ここは、あらゆる本が置いてある不思議図書館。本の中に入り、宿る想いを観る力を持つ少女「みる」は今日も本を手にする。
ー今日の本は、どんな本でしょうか?ー
「ねえ、みるちゃん。脱出ゲームって知ってる?」
図書館司書のむつぎが、本を選んでいるみるに問いかけた。
「知ってるよ。謎解きをして脱出したらクリアになるゲームでしょ?私は謎解き苦手だし、リアルでやってるイベントとかにも行かないけど。」
「じゃあコレが初体験かー、いいね!」
そう言ってむつぎが差し出した本には、まさに脱出ゲームの文字がタイトルに入っている。
「うわあ…今謎解き苦手って言ったのに。」
「謎を解くのはみるちゃんじゃなくて、本の登場人物でしょう?」
「そうだけどさ…」
「それにコレは謎なんて有って無いようなものだよ。」
嫌そうなみるにニッコリ笑って本を受け取るよう促すむつぎ。その目が笑っていない事など、みるはウンザリするほど理解していた。だからしぶしぶ本を受け取ったみるは、いつもの様に本の中に入っていく。
そこは暗い部屋だった。パソコンのモニター画面の光と周辺機器の光だけが唯一の明かり。モニターは大きな机に複数置いてあり、その前には男性がイスに座って画面に向かっていた。床には食事で出たゴミらしきものを集めた袋が並んでいる。
「そこの人ー、こんにちはー、はろー?」
みるが男性の肩をちょんちょんつつくと、男性はびくりとして振り返り、みるの姿を見て驚いた。
「うわっ!何だアンタ、一体どっから入ったんだ!?」
「そこのドア。そういう貴方はここから出ないの?」
「・・・出ないよ。」
「ん?タイトルと違うじゃない。出ようよー。」
「出ない!!…俺…いや、僕の居場所はここだ。頼めば必要なものは宅配されるし、仲間もここにいる。僕はここで幸せなんだ!」
見ればモニターには3人の男性とのチャットでのやりとりや、ビデオ通話の履歴が表示されている。大手の通販サイトやネット出前のURLもお気に入りに入っていた。周辺機器を見る限り、どうやら全てネットで生計を立てているらしい。
「…どこが脱出ゲームの本なの?」
みるはそう呟いて首を捻るが、とりあえず目の前の男性の行動を見守ることにした。
「あ、私はみる。貴方の名前は?」
「・・・クレヨン。」
一切外に出ない男性・クレヨンを見守る、みる。クレヨンはほとんどの時間、仲間3人とゲームをして動画を編集し、動画サイトに上げることを繰り返し、ついでに他の事をする…といった生活を毎日毎日過ごした。どうやらクレヨンにはそれなりの数のファンがいるらしい。動画も上がればすぐ新着ランキング上位になる程。
「今日もいっぱい撮ったな!」
『今度はどんな感じにしますか?』
『また俺は面白そうなゲームを漁ってくるよ。』
数週間後も相変わらず、クレヨンと仲間達は動画を撮っていた。しかしその日の最後の話し合いは少し違う雰囲気になる。
『悪い!オレ今度の撮影は休ませてもらうわ。』
「なんだよ〜、お前が居ないとツッコミ役がいなくなるのに。」
『ホントごめん!』
その日以降、動画の撮影は3人になり、その仲間とは連絡さえつかなくなった。
そこからクレヨンの「日常」には徐々に変化が表れる。
『ゴメンな、今度のは外せない用があるんだ。』『すみませんクレヨンさん、ボクも…。』
やがて日を重ねていく度に、3人から2人、そして2人から1人になった。
「何でだ・・・!」
クレヨンは重ねていた動画の企画書やCDーROMの箱を机からガシャンと叩き落とした。
「何で…何で俺からみんな離れて行っちゃうんだ!どうして!何で何の連絡も付かない!?俺は…俺は…」
苦悩して頭を抱えるクレヨンに、みるは一言。
「じゃあ会いに行って、確かめてみたら?」
その言葉にハッとするクレヨン。振り返るとたった1つのドアが目に入る。
「出るのが怖い?…気持ちは何となくわかるけど。」
「怖い。…でも、このままアイツらともう二度と会えない、遊べない方が…ずっと怖い。」
クレヨンは立ち上がり、ドアノブを掴んで言った。
「俺の「日常」は、アイツらとの…仲間との日々なんだ!この部屋にはもう無い!」
バンッ!とクレヨンがドアを開けた瞬間、眩い光が入り込み全てを照らす。
そのまぶしさにクレヨンが目をつぶり、また開くと…
そこは、ベッドの上だった。
「クレヨン!!」「クレヨンさん!!」「クレヨンー!!」
見慣れた仲間達の涙でぐしょぐしょの顔が見える。それから点滴やら何やらの医療機器も。
「クレヨンが交通事故でずーっと意識不明で…俺達ずっと…待ってたんだ…!」
「よかったクレヨンさぁぁぁん!!クレヨンさんがいなくなったらボク…ボク…」
「みんな心配していたんだぞ!バカヤロー!」
クレヨンは思い出した。そう、自分は撮影前の買出しで事故にあい、このまま仲間達と会えなくなるという「非日常」に恐怖し、自分の中だけで事故なんかあっていない日常を作り、ずっとそこにいたのだ。でもその日常には仲間達はいない。仲間達がいない日常こそ彼の本当の「非日常」だと気づけたから、あの部屋を脱出できた。
「お前ら…ごめん、ごめんな。心配してくれて、ありがとう。…退院したらメシでも行こうぜ。」
「もちろん!クレヨンのおごりでな!」
「そこは退院祝いで俺におごってくれるんじゃないのかよ!」
病室には4人の楽しそうな笑い声が響いており、後で看護師さんに怒られていたのは…言うまでもあるまい。
「仲間達…か。」
みるは少し寂しげな表情をして、本を出ていった。
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