。お前は朝大丈夫なん?」

 おれはあくびをしながら答える。

「僕はちゃんと起きれるけど」
「マジか。うらやま」
「裏山?」
「うらやましいってこと」

 すると、ホームルームのチャイムが鳴りだす。
 ガラガラっと教室の扉が開いて、後藤先生が入ってくる。

「みんな席に着け〜。この前の社会科見学のレポートだけどな、来週末までに職員室まで持ってこいよ~」
「センセー。レポート5枚でいいですか~?」
「5枚なんかあっという間だ。10枚は余裕で書いてこい」

 え~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!

 こないだよりもさらにすごい大ブーイングがおきる。

 ちなみに、おれと夜城はレポートを書き終えてから、見直しも含めて3日後に提出しているため、日々を余裕をもって過ごしている。
 もちろん、宿題はあるけど、夜城とやっていると、宿題がパパっと終わるから不思議だ。
 昨日も古文を訳す宿題と、英語の宿題で、英文で授業の感想を書いてくるのがあったんだけど、それももう、半分は終わっている。

 後藤先生は、パンパンと手を叩いて、みんなを静かにさせる。

「今日は特にこれといったイベントはないな。みんな、今日はちゃんと授業を受けるようにな。じゃあ、朝のホームルームはこれで終了」

 先生はそう言うと教室を出ていった。

 おれ的には、なんかイベントあってほしいんだけどな〜。
 バスに乗ったり、電車に乗ったりして街中を見て周るのはけっこう好きなんだけど。

 おれは、1時間目の化学の授業の準備をして、夜城と校舎の3階の理科室へとむかった。

 化学は記号とか、よく分からないアルファベットなんかが出てくるので苦手だ。
 H2Оはなんとなく分かるけど、О2ってなんだっけ?

 そんなことを夜城と話しながら、おれは今日も1日頑張るか、と思ってやる気を入れた。


               ◇


 放課後。

 おれは今日はバイトがある日なので、学校で夜城と別れた。

 おれのバイト先は、イオンモール名取の2階にあるスターバックスコーヒーだ。
 中学生のときに初めて行って、抹茶のフラペチーノを飲んでからスタバのファンになり、いつか自分もここで働いてみたい、と思ったのがきっかけだ。

 制服に着替え、エプロンを付けると自然とやる気が出てくる。

 今日も頑張ろう。

 そう思って、勤怠を入力しに行くついでに、店長の赤間さんに来月のシフト希望の日程を書いたメモを渡しに行く。

 赤間さんがおれに気付いて声を掛けてくる。

「あっ、神田くん、お疲れ様!」
「赤間さん、お疲れ様です。あとこれ、来月のシフトの希望です」
「ありがとう!ちょっと確認させてね」

 そう言うと、赤間さんは「ふんふん」と頷きながらメモに視線を落とす。

 赤間さんは元々仙台駅のスタバでアルバイトとして働いていたけど、5年前に結婚して名取に移ってきて、そのときに元バイト先の店長から推薦されて今のイオンモールで店長として働いている女性だ。
 赤間さんは明るくて仕事もテキパキとこなせて人当たりも良いので、接客されたお客さんたちはいつも自然と笑顔になる。
 おれはそれを見ていて、「おれもこんな風になりたいな……」なんて思っている。
 赤間さんはおれのちょっとした憧れでもある。

 シフト希望のメモを確認し終えた赤間さんが言う。

「神田くん、シフトの時間ちょっと増やしたいんだね?」
「はい。来年から受験だし、今のうちに少し貯めておきたいなっていうのもあるんですけど、友達といっしょに遊んだりできるのもたぶん今年までだと思うんで、その分も稼ぎたいなって」
「青春だね〜。でも、高校生がバイトできる時間は21時までだから、それより遅くなっちゃだめだよ。で、神田くんさえ良ければなんだけど、シフトの時間と、土日と火曜日はそのままで、水曜日と木曜日に新しく入ってもらうことってできないかな?」
「水曜日と木曜日ですか?」

