夏休みになった。
夏休み前のテストの結果は、夜城のおかげで赤点は回避できた。
しかも、いつもよりも点数が良かった!
母さんからは、「こんなにいい点数採るなんて、カンニングでもしたんじゃないの?」と怪しまれたが、これはおれの努力の成果である!
今日はバイトのシフトが12時から17時までなので、夜城のバイトの終わる時間より30分早い(夜城のシフトは12時半から17時半までだ)。
おれは夜城に、「未来屋で待ってるわ」とメールを入れておいて、リニューアルオープンしたばかりの未来屋書店を見て周っていた。
すると、後ろから声がかかる。
「あれ、神田じゃん」
振り向くとそこには、腕を組んで立っている女子たちがいた。
「……日野?」
「お前さぁ、何やってんの?w」
おれはそいつらを見てうんざりした。
この日野愛夏とその取り巻きたちは、自分のことは「さま」付けで呼べとか、「朝に来たら、『愛夏さまおはようございます』って言わなきゃダメなんだよね~w」とか、よくワケの分からないことをほざいてる女子のグループだ。
おれたちはまだ子どもの内に入るのに、コイツらときたら、自分たちはもう立派なおとなだとかなんとか言っている。
立派な大人はこんな取り巻きなんて作らないと思うんだけどな。
「お前、夜城とイチャつきながら勉強してるんだろw」
「だっさ~w勉強できないから他人に頼ってるとかw」
「夜城も調子に乗ってるよね。自分は頭いいんですオーラ出しまくってるし」
「つか、夜城って変な名前ww」
「愛夏さまのほうが頭いいっつの」
おれは自分のことはいいけど、夜城のことをバカにしていることにイラっとして言い返す。
「な〜にが愛夏さまだよ。ただの勉強できないヤツのひがみじゃんか」
すると、取り巻きの我妻が言い返してくる。
「はぁ~?あたしたちはただ本気出してないだけだし!意味わかんない!」
我妻はすぐに「意味わかんない!」と言う。
たぶん、口癖なんだろうけど、おれからすると、意味わかんないことを言うお前らのほうが意味わかんない。
おまけに、コイツらは、普段は周りのヤツらの陰口を、わざと聞こえるように叩いてるクセに、自分の都合のいいときだけ、そいつらのことを頼ってくる。
前に薄井という女子が国語のテストで100点採ったとき、先生が「みんな見習えよ〜」と言った次の休み時間、日野たちはわざと薄井に聞こえるように、薄井の悪口を言っていた。「自分は優れた頭脳持ってます~とかアピールしてるよね~。ウザイんだけど」とか「100点採ったのひけらかしてんじゃね」とか。
だが、数日後、日野が風邪気味で鼻をグスグスいっていたとき、日野グループはその薄井に「おい、雑魚。ティッシュよこせ」と言って、花粉症でティッシュがどうしても必要だから、と言う薄井からポケットティッシュを無理矢理3つも強奪していった。
日野たちはとても満足した顔をしていたのを、おれは覚えている。
まるで、自分の思い通りにならないことなんてなにもない、と、思っているようだった。
都合が良くて勝手なやつら。
「ちょうどよかったんだけどさ~。夏休みの課題のレポートとか、写させてくんない?ほら、あたしって遊ぶのに忙しいじゃん?だからまだ終わってなくてマジヤバ~w」
「それくらい自分でやれよ。そうなんでもかんでも自分の思い通りになると思うな」
すると、日野は途端に機嫌が悪くなる。
「はぁ~?人助けとか思わないわけ?お前って自分さえ良けりゃいいってタイプじゃん」
「それはお前らだろ。陰口言われた薄井から物奪っていきやがって」
周りの取り巻きも笑いながら口々に言い始める。
「でたw自分は正しい人間なんですアピールw」
「えっ、キモいんだけどw正義の味方のヒーロー気取りかよw」
「お前みたいなやつさぁ。将来誰にも相手にされなくて、孤立するよw」
「それは君たちのほうじゃないのかな」
ふいに横から声が聞こえてきて、おれはびっくりした。
隣にはいつ来たのか、夜城が立っていた。
