…それから7日後、とうとうパーティーの日がやってきました。
村を出てからずっとボロボロの服だったイリゼも、今日だけはまともな服を用意されて、着替えます。しかし、その表情は暗いものでした。
王族や貴族の人々がホールに集まり、パーティーが始まります。明るいホール、沢山のご馳走、立派な楽団、華やかなドレスを着た貴婦人や子息に令嬢、そして王様と王妃様達王族の方々。これがお土産話になるなら、イリゼはどんなに幸せだったでしょう。
パーティーも中盤に差し掛かった頃、第1王子がホールの舞台に立って、声高らかに言いました。
「お集まりの皆さま!これより私の次期王としての素質、そして王子の成果をお披露目します!…あの辺境にしか咲かない、結晶花をお見せします!」
ザワザワとホール内は騒ぎ出します。本物の結晶花を見た貴族は、今まで誰もいないからです。使いを出しても、商人に頼んでも、結晶の状態の花は貴族の目に入る前に、ただの花になるからでした。
「結晶花を持て!」
王子の合図で、イリゼは結晶花の鉢を手に舞台へ上がります。確かに鉢の結晶花は、透明な花びらではなく、キラキラと輝く宝石のような花びらを保っていました。
「あれが本物の結晶花…!」
「美しいですわ。ぜひともワタクシの髪飾りにしたい…!」
「いやいや、我が宝石店で最高の加工を…!」
なぜこの人達は、このまま鑑賞すると言わないのか…イリゼは頭が痛くなります。そしてこれから更にイリゼは、酷なことを告げなければなりません。
「王子様、そして皆様、残念ながら…これは結晶花の本当の姿ではありません。」
ホールのざわつきが、イリゼの一言でピタリと止まります。
「は?何を言っているのだ、ちゃんと結晶のままではないか!まさか結晶花を独り占めする気か?卑しい平民の癖にっ!」
「いいえ、よくご覧ください、王子様。この花びらは結晶に見えますが…ガラスです。」
「「ガラス!?」」
「はい、私の世話でただの透明な花にはなりませんでしたが、数日のうちに結晶がガラスに変化しました。」
「流石にガラスは髪飾りにしたくはありませんわ。」
「というか、結晶とガラスの区別もつかないのか、王子は。」
「あらやだ、婚約は考えないとですわね。」
クスクスと王子を嘲笑う声が漏れ聞こえる中、王子は顔を真っ赤にして全身を震わせ、イリゼの持つ鉢を叩き落そうとしました。
バシンッ!!
王子の手は鉢ではなく、鉢をかばったイリゼの頬を叩いたのです。唇を少し切ったのか血が出て頬が赤く腫れるイリゼですが、鉢を手放しはしませんでした。
「…貴方達は、本当に…この花の結晶になった部分しか認めませんね。村ではこの花が結晶になろうが、透明な花びらの花になろうが、関係なくみんなで咲いたことを喜び、愛でました。もちろんガラスでも、きっと村のみんなはキレイだと言うでしょう。私もそう思うからこそ今お見せしました。…結晶しか認めない、だから花は結晶の姿を皆様に見せないのではありませんか?」
「この…平民の分際で生意気な口を!!」
剣を抜く王子を筆頭に、衛兵が動き、貴族の男達も自前の武器を持ってイリゼに近寄ります。…その時。
「「イリゼさーん!!」」
ホールの大きな扉をぶち破り、辺境の村のみんなが乗り込んで来たのです。
漆黒の馬、銀色の豹、巨大な角を持つ鹿…村のみんなが連れていたのは、どれも個々で飼っている動物達でしたが…
「なんで魔獣が人間に従っているんだ!?」「こ、こわい…」
村の外では、その動物達は魔獣として恐れられている生物で、衛兵も武器を持った男達も震えていました。
「うちのシュバルツを魔獣呼ばわりすんな!」「アルジャンはいい子だよ…!」「ナッピーを馬鹿にしないで!」「みんな、かかれー!!」
怒号と共に一斉に襲い掛かる動物達と村人に、王子を含むホールにいた貴族達は逃げ惑うしかありません。
「イリゼさん!今、治療魔法をかけますね!」
「結界を張りますから、任せてください!」
襲撃に参加できない女性達も、自分の得意な方法でイリゼを無事に救出しました。
「お前たちは何なのだ…!?本当にただの村人か…!?」
王子が腰を抜かして隅で震えていると、そこに村の管理人を名乗った者が現れ言います。
「おや?王子様、あの時自分で言いましたよね?流石は外れ者の村だ…と。確かにうちの村には外れ者ばかりです。…どういう意味での外れ者かは、もうおわかりですね?」
村人達は、最強の騎士と呼ばれていたり、巫女や聖女だったり、魔獣使いだったり、祈とう師だったり、様々な場所でその力を振るい、力を持たない人々に迫害されて、辺境の村にすみ着いた者だったのです。
「目の前の外れ者を認められないような者に、結晶花は本当の姿を見せませんよ。ああ、ここの賠償はそちらで何とかしてくださいね?こちらは誘拐と婦女暴行罪で他国に話を持ち掛けても良いのですが…被害者のイリゼさんに任せますので。」
そう言って村の管理人はいつの間にか姿を消し、イリゼと結晶花も村人達に助けられて、無事に辺境の村に帰りました。
…後日、イリゼは村のみんなと話し合い、王子を含む王族に手紙を送りました。
手紙の入った封筒には、一緒に結晶花の種が大切に包まれて入っています。
【これはあの時のガラスの結晶花から取れた種です。もしその城で結晶が咲いた時、私はあの事を許します。それまではしっかり反省してください。心からの反省の涙でしたら、もしかすると結晶が咲くかも知れませんね。】
以降、王族と貴族は辺境の村への干渉を他国から咎められ、結晶が咲くまで何代も不遇な対応をされ続けたとか…。
そして、辺境の村では今日も、他所から来た者を村人達が暖かく迎え入れます。
美しく輝く、結晶花と共に。
おわり。