半夏生 第3章

「あっつ~!」

 今は6月の末だ。
 宮城は梅雨入りしていて、じめじめと暑い。
 今は雨が上がっていて、陽も照っているため、余計に暑い。

 昼休みの教室にはクーラーが付いているとはいえ、ほとんど機能していない。
 クーラーがないと、こんなにも辛いっ……!
 一応窓は開いているけど、風もまったく入ってこないし、逆に外のじめじめが教室に入ってきていっそう暑さが増している感じがする。
 ここは、熱帯雨林だ。

 ガタッ

 夜城が机を移動させて、いつもみたいに弁当を持ってやって来る。

「神田くん、お昼食べよ」
「おう。てか、お前暑くねぇの?」
「別に平気だけど」
「いいな~。お前マジでうらやまだわ」

 おれたちは弁当を食べ始める。

 おれの弁当は、朝にコンビニで買ってきたいちごオレと、おにぎりが4つだ。
 ちなみに、おにぎりの具は、梅とショウガ高菜と、辛子明太子とツナマヨ。おれの大好物だ。

 いっぽう、夜城は大きめの弁当箱が2つだ。
 夜城はすごくよく食べるので、これでもぜんぜん足りないらしい。
 前に、学校帰りに、仙台に繰り出したときなんかは、駅の1階の無尽蔵というラーメン屋に行ったときに、味噌ラーメンとチャーハンとギョーザ5個を注文し、ぺろりと平らげていた。

 そんなことをボ~っと思い出していると、夜城に不思議そうに声を掛けられた。

「神田くん、どうかした?」
「あ、いや。お前ってすごい食べるんだなって」
「あはは、僕食べることが大好きでさ。変かな?」
「いや、いいと思うぜ。お前食べ方きれいだし、美味そうに食べるし。テレビの大食いタレントみたいだなって」
「そうかなぁ」

 そんな話をしながら、おれたちは弁当を黙々と食べた。
 そして、おれが食後のいちごオレを飲んでいると、後藤先生が教室に入ってきた。

 げっ、まさか授業時間が早まったとかじゃないよな?
 それか、数学の宿題(後藤先生は数学担当だ)が増えたから覚悟しろとか……?

 後藤先生が黒板になにか書いていく。

 おれは黒板を凝視する。
 32とか見えるんだけど。
 頼むから、数学の宿題が増えるのは勘弁してくれ〜!

 そう祈るような気持ちでいると、先生が口を開く。

 「え~。次の時間の数学だけどな。突然で申し訳ないが、自習でお願いな。ちょっとオレに用事ができてしまってな。教科書の32ページから36ページをやってくれ。自習が終わったら、終わったやつから帰っていいぞ~」

 ざわざわとクラスがざわめく。

「マジで!?」
「めっちゃラッキー♪」
「なあ、放課後イオンモールに寄って帰ろうぜ」
「カラオケ行こうよ」
「仙台のアニメイト行かない?今ハマってるアニメのさぁ……」

 そんな声が飛び交う。

 おれはテンションがあがって、夜城に向き直る。

「今日早く帰れるとかめちゃくちゃツイてるな〜!今日はバイトもないし、久しぶりに仙台で遊んでかねぇ?」
「いいね〜。今日はどこ行く?」
「仙台駅の地下にお粥屋さんがあるんだけど、そこのドリンクの杏仁豆腐のマンゴー味がすごく美味くてさぁ。良かったらどう?」
「お粥屋さんでマンゴー?」
「あそこ、飲茶なんかもやっててさ。他にも、肉まんとかもあったな。あとは、海老ワンタン麺なんかもあって、それもオススメだぜ」
「海老のワンタン麺!」

 夜城は海老ワンタン麺に反応する。
 最近知ったんだけど、夜城は麺類が大好物らしい。

 そんなこんなで、昼休みは終わり、おれは数学の教科書とノートをリュックサックから引っ張り出して、夜城といっしょに(数学の自習のときは、自由席なので、みんなおしゃべりしながらやってる)32ページから、設問を見ながら、カリカリとノートに数式を書いていく。

 xとかyってなんなのかよく分からねぇし。
 マイナスとマイナスのときは、プラスに数式が変わる……?

