シロウサギはただひたすらに森の中を駆けた。
真っ白な毛並みはところどころ擦り傷や切り傷で血がにじんでいる。
不思議の国の彼は人間の国のウサギと違って当然のように二足歩行ができ、その体も人間の平均的な成人男性よりもひとまわり大きい。
そのような見た目の彼の表情は険しい。
(生き延びなければ)
君に伝えなければならないから。
だから絶対にここで死ぬ訳にはいかない────
決意は固く、覚悟も深い。
それでも現実は厳しかった。
彼の後を追うのはトゥイードルダムとトゥイードルディーの双子。
あどけない笑みを顔に貼り付けたまま、片や鍋を、片やフライパンを構え、二人して軽やかに跳びはねながら素早くエモノを追い詰める。
「女王はお怒りだ」
「女王はお前をこの国に不要と仰せだ」
「しからば消そう」
「しからば殺そう」
「「女王陛下の名のもとに!!」」
双子はそれぞれ樹の幹を蹴って、あっという間にシロウサギとの距離を詰めた。
彼はそれに気付き、振り返って相手からの攻撃を受け止めようとする。
────その時だった。
「やめたげなよ」
そんな声が聞こえたと思った瞬間、シロウサギに襲いかかろうとしていた双子がすさまじい音と共に遠くへ吹き飛んだ。
「ッ!?」
シロウサギはその赤い目を大きく見開き、突如自分と双子の間に割って入った乱入者を見つめる。
その者は自分よりもずっと小さな体をしていた。女王と同じ、人型────そして、少女。
彼女は赤い着物をまとっていたが、不思議の国の住人であるシロウサギには見た事もない服装だった。
右手には漆黒の長い棒を携えて、そこにたたずんでいる。
自分が吹き飛ばした双子がすぐには起き上がってこない様子を確認した少女は、くるりとこちらを振り返り、言った。
「うさぎさん、大丈夫?」
つづく