あまりにも静かに勝負は決していた。
聖堂の床に崩れ落ちた少女に対して駆け寄った悠華はとりあえず息があるのを確認して一息つく。
それにしても彼女たちの異能は人間の精神的土台に干渉し支配する類のモノ…これ以上相手にするのはリスクが大きすぎるな。
しかし彼女たちはあくまでも現場の不都合対処要員であり意思決定は上役の仕事の筈。
だとすれば雇い主の橘家の人間と話をつけたいが、現状暗部の人間を差し向けてくる相手に対話の可能性はあるまい。
ではどうするか…?
いつまでも答えの出ない問いがぐるぐると回る意識を制御できないまま悩んでいた悠華に真が突然のアイコンタクトを飛ばしてきた。
”どうやらお待ちのお客さんがまだいらっしゃったようだよ?”
その意図がうまく汲み取れない悠華に対して真は視線で聖堂の入り口を示す。
閉め切られていたはずの聖堂の扉がいつの間にか開け放たれていて、そこにはひとりの人影が確かに存在している。
人影は悠華と真が自分を認識したことを確認すると聖堂の中へ入ってきた。
かなり筋肉質で大柄な男性…いかにも修羅場をくぐってきたような血の匂いが感じられる。
その印象とは真逆な端正な顔立ちに黄金色と蒼色のオッドアイは見る者の心を惹き付けてくる。
そして肩までの滑らかな艶のシルバーブロンドは彼に気品を備えさせていてその高貴な生まれを想像させていた。
聖堂の中へ歩み寄ってくる彼に対して悠華は警戒し、一応の警告をしておくことにする。
「これ以上近づくのは遠慮していただけますか?そして何故貴方が示し合わせたようにここにいるのでしょう…納得いく説明をしてもらえないのなら速やかにこの場から立ち去ってください。私はこの場でいかなる交渉にも応じることはありません。その意味がわかってもらえますね?ロード・ジャックローズ。」
悠華の不躾なその言葉を聞いて彼は口角を歪め、親しげな笑顔を向けてくる。
その様子は自分が飼っている愛玩動物に向けるような眼差しだ。
そして一呼吸おいてその愛おしさを存分に嚙み締めた彼は改めて挨拶を始める。
「麗しき藤御堂のご息女に覚えていただいているとは光栄の至りですね。私は貴女方がこの度の試練を乗り越えられるとは到底思っていなかったのですよ。なのでせめてもの微力を尽くそうと思っていたのですが要らぬ心配だったようですね?」
彼は白々しい態度をあえて誇張しこちらの様子を伺っているように見えた。
それでいて真意の居場所は微塵も触れさせない。
その明らかに侮っている様子は悠華の感情を波立たせるのに充分なものであった。
悠華は自分の中の荒ぶる不快感を必死に抑えながらも務めて冷静を装い、この場を立ち去ることにする。
「貴方が何を目論んでいるか、何を仕掛けているかはこの際言及も興味を持つこともしません。貴方は貴方の領地に戻っていつも通り安らかな夢を見続けているといいでしょう…行きましょう真。これ以上は時間の無駄だわ。」
言葉を告げ終えると悠華は少女を背負い、聖堂を後にすることにする。
少女からはまだ聞くべきことも山ほどあるしここに意識の無いまま置いておくこともできない。
そもそも彼のような古参の不死者と積極的に関わることは自分の面倒ごとを爆発的に増やす要因でしかない。
あちらが敵意を持っていないのなら波風を立てずにやり過ごすのが上策だろう。
圧倒的格上の彼と荒事を構えるメリットも皆無…ここは見逃してもらいたい。
悠華は真にその旨をアイコンタクトで伝達してこの場を去ることにする。
その様子を呆れた様子で見ていた彼はすれ違いざまにほんの一言呟いた。
「これからの貴女がたの安全保障に私が一枚噛む予定があると言ったらどうします?」
その言葉が意味するところを察した悠華は思わず彼の相貌に視線を突き刺した。
真は悠華のこれからの運命の行き先が握られている事を察して苦い思いを噛みしめる。
脚本家のスポンサーの意図通りのシナリオがすでに実装されている事を自覚し、現実は自分たちだけのものでは無いことをふたりが実感させられた日の出来事であった。