 おれは学校の時間割と、他のスタッフさんのシフト表を頭の中で照らし合わせる。
 水曜日と木曜日は、放課後特に予定はない。
 たしか、夜城も郵便局でバイトがある、とか言ってたな。
 それに、水曜日と木曜日は、おれより1学年上で高校3年生のバイト仲間の大川が入っていたハズだけど……。

「そうなの。大川くん、今年受験だから、勉強に向けて今週でバイト辞めさせてもらいたいって言ってきて。で、ちょうど水曜日と木曜日に空きができて、スタッフの数が足りなくて」
「そっかあ、大川が受験……」
「大川くんはバイトも受験も両立したいって言ってたんだけど、家庭の事情で留年は難しいみたいで。そこで、神田くんバイトのシフト増やしたいみたいだから、良かったら入ってくれないかなって。でも、無理のない範囲で、だよ?」
「水曜日と木曜日は特になにもないんで、おれで良かったらそこのシフトに入らせてください!」

 おれがあんまりグイグイといくもんだから、赤間さんは笑って、

「じゃあ、来週からよろしくね」

 と言って、さっそくパソコンでシフト表を作り始めた。

 すると、レジのほうからアラームが聞こえてきて、おれは慌ててホールに出た。


                 ◇


 夜の7時半にバイトが終わった。
 杜せきのした駅で電車を待つ間、おれはスマホで夜城とメールをしていた。

『これから、水曜日と木曜日にバイト入ることになったから、毎週金曜日だけでも遊ぼうぜ!』
『僕も来年受験だから、お金、今のうちに貯めておきたいって思って、局長に相談してたところだったんだ。それがちょうど神田くんと同じ、水曜日と木曜日だったから、シンクロしちゃったね』
『www』

 すると、仙台方面行のアクセス線が来て、おれはまた明日な~って返事を送って、夜城とのメールを終わらせた。

 それから、名取駅から近くの、おれの自宅であるマンションへ帰った。

 ガチャリと玄関のドアを開けると、母さんがリビングから顔を出してくる。

「おかえり。バイトお疲れ」
「うん。あ~あとさ、今度からバイトの日、ちょっと増えたから」
「あら、そうなの?よく働くわねぇ」
「来年から受験だから、今のうちにお金貯めておきたいだけだよ」
「あんたはホントに真面目ねぇ。まぁ、無理のない程度にね」
「うぃ~」

 そう言うと、おれは自分の部屋に戻って、リュックサックからイオンで買ってきたジュースを取り出し、まだやりかけの、古文の宿題に取り掛かる。
 レ点とか、学校でやると眠いクセに、家に戻ってからやるとなぜかはかどる。
 なんなら、夜城と図書館でやると、もっとはかどる。

 夜城と出会ってから、学校の成績もちょっとだけ上がったかな、とも思う。
 おとといの、世界史のメソポタミア文明の事も、夜城に誘われて、高校に入って初めて予習をしてみたら、そこがアタリで、先生に指摘されたところがスラスラと出てきた。
 おかげで、そのときの世界史はとてもよくわかった。
 今やっている、古文なんかもそうだ。
 夜城は教え方が上手いんだな……。

 そして、宿題の最後の訳を終わらせたとき、ちょうど部屋の前で、母さんの声がした。

「ご飯できたわよ~」
「教科書片づけたら、すぐ行く~」

 おれは机の上に散らばってた教材をパパっと片づけ、晩ご飯を食べるため、リビングへと向かった。

 なんだか、スパイシーな香りと、揚げ物の匂いがする。

 今日の晩ご飯はカツカレーとみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ヨウルクー

12月生まれなのでフィンランド語で12月です。 読書したり、カフェに行ったりと街中を散歩するのが趣味です。 神社が好きです。

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