ここは、あらゆる世界のあらゆるお話が本として集められ保管されている古びた建物。人間はもちろん、動物、精霊、幻想的な存在の話など、本当に様々な本がある。しかし殆ど誰も訪れない。そんな場所を誰かがこう呼んだ。
【不思議図書館】と。
数を数えたくなくなる程ある本棚は天井が見えない程高く、本が隙間なく収められている。それを見上げる一人の青年。黒いマントを羽織り、片手に読みかけの本を持っていた。
彼は「むつぎ」という、この図書館のただ1人の管理人で司書。
むつぎは読書スペースとして置いたテーブルに紅茶を用意し、読みかけの本に金色の栞を挟んで積まれた本の上に置いて紅茶を飲み始めた。
…世界は無限だ。ひとつの世界から時間が枝分かれして、更に世界が生まれては消えていく。そんな過程で作られた本達には、様々な話、そこに込められた想いがある。むつぎにはそれをただ読み、管理することしか出来ない。本をここからどうしてやることも出来ないのだ・・・が。
いつ頃からだっただろう、この図書館を訪れて毎日通うようにまでなった唯一の常連の少女が現れた。
少女は、長く黒い髪に白い大きなリボンが印象的で、いつも紫のワンピースに白のエプロン風のスカートを着ている。夜空の様に黒い瞳を持ち、だいたい15歳くらいだが身長は小さい。
名前は「みる」。みるには不思議な力があった。
「本の中に入ることができる」という力。そして本の中に入り、時にそのまま本を読む様に結末を見守り、時には話を本の中の者達と体験していく。
そうして本に宿る「想い」を「観る」のが、みるの力の本質だった。
みるはあくまでも観るだけであり、話の主人公にはなれないし、余程のことでないと結末を変えることもできない。物語でも伝記でも歴史書でもそれは同じ。だが、その後に本の想いや現実の出来事は変わるかも知れない。そこはみるに任せているが、かなりお節介な性格なので結局は良い方向に変わっている。みるのおかげで、むつぎは仕事がだいぶ楽になった。みるが手伝っているというわけではないし、みるはみるで目的があるらしいが、詮索はしない約束をして図書館の使用を許可している。それでむつぎは良いと思う。
「さて、今日はどんな本にしようかな?」
むつぎは、みるに勧めたい本を用意してまた紅茶を飲む。そのうちぱたぱたと足音を立てながらやって来て、古い扉を開ける音がする。
「こんにちは〜!・・・って、違う!むつぎ!」
「やあ、いらっしゃい。みるちゃん。今日もお勧めの本が見つかったよ。」
「何がお勧めよ!こっちはヒーヒー言いながら届けてあげたのに!どこの世界に学校の歴史を残した冊子を勧めるヤツがいるのよ、この悪魔!」
「じゃあ無事卒業生に行き届いたんだね。よかったよかった。」
「設立から何人卒業してると思ってんの!!無茶苦茶すぎるわ!!」
「でも、届けてあげたんでしょう?」
「届けましたとも。あんな「想い」を込められたら届けない訳にはいかないでしょう。」
「うん、流石みるちゃん。ありがとう。それで次なんだけど…」
「人の話を聞けー!!」
本…冊子に込められた想い、何らかの理由で無くなった学校そのものの想い。
卒業生…大人になった生徒、年を取った生徒、あるいは生の世界を離れた生徒、皆にみるがしっかりと届けたようだ。ちなみにどうやって届けたか、どんな形でか、むつぎも知らない。理由があれば複製を許しているが、元々持っている人には目につく場所に移動させてあげたりしたのかも知れない。何にせよ…本が喜んでいると、むつぎにはわかる。みるのおかげだ。
こうして今日も少女は本を「観る」。それを司書の青年は見守っている。
「今日の本は、どんな本でしょうか?」
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