ハンプティ・ダンプティが樹の幹に猛スピードで体当たりし、己の体をバウンドさせてあちらこちらへと跳び回っている。
しかしそれは無秩序に動いている訳ではない。シロウサギを狙っているのだ。
シロウサギにもそれは分かっていて、自分の命を狙う一撃一撃を間一髪で避けながらも、徐々に自分の体力が尽きていくのを感じていた。
(ウサギは女王の力の影響を受けない。それは体力強化の恩恵すらも遮断するという事)
対してハンプティ・ダンプティは女王の力による恩恵を一心に受けている。相手のスタミナ切れは期待できないだろう。
(・・・となれば)
長引けば長引く程こちらが不利。シロウサギは覚悟を決めた。
(いちかばちか────蹴り返す!!)
あちらこちらへ体当たりしては跳ね返り、ピンボールのように超高速で跳び回るハンプティ・ダンプティ。彼が今一度こちらへ向かって跳んで来る。
シロウサギは逃げるのをやめ、彼と同じように樹の幹を蹴ってそのジャンプ力をもって勢いよくハンプティ・ダンプティへ自ら向かって行った。
「やああああああッ!!」
両者がすわ激突するかと思われた時、その寸前で間に葉月が割って入った。
「はいストップ」
刹那、固いもの同士がぶつかり合うすさまじい音が響いた。
「「!?」」
シロウサギとハンプティ・ダンプティの二人はそろって息を呑んだ。彼女が両者の動きを完全に止めてみせたからである。
「ハヅキ・・・貴女、」
「あ、りえない・・・ありえない!!我輩のローリングボンバーアタックが────そんな棒っきれなんぞに!!」
今、葉月は左手でシロウサギが今まさにハンプティ・ダンプティに向かって繰り出そうとしていた蹴り足を掴み、右手では漆黒の棒を地に突き刺してハンプティ・ダンプティの進行を防いでいた。
漆黒の棒は元々1.5メートル程度の長さであったはずだが、それが今は3メートル程にまで伸びていた。それによって2メートル程の大きさのハンプティ・ダンプティの動きを抑えている。
「ぐ・・ッ、ぬうううう・・・ッ!!」
ハンプティ・ダンプティは進行の動きこそ止められたものの、彼自身を軸とした高速回転は止まっていない。こうしている今も、葉月が掴んでいる漆黒の棒に何度もこすれて摩擦音が響き続けている。
────それなのにその棒はびくともしなかった。
「うううう・・・うああああああ!!!!」
ここに来て彼の心に初めて恐怖が宿った。女王の力によって国の民にすべからく与えられる心の安寧が、壊れた。
「ああああああああ!!!!」
それはもはや悲鳴だった。得体の知れないモノとの対峙は、彼にはもはや耐え難いものだった。
けれど、どれだけ叫んでも、どれだけ全力で抗っても、その棒は壊れない。傷一つ付けられない。
葉月は言った。
「わたしはこの棒を風見(かざみ)と名付けた。でも本当の名前はね、如意棒っていうんだ」
『コピー?別にいいけど。────できるもんならな』
葉月はそのぶっきらぼうな声を思い出してくすりと笑った。
「おさるさんに感謝しなきゃね」
そうして大地に突き刺していた棒────風見を片手で抜いて大きく振りかぶる。
その時には既にハンプティ・ダンプティは力尽きて身動きが取れずにいた。
為す術なく目の前の少女の動きを見つめている。
「あ・・ああ・・・陛下・・・・」
「飛んでけーーーーーーーーーーーっ!!」
少女はそのまま風見でハンプティ・ダンプティを勢いよく空に向かって打ち上げた。
彼の心情に反して爽やかな音が鳴り響き、彼は空高く、遠く遠くへ飛んでいく。
小さくなって、小さくなって・・・やがて卵は見えなくなった。
つづく