ここは、あらゆる本が置いてある不思議図書館。
本の中に入り、宿る想いを観る力を持つ少女「みる」は今日も本を手にする。
ー今日の本は、どんな本でしょうか?ー
その本にはタイトルが書いておらず、興味本位でみるは本に入った。
最初に目に入って来た光景は、無残に壊れた町。無事な建物は1軒も無く、所々からまだ火の手が上がっている。少し町を歩けば、そこら中に魔物と人間の亡骸が転がっていた。
この本の内容はファンタジーか、あるいは戦記ものか、みるがそう考えて歩いていると、町の出入口から人間の男性がこちらに向かって来て声をかける。
「まだこの町に人間がいたのか。逃げ遅れかな?お嬢さん。」
「えっと…私は旅の者で、みるといいます。良ければここで何があったか教えて下さい。」
「旅人か。…いいとも、歩きながら話そう。私はルングル・ニール。ルングルと呼んでくれ。」
町から出たルングルとみるは、隣町へ向かう為に歩き、その道中でみるはルングルからここで起きた事を聞いた。
今この世界では、魔物を率いる魔王が属する魔王軍と、人間から選ばれた勇者が筆頭の勇者軍があちこちで戦争を繰り返しているらしい。互いの軍の強さはほぼ同じ。どちらも同じくらいの死者が出ている。老若男女問わず犠牲者は絶えず、戦いの舞台となった町は1つも跡形を残していないらしい。
「私は敵の偵察役をしていて、丁度敵の本隊が休息を取っている隣町に行きたかったんだ。」
「そうだったんですか…。」
みるにはそう言うしか無かった。本の内容や結末は余程の事が無いと変えられないので、死者や犠牲者はどうすることもできない。
やがて、まだ辛うじて町の形がある場所が見えてきた。そこは人間が多く生活しており、襲撃を受けたらしい痕跡はあるものの、町としては機能しているようだ。ルングルとみるが町に入ると、戦闘したらしい兵士が近寄ってくる。
「ルングルさん!お疲れ様です。」
「戦況はどうだね?」
「はい。…概ね順調です。」
「うむ、引き続きよろしく頼むよ。」
兵士がルングルに敬礼し去って行くと、ルングルはみるを振り返って言った。
「町に着いたけど、行くところが無いならちょっと来ないか?」
「あ…はい。」
みるはルングルの誘いを受けて着いて行く。厳重に警備が配置してあるそこは、地下室への入口だった。階段を降りた先には鉄の扉があり、ルングルが鍵を開けると、中は書斎になっていた。
「なぜこんな地下に書斎が?」
ルングルは書斎のイスに座り、不敵な笑みを浮かべて言う。
「キミはこの町をどう思った?」
「…うーんと…さっきの町よりは活気もあるし、良い町じゃないかと。」
「そうか、良い町か。…ここがかつて魔物の町で、勇者の軍が魔物達を1匹残らず滅ぼして作られた、人間達の町だとしても…かな?」
「・・・・・え?」
みるはそう言って固まるが、ルングルは話を止めない。
「ちなみに先程の町も元は魔物の町だ。奇襲されて滅ぼされたここと違い、戦場になってあんなことになったが。」
「あの町も・・・?」
「更に言えば、私は魔王軍と取引して【勇者軍の偵察】をしている。ここの警備も先程の兵士も私の仲間のスパイだ。」
「えっ・・・な・・・ど・・して・・・!? だって貴方は人間で・・・」
「人間だとも。」
「じゃあ何で人間の敵に協力を…」
「私の友人達は、勇者軍に殺された。魔物殲滅に反対し、和平交渉を勇者軍に申請した為に。」
「そ・・・んな・・・」
「人間だから全ての人間が勇者軍を全面的に支持しているか、と言うとそうではない。勇者軍の攻撃に巻き込まれて亡くなった人間の遺族等な。…また逆も然り。勇者軍に協力している魔物もいる。理由はほぼ我々人間と変わらん。」
「じゃあ、互いの強さがほぼ同じって…」
「どちらにもスパイがいるのでは、どんな作戦も筒抜けで無意味だろう?」
「それだといつまでも戦争が終わらないじゃないですか!」
「ふむ、キミはこの状態がずっと続くと思っているのか?」
「は・・・?」
「そんな戦争は有り得ない。だいぶ前から両軍の降伏或いは壊滅を目的とした、第3勢力としての軍を私が指揮して準備している。間もなく作戦は開始となり、スパイ達が奇襲を仕掛けるだろう。無論、そこには魔物も多数所属している。この書斎は両軍と自軍の詳細な資料だ。個から家族、一族の特性など細かく調べた。」
「じ、自軍もですか?どうして仲間なのにそんなことを!?」
「今我々がしていることが自軍でも起こらないと、キミは何故言い切れるのだね?」
「っ・・・!」
「裏切り者は即始末しなければならない。」
「でも!貴方は友人達を殺されたって…それって勇者軍がした事と同じじゃないんですか!?」
「だから個から一族までの情報を掴んでいるのだ。裏切者が裏切れないように。」
「まさか・・・人質!?」
「戦争ならば当たり前のことだよ。」
話していると震えが止まらない、みる。顔色も体調も悪くなってきている気がして、ここを離れて本から出ようと思い振り返った…が、逃げ出すのを読んでいたであろうルングルの手の者達が、すでに書斎の扉を包囲していた。
「どうする?異国の娘。」
やはりルングルは、みるをただの旅人とは思っていなかったらしい。ククク…と薄ら笑いを浮かべる様は、どんな魔王より魔王らしかった。
「…この事は既に他の誰かが知っているでしょう。では、私は失礼します。」
みるはそう言ってお辞儀をすると、ルングルが見ているのにも構わず本を出ていく。
「やはり「そういう」者だったか。」
ルングルは、みるの突然の消失に全く動揺せずに、椅子に深く座り直して呟いた。
「私には勇者も魔王も、どちらも魔王に見える。或いは私も魔王かも知れない。キミはどう思ったかな。」
それが書かれた当初、その本は[勇者と魔王]というタイトルだったが、秘匿されるべきと禁書指定になりタイトルが消された。結局その本の結末、戦争の行方は書かれていない。最後のページには「いずれ私も勇者と呼ばれる誰かに魔王として殺され、そしてまた勇者は魔王として、別の勇者に殺されるだろう。 ルングル・ニール」と記してあった。
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