夜城は普段は優しい目をしているけど、今は日野たちのことを、まるで哀れなヤツを見る、「これだからこういうどうしようもない奴らは」と思っているかのような、人を見下している目をしていた。
こんな目をする夜城を、おれは初めて見た。
日野が言う。
「は?お前にはカンケーないじゃん。今は神田と話してるんだけど」
「僕らも君たちの宿題については無関係だから、これで帰らせてもらうよ。行こ、神田くん」
「お、おぅ」
夜城はおれの手を引いてその場をあとにしようとする。
「じゃ、お前でいいわ。課題と宿題写させてくんない?そしたら許してやらなくもないけど」
「君たちみたいな人の事情なんて知らない。それに、僕のを写したとこで、これで一発で先生にバレるよ」
夜城はそう言うと、ズボンの左のポケットからスマホを取り出す。
それは録音モードになっていて、今までの声が録音されていた。
我妻が声を上げる。
「はぁ~!?勝手に録音しといて、犯罪じゃない!?あたしたちが悪者みたいになってんだけど!意味わかんない!」
「意味わかんないことをしゃべる君たちのほうが意味わかんないよ。君たちが他の人のを写してもすぐに分かるように、僕はこの録音を消さないからね。先生から怪しまれても、神田くんのを写そうとした、という事実が残っているから、もし神田くん以外の他の人たちから写したものだっていうのも、すぐにバレるからね」
「お前何言ってるか意味わかんないんだけど!」
「こんな簡単なことも理解できないなんて、君たちはバカなんだね。僕も君たちみたいなバカにはなりたくないから、これで帰るよ。じゃ。」
夜城はそう言い放つと、おれの手を引いて、エスカレーターの方へと歩いていく。
周りの人たちも、日野グループの大声になんだなんだと、こちらを見ている。
日野たちはさすがにマズイと思ったのか、仲間を引き連れてそそくさとその場を去っていった。
臆病なやつら。
それからおれたちは、2階のフードコートで、ドトールコーヒーでアイスティーを頼み、一息ついていた。
夜城を見ると、先ほど日野グループで見せたときのような目はしておらず、いつものおだやかな目に戻っていた。
「大変だったね」
「あいつら、ホントめんどくさくて。夜城、サンキューな」
「……ねぇ、神田くん。なんで僕が亘理の学校から名取に転校してきたか、分かる?」
ふいに、夜城が真面目な顔で訊いてくる。
なんで亘理から名取に来たのか?
そりゃ、親御さんの仕事の事情じゃないか?
そう思っていると、夜城が口を開く。
「実は僕はね、亘理の学校で、ものすごくひどいいじめにあっていたんだ。それがしんどくて、一時期はカッターで首を切って、大量出血で病院に運ばれたことだってあった。病院で目が覚めたとき僕は、あぁ、死に損なっちゃった、って思って、家族にどうして病院に運んだの?どうして死なせてくれなかったのって言って、すごく暴れちゃったんだ」
おれはなにも言うことができない。
夜城がそこまでひどいいじめにあっていたなんて。
よく見ると、右の首筋には切り傷のような跡が見える。
夜城は続ける。
「そして僕は不登校になって、ずっと引きこもった生活を続けていたんだけど、やっぱり、学校には行かないとなって思い始めて。で、お母さんと相談して、別の地域の学校に転校してみて、そこでうまくやれればいいってことで、今年やっと、転校して学校に通えるまでに回復したんだ。郵便局のアルバイトも、実は去年の暮れから始めたばっかりなんだ」
そうだったのか。
夜城の日焼けしてない真っ白な肌は、色白できれいな肌だな、なんて思っていたけど、実はいじめにあって、ずっと辛い思いをしながら引きこもっていたからだったんだ。
だから、日野グループに立ち向かっていたときは堂々としていて、人をいじめるヤツはどうしようもなくバカだ、と思っていたからあんな風に言い返すことができたんだ。
「でも、僕は今神田くんと友達になれて本当によかったなって思ってるよ。神田くんと友達になれたおかげで、毎日が楽しいって思えてきたんだ」