 半分、暗号文を解いているような気分になりながら、夜城を見ると、もう教科書の半分より下まで行ってて、コイツ、マジで勉強もできるな……と改めて思った。

 おれは分数のところでつまずき、夜城に助けを求めた。

「夜城。ちょっとここ分かんねぇんだけどさ……」
「分数の引き算?ここはまず、分母の7と3を同じにして……」

 ごめん。よく分かんねぇ。
 クーラーが弱くしか付いてないから、頭がオーバーヒート寸前だった。


               ◇


 やっと教科書の36ページまで到達して、自習範囲が終わった頃には、おれは頭から湯気を出してのぼせていた。
 夜城は心配して、保健室から冷えピタをもらってきてくれた。
 当の本人は汗ひとつかかずに、おれよりも1時間は早く自習を終わらせ、おれが終わるまでちゃんと分からないところを教えてくれた。

 おでこに冷えピタをピタッと貼ると、だんだんと頭の熱がとれてきた。

 夜城が冷えたミネラルウォーターを寄こしてくる。
 2階の自販機で買ってきたらしい。

 おれはミネラルウォーターをごくごくと飲む。
 火照った体が冷やされてきて、だんだんと生き返ってくる。

「夜城、いろいろと悪ぃ……」
「そんなに気にしなくていいよ。今日は暑いから熱中症とか気を付けないとだよ。現に神田くん、今オーバーヒートしちゃってるし……」
「ありがてぇ」
「これから仙台行けそう?別に無理しなくても……」
「あ~いや、大丈夫大丈夫。心配かけてごめんな。仙台に行って、思いっきり遊ぼうぜ!」

 おれは帰りの支度をして、クラスのやつらにじゃあな~と言って教室を出た。

 外は相変わらずじめじめとしていて熱帯雨林だったけど、教室にいたときよりは風が吹いていたので、ちょっとはマシかなって思った。

 杜せきのした駅に着くと、ここのホームは風通しがいいので、すごく涼しい。
 今の時間帯だと、駅はそんなに混んでいなかった。

 アナウンスが鳴ると、遠くからアクセス線が来るのが見えた。

 電車に乗り込むと、その中はクーラーがきいていて、まるで天国だ!と思った。
 夜城は少し寒いのか、ちょっと鳥肌が立っているし、たまに腕をさすっている。

 おれはちょっと心配になって訊いてみる。

「夜城、お前、寒いのか?」
「ああ、うん。ちょっとだけ。でも大丈夫だよ。制服のワイシャツ、長めの半袖でしょ」
「言われてみればたしかに……」

 改めて見てみると、夜城の制服のワイシャツは、他のヤツらと比べてみると、七分袖になっている。
 寒いのが苦手なんだな。

 そう思っていると、電車が仙台駅に着く。

 電車を降りるとむわっと熱気が襲ってきた。

 ホームから階段を下りて地下の改札を通ると、地上よりもずっと涼しいし、駅直結のエスパルは、快適だ。

 仙台駅の地下には、お土産処はもちろんあるけど、パン屋やカフェ、レストランも多い。
 特に、夏が本格的に始まって気温が30℃近くになってくると、冷たい飲み物を飲みに、ミスドや、エビアン、アフタヌーンティーといったカフェは混雑する。
 もちろん、これは地下に限った事じゃないけど、仙台駅には色んなカフェが入っていて、季節問わず賑わっている。
 駅の2階の、ゴンチャやずんだ茶寮なんかは特にすごくて、長蛇の列ができるほどだ。

 そうしていると、お粥屋さんの粥餐庁に着く。



 




 



 


 

 ここは女性に人気のお店で、お昼時はけっこう混む。

 今日は午後をまわって3時間半と少しくらいなので、そんなに待たずに入れた。

 おれは夜城にメニューを見せる。

「メニューは主にお粥かな。麺も食べたいなら、お粥と麺のハーフセットもできるけど」
「そうなんだね。迷うなあ……」
「分かる。全部美味そうだよな~」
「あっ、じゃあ僕、蒸し鶏とショウガのスープ麺と、杏仁豆腐のマンゴー味にしてみようかな」
「おれ、そのスープ麺食べたことあるんだけど、めっちゃ美味いからオススメだぜ」
「神田くんのオススメするものって、みんな美味しいよね。サンマルクカフェのパフェのときもそうだったし」

