ぼくはリーリー。パンダだよ。パンダといっても、ぬいぐるみだけど。ぼくの住まいは、みよちゃんのベッドの上。いつもみよちゃんと一緒に眠っている。
ぼくとみよちゃんの出会いは昨年の夏。
上野動物公園の売店だった。そこにはたくさんのパンダのぬいぐるみがいたけれど、みよちゃんはぼくを選んでくれた。
みよちゃんの住まいは東北地方にある宮城県。パパとママに連れてきてもらったんだって。
まだ5歳だというみよちゃんは、ぼくをぎゅっと抱きしめて、パンダを観に行った。
ぼくはパンダとはいえ、ぬいぐるみで、動物園の中を自由気ままに動けるわけじゃない。
だから、本物のパンダを観るのは初めてだった。うれしかった。
宮城県には八木山動物園があるらしいけれど、パンダはいないらしい。「レッサーパンダはいるけどね」とパンダ舎に並ぶ道中、みよちゃんはぼくに耳打ちしてくれた。
ぼくとしてはレッサーパンダも観たことがない。売店の中にある別の棚にレッサーパンダのぬいぐるみたちはいたけれど、やっぱり動いている動物を観てみたいなあと常日頃思っていた。
ゾウカバキリンライオン…でも、特に観たいのはやっぱりパンダ。ぼくと似た姿をしている生き物を観たい。
東京の夏は日差しがきつくて暑い。ダラダラ汗を流しながら、みよちゃんはみよちゃんのママから水の入ったペットボトルをもらって、片手でぼくを抱えながら水を飲んでいた。頭には白いキャップ。熱中症が大変だと、売店のお姉さんやお兄さんも言っていたから、対策はしないといけないのだろう。人間は大変だなあとぼくは思った。
ペットボトルをママに返してから、みよちゃんは改めて両腕でぼくを抱きしめた。「パンダさん、楽しみだね」
ぼくはこうやって誰かに抱きしめてもらうことも、一緒にパンダを観に行くことも本当にうれしくて幸せな気持ちになった。
だって、ずっとずっと誰かがぼくを迎えに来て、売店から連れ出してくれる日を夢に見ていたのだから。それが今日、叶った。
そしてもう一つの夢も叶おうとしている。
生きて動いている、パンダを観ることができるのだ。こんなに幸せな日はそうそうない。
みよちゃんは、しきりにぼくに話しかけながら歩いた。そのうちに列はどんどん進んでいく。待ち時間もみよちゃんの話を聞くのが楽しくて、ぼくはちっともたいくつしなかった。
八木山動物園ではベーブルースの像があるらしい。ベーブルースってなんだろう?ぼくは八木山動物園にも行きたいなと思った。
ぼくのいた売店のぬいぐるみたちは、どんな人が自分を迎えに来るかとか、動物園にいる動物についての話ばかりをしていた。高級なチーターのぬいぐるみは「上野動物公園にチーターはいる!」と言い切っていたけれど、本当かな?とにかくベーブルースという動物は聞いたこともないし、ぬいぐるみでもいないから謎だ。
そんなこんなでパンダが観れるまであと少しというところで、話は色々進み、ぼくの名前はリーリーということまで決めてしまった。
パンダは暑いらしく、外の展示ではなくて屋内にいた。透明なガラスを通して屋内が見える仕組みになっている。係の人が2人ほどでお客さんを誘導し、決められた人数だけをパンダが観れるエリアに引き入れ、一定の時間が経ったらみんなはパンダから引き離される。そして次の人たちが観覧のために中に入るという感じ。
結構待ったように思ったけど、あっという間にそれは来た。みよちゃんとぼくとパパとママはガラスのケース越しにパンダのレイレイと対面した。
レイレイはお客さんの方を向いて、堂々と座りながら、笹を食べていた。予想よりも大きくて、みよちゃんはびっくりしていた。パパとママは、興奮した様子でスマートフォンで何度かレイレイを撮影していた。
ぼくは「これがパンダ…」とみよちゃんの腕の中からまじまじと見つめた。
生きて動いている、大きなパンダ。まるまるとしているし、ぼくとよく似ている。パンダも心なしか、ぼくのことを見つめているように思えた。
ぼくはずっとずっとこの光景を忘れない。
観覧の時間は、1分ほどだった。だけど、ぼくにはその時間が永遠のように感じられた。みよちゃんとぼくと本物のパンダ。この瞬間、ぼくたち3人はガラス越しだけど同じ空間にいたわけで。
動物園から出た後、みよちゃんは「また一緒に観に来ようね」とぼくに約束してくれた。
それなのに、パンダは上野動物公園からいなくなった。テレビのニュースでその話が出たとき、みよちゃんはショックを受けた。すぐに自分の部屋にまで来て、テディベアと世間話をしていたぼくを抱きしめて泣いたのだった。
みよちゃんからパンダがいなくなったと聞いたとき、ぼくも泣きたかった。ぬいぐるみじゃなければ、たぶん泣けたのにな。
「また来てくれるよね」とみよちゃんは寝る前にぼくを抱っこしながらそう言った。
「絶対に、来るよ」とぼくは言った。多分、人間には聞こえないだろうけど、ぼくは言った。「絶対に来るよ。だって約束したじゃないか。みよちゃんとぼくはまた観に来ようって約束したんだから」
みよちゃんを慰めるために、気休めで言ったわけじゃない。もちろん、みよちゃんを慰めたかったのは本当だけど、信じていたからそう言った。
あの暑い夏の日。笹を食べていた、まるまるとしたあの子。
また会える日は来る。
きっと。きっと。絶対に。
終わり