「そっか。お前も苦労したんだな~。実を言うと、おれも中学行ってねぇのよ。なんつーか、人付き合いとか、いろんなことがめんどくさくなってさ。同じ服着て同じ考え方させられて、先輩だから後輩だからとかな。ほんとマジでめんどくせ~ってなって。担任のセンセ―もこっちの気持ちなんてお構いなしに、『制服着れないとか授業が嫌だとか、そんな気まま言っていていいのか?』って、こっちの気持ちもなんも分かってねぇクセに勝手なことばっか言いやがった」
「そうなんだ……」
おれは、ニッと笑う。
「ま、でもそのおかげで、今こうして高校にも何とか行けてるわけなんだけどな」
「神田くんが勉強苦手なのって、中学校行ってなかったからだったんだね」
「まぁ、そんなとこ。勉強はもともと苦手だけどさ、今は夜城がいるから、高校での勉強もなんとなく分かるようになってきたんだけどな」
おれはアイスティーを半分くらいまで一気に飲む。
そして、おれは夏休み、という日野の言葉を思い出して、夜城にちょっと気になることを言ってみる。
「なぁ、夜城。お前って夏休みの英語と数学の宿題ってどうなった?」
「もうとっくに終わってるけど……」
「ウソッ!?いつやったか訊いていい……?」
「学校の休み時間に一気にやって、終わらせておいたけど?」
「その手があったかッ!夜城すまねえけど、明日名取の図書館で宿題教えてくれ~!」
「そんなに必死にならなくても……ちゃんと教えてあげるから大丈夫だよ」
おれは、得意のレポートこそ終わっていたが、数学や英語はどっちも半分くらいまでしか終わっていない。
これは非常にマズイ。
「じゃあ、明日のお昼過ぎ……14時頃に、名取の図書館のカフェで待ち合わせでどうかな?神田くん、明日って午後なんか予定あったりする?」
「いや、明日は特になにもねぇよ。じゃ、明日よろしく頼むッ!宿題は明日中に終わらせて、夏休みを心おきなく過ごしてやるぜ!」
「気合い入ってるね~」
そんなこんなで、明日宿題頑張る!と気合いを入れ、おれたちは家路についた。
◇
次の日、おれは名取の図書館のカフェ、EUREKAでアイスミルクティーを飲みながら、夜城を待っていた。
昨日、家に帰ってから数学の宿題を自力で最後まで解いてみた。
夜城といっしょに予習や復習をするようになってから、授業が分からなくて集中できない、ということはあまりなくなったと感じるようになった。
授業で先生に当てられても、分からない、ということが少なくなったように思う。
おれは、やりかけの英語の宿題をちょっとだけやっていると、夜城がやってきた。
「あっ、神田くん、英語やってるんだ。どこまで進んだ?」
「おぅ夜城。この、よだかの星の最後の章の訳まで終わったんだけどさ。ここの……ス、スター?のあとがさ……」
「どれどれ」
おれは、夜城に教えてもらいながら、ゆっくりではあったけど、最後まで終わらせることができた。
ついでに、数学のノートも見てもらうと、ほぼ当たっていた。
ちなみに間違っていたのは分数の計算のところだけだった。
分数分からねぇ。
でも、前はあれほど分からなかったxとかyとかも前よりは分かるようになってきた。
xyはカッコ仮的な意味で、マイナスとマイナスのときに数式がプラスに変わるのは、マイナスに、さらにマイナスで、マイナスがプラスされるから、ということも分かってきた。
おれは、氷が溶けて薄くなったミルクティーを飲み干し、一息ついた。
「いやー終わった終わった!夜城、マジでサンキュー!」
「僕はそれほど手伝ってないよ。神田くんが真面目に取り組んで頑張ったから、早く終わったんだよ」
「英語の文章のとことかいろいろ教えてくれたじゃん?」
「神田くんが、やるぞ!って思ってたからだよ」
「やる気は学校にいるときよりはあったかもしんねぇなw」
おれたちは教材と食器を片づけて外に出た。
外はまだまだ暑い。
本格的な夏はこれからだ。
◇
あれから時は経ち、おれと夜城は夏休みを思いっきり満喫することができた。
夜城といっしょに仙台の七夕祭りに行ったり、プールで遊びまくったり、もちろん、バイトも頑張った。
今までこんなに楽しい夏休みはなかったんじゃないかな。
