ここは、あらゆる本が置いてある不思議図書館。本の中に入り、宿る想いを観る力を持つ少女「みる」は今日も本を手にする。
ー今日の本は、どんな本でしょうか?ー
「こんにちわ~。」
「やあ、いらっしゃい。みるちゃん。」
みるを迎えたのは黒いマントを羽織った青年、むつぎ。この図書館の司書だ。
「今日はどんな本にする?」
「ん〜・・・まだ考え中。」
「じゃあ、コレはどうだい?」
むつぎは傍のテーブルに置いてあった本をみるに差し出してくる。みるは少し考えてから、むつぎから本を受け取った。
「また厄介事だったら承知しないからね?」
そう言ってみるが本を開くと、その姿が徐々に消えていき、後にはむつぎが渡した本だけが不思議な光を放ちながら、ふわふわと浮かんでいるだけになった。
「厄介事とは失礼な。」
むつぎは読みかけの本に金色の栞を挟んでテーブルに置く。そしてふわふわと宙に浮かぶ本を見て肘をつき、呟いた。
「ただの…「白紙」なだけだって。」
みるが「何も書かれていない本」…つまり白紙の本に入るとどうなるのか?
当然ながら、本の中のみるの目の前は全面真っ白で何もない空間が広がっているだけ。
「やっぱり厄介事じゃん!むつぎの嘘つき!悪魔!」
本を渡した張本人を恨みながら、みるは何もない空間を歩いた。
「おーい、いるなら出てこーい。」
てくてく歩きながら、みるが大声で呼びかけると、ぼんやり人の形をした光が現れる。
「キミは誰?どうして俺がわかるの?」
「私は、みる。本に入って、宿っている想いを観られるの。なぜこの本は真っ白なの?」
「・・・・・。」
しかし、みるの問いに光は答えない。
「自分で言わないなら勝手に観ちゃうよ?」
「わ、わかった、言うよ。…実はこの日記帳、母さんの誕生日にプレゼントしようと思っていたんだけど、包装してもらって帰ろうとした時に…俺は…事故で…。」
「それで、事故の衝撃でどっかに吹っ飛んでそのまま拾われずに、流れ流れて図書館の本の中に紛れた…と。」
よくあるパターンだ、とみるは思いながらうんうん頷いて聞いている。
「じゃあ包装しなおして、貴方のお母さんに届ければいいのね。おっけー。」
「はあ!?おっけーって…俺にはもう何年前かもわからないのに…」
「そんなの貴方と話した時から、場所も時間もお母さんの顔もわかるよ。想いがとーってもダダ漏れしてたし。…あ、メッセージとか伝えたいこととか、ある?」
「え、えーと…」
「わかった、そう書いておくねっ。」
「まだ何も言ってないだろ!!」
「だから、想いがダダ漏れなんだって。じゃあねー。」
そう言って、みるは光がアレコレ言うのを無視して本から出ていった。
ーとある場所の、とある家にあるリビング。
その日は女性の誕生日で、本当ならばまだ中学生の一人息子とケーキを食べ、単身赴任の旦那とリモートで会話をしながら、ささやかな時間を過ごしていた筈だった。毎年息子は母の為になるものをとサプライズプレゼントを用意していた。しかしそれも一昨年までの話。息子は昨年、事故で亡くした。寂しい誕生日。
コトン。
不意に玄関から音がして女性が行ってみると、綺麗にラッピングされた本が立てかけられていた。いつも息子がサプライズプレゼントをする時に必ず使うものと同じリボンがついている。リボンを丁寧に外せば日記帳であるとわかった。新品の何も書かれていない真っ白な日記帳。ふと裏表紙を見ると、メッセージカードが付いていた。いつも息子がプレゼントに付けていたものと全く同じカード。
[母さん、誕生日おめでとう。ありがとう。大好きだよ。]
息子の書いた文字に間違いなかった。
それから女性はその日記帳に毎日の出来事を息子に向けて書くようになり、真っ白だった日記帳には想いがこもった文字がいっぱいになった。あの光の男の子はもう本にはいない。みるが観た悲しい気持ちも、もう残っていない。
みるが本を出た後、真っ白だった本は思い出がたくさん書かれた日記帳に変化していた。
…裏表紙には、古ぼけたメッセージカードと男の子と女性と男性が写った写真が貼られている。
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