 そんな話をしながら、近くの店員さんを呼び止めて、杏仁豆腐のマンゴー味を2つと、蒸し鶏とショウガのスープ麺と海老ワンタン麺を頼んだ。

 ちなみに、海老ワンタン麺はおれで、ワンタンを口に入れた瞬間の、海老のぷりぷりとした触感がたまらなく好きで、ここに来たら、90%の確率で頼む。
 残りの10%は担々麺だ。

 少しして、ドリンクの、杏仁豆腐のマンゴー味が運ばれてくる。

 一口飲むと、杏仁豆腐のまろやかな甘みがして、すごく美味い。

 夜城が感動したように言う。

「これ美味しいね!あと3、4杯はイケそう」
「お前すごいなw」

 すると、スープ麺も運ばれてきて、おれたちは夢中で食べた。
 海老のワンタン、マジでうめぇ。

 おれたちはスープ麺を食べたあと、ドリンクを飲みながら日常のことをいろいろと話した。
 夜城は亘理駅の近くに住んでいて、毎日早起きして学校に通っているらしい。
 あと、郵便局でバイトしていて、日々が充実しているようだ。

 おれもこんな風に過ごせたらな~と思っていると、

「神田くんもアルバイトしてるでしょ?」
「まあな~。来年は受験だし、今のうちに金貯めておきたくてさ~。それに、こうやって遊べるのも、たぶん、今のうちだけだよな」
「それって、ちゃんと充実してるんじゃない?」
「どうだかな~」

 夜城が何気に励ましてくれる。

 おれは、残っていたドリンクを一気に飲み干した。


                ◇


 おれたちは店を出て、ロフトに向かって歩いていた。

 夜城が、ピンクのマーカーペンのインクが切れてしまっていたのに気付いて、おれも授業のノートのページが少なくなっているものが何冊かあったので、それを買いに行くためだ。

 ロフトの3階が文房具売り場になっていて、今日も人が多い。

 おれはノートのブースに、夜城はペンのブースに行って、それぞれ必要なものを調達する。
 ノートは、念のため多めに買っておいた。

 帰りの仙台駅までの途中、夜城が突然話し出した。
 どことなく嬉しそうだ。

 「あのね、神田くん。僕、今度名取に引っ越すんだ。それで、今の郵便局のバイトは辞めちゃうことになるけど、新しいバイト先が見つかって」
「マジ!?じゃ、今度からいっしょに登下校できるじゃん。ちなみに、そのバイト先ってどこだよ?」
「うん。イオンモール名取の、1階の郵便局。面接のとき、僕が亘理で、郵便局でバイトしてたことを話したら、ぜひここで働いてほしいって言われて」
「つか、そこって、おれのバイト先からすげぇ近い……」

 夜城は、7月上旬あたりに引っ越すらしい。
 でも、名取に引っ越すとは言っても、名取駅からはバスに乗らなきゃいけないみたいで、家から一番近いバス停が田高らしい。

「なあ。もし引っ越しが終わったら、遊びに行ってもいいか?あっでも、引っ越し直後だと片付けとかで忙しいか」
「大丈夫だよ。僕の家、あんまり荷物が多くないんだ。そうだなあ……。引っ越しの3日後くらいなら大体片付いてるかな」
「お前の部屋、どんなだか気になるなw」
「え~?散らかってるよ〜。本とか床に散らばってて」
「お前もか。おれの部屋もマンガとか散乱してるな~」

 なんてことを話しながら、おれたちは始発の17時30分の原ノ町行で帰った。

 南仙台を過ぎたあたりで、おれは、リュックサックを背負う。

「じゃあ、また明日な~。数学で分からないとこあったら、また教えてくれ」
「勉強の手伝いなら、いつでもいいよ」
「ありがてぇ。じゃな!」

 そう言って、おれは名取駅で降りた。
 ドア越しに夜城が手を振っている。
 おれも手を振り返して帰路に着いた。

 夜城が同じ建物内で働くことになったと聞いて、おれは明日のバイトも、なんだか頑張れる気がした。

 今学期も残り少しなので、勉強とバイト、どっちも頑張るか~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ヨウルクー

12月生まれなのでフィンランド語で12月です。 読書したり、カフェに行ったりと街中を散歩するのが趣味です。 神社が好きです。

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