学校の授業にもちゃんとついていけてるし、放課後も夜城と楽しく遊んだり、バイトに行ったりしている。
バイトも、徐々にいろんな仕事を任されるようになり、初めてだから戸惑うこともそりゃあるけど、先輩スタッフたちが丁寧に教えてくれるおかげで、新しい仕事もだんだんと身についていった。
そして、気が付くと、ツクツクホウシが鳴き始めていた。
ツクツクホウシが鳴き始めると、そろそろ夏も終わりだ。
時間が経つのは早いな〜としみじみ思う。
このままいくと、もうクリスマスになんじゃねぇかな……。
そんなことをボーっと考えていると、後ろから背中をつつかれた。
「神田くん、神田くん、先生に当てられてるよ」
「!?」
「神田。135ページの、クレオパトラがカエサルに初めて会うとき、クレオパトラはどうやって見張りの兵の目をくぐり抜けてカエサルに会ったか、答えてみなさい」
あれ、これって、こないだ夜城と予習したような……。
おれは、自信はないけど、予習した内容のことを言ってみた。
「えっと~~~……。クレオパトラが従者に頼んで、絨毯にくるんでもらって……。見張りには従者が、『カエサルさまに献上するための絨毯です』って言って通してもらって……。んで、従者がカエサルの前で絨毯を開くと中からクレオパトラが現れて、それで、カエサルと会うことができた、だと思います」
「そのとおり。ちゃんと勉強しているようだな」
おぉ~~~~~~!!
クラスから意外~!的な声が上がる。
「だがな、神田。授業はちゃんと集中して聞くようにな」
wwwwww
クラスからカッコ悪ぃ~w的な声が上がる。
おれは、ちゃんと答えられた嬉しさ半分、笑われて恥ずかしくなったこと半分で、顔が熱くなった。
◇
放課後、おれは夜城と仙台に遊びに来ている。
おれは世界史の授業のことで、ちゃんと答えられたことを喜んでいいのか、笑われて恥ずかしかったから喜ばないほうがいいのか、もんもんとしながら、夜城といっしょに仙台駅の東口の、エスパルの4階のスタバで抹茶のフラペチーノを飲んでいた。
「世界史の授業、なんか喜べねぇ……」
「ちゃんと正解だったんだから、喜んでいいと思うけどなぁ……」
夜城はマドラーの木サジで、ホワイトモカの上に乗っているクリームを食べながら言う。
今日の世界史は本当にラッキーだった。
夜城と予習をしていなかったら、たぶん、今日の授業もついていけなかっただろう。
これからも、ちゃんと予習をしないとだ。
「つか、これからは進路とか決めなきゃだろ?おれ、特にやりたいことねぇんだけど」
「僕は、だいたいこれかなっていうのはあるかなぁ」
「マジ!?なんなのか聞かせろよ。んっ?んっ?」
おれが詰め寄ると、夜城はちょっとモジモジしながら答えた。
「僕、仙台の大学に通ってみようかなって思ってて……。そして、アルバイトも、今度は神田くんと同じ、スターバックスで働いてみようかなって」
「スタバで!?」
「うん。スタバの飲み物とかケーキとかすごく美味しいし、僕もこういうの作ってみんなに食べてもらいたいなって。実を言うと、僕、料理とかがからきしだめでさ。だから、スタバで働いていたら、ちょっとは上達するかなって。あと、神田くんの働いていた職場って、どういうのかなって興味あるんだ」
「おぉ〜!それなら、おれもちょっとは教えられると思うし、分からないことはなんでも聞いてくれよ!」
「ありがとう。郵便局のアルバイトの契約が今年いっぱいで切れるんだ。来年は受験だからね。受験が終わったら、スタバで面接受けようかなって思ってるんだ」
「お前はもう将来決めてるってのにおれは……」
「そんなに落ち込まないでよ。大学に行って4年の間で進路決めてもいいんだし……」
「大学か~」
おれもそんなことを考える時期なんだな〜と思った。
おれに大学に行ける学力があるかどうかは分からないけど、とりあえず今は高校の授業に専念して、もう少しだけ頑張ってみようと思った。
確かに、進路も大切だけど、今の時間だって大切だよな。
よし、今年もあと3ヶ月で終わりだし、これから寒くなってくるけど、おれはまだまだ熱いぜ!
