「こ…こんにちはー…」
「誰だお前は…」
イザベルはどうにかして少年に睨みつけるのを止めてもらおうと声をかけてみるが、少年の態度は変わらなかった。
(…あー…どうしよう…名前聞いてみようかな…)
「ね…ねぇ…君の名前って…」
「お前から名乗れよ」
「…。」
名前を尋ねたイザベルだったが、少年の態度はどんどん悪くなっていき、彼女は何も言えなくなる。
彼女自身名前を名乗るのは特に問題はないが、ああいった態度を取られてしまうと気持ちがいいものではない。
「イ…イザベル…」
「イザベルの後はなんだよ」
(あーその先も言わなきゃいけないのかー…)
「イザベル…。えーっと…。あっ!そう!ミュルデルス!私イザベル・ミュルデルスって言うの!」
イザベルは苗字をその辺に転がっていた本の著者の名前から取り、彼にそう名乗った。
だが、少年はイザベルの態度に少し疑問を感じた。
「自分の苗字なんて普通忘れないだろ…?」
「あっ…!それは…!…そう!私バカなんだよ!バカだから普段呼ばれないと忘れちゃうんだ!」
「…ふーん…そう…」
イザベルは苗字の事を何とか誤魔化し、乗り切ることは出来たが、逆に疑われた感覚の方が強かった。
そして、これからは彼の前では「バカ」で生きていかなければならない事になってしまった。
「それで…君の名前は…?」
「カテリーネ・リートベルフ…」
「カテリーネ・リートベルフ…って名前なんだね!よろしく!」
イザベルは彼の名前を聞き、手を差し伸べるが彼はそれを無視した。
彼女は無言で手を自分の方へ戻した。
「それより…外に誰もいなかったのか?」
「へ?外?」
「ああ、俺と同い年ぐらいのお前がこの小屋に来れたって事は誰もいないって事だよな?違うか?」
カテリーネは再びイザベルを睨みつけながらそう言った。
おそらくだが、カテリーネがこの小屋に入った時は争いの真っ只中で、彼は何とかこの小屋に逃げ込んだのだろう。
だから、彼は外にまだ敵がいないか警戒しているのだ。
そんな中、天使で天界から下界へ降りてきて、何食わぬ顔でこの小屋の中へ入ってきたイザベルのことを不審がるのも無理はない。
「うん!そうだよ!誰もいなかったよ!」
「…ふーん…お前がどの立場の奴かは分かんねぇけど、ガキが外に出れるってことは敵はもういねぇんだな…」
カテリーネの口調は強いが、イザベルの話を聞いて少し安心したのか表情が少し緩んだのをイザベルは感じた。
数時間前の争いがどれほど恐ろしいものだったのか、イザベルは彼の様子を見て察した。
「君はここに住んでたの?」
イザベルは彼に質問した。
普通の考えなら子供一人が争いの場に参加しているなんてありえない。
そうではないとなると、彼は争いの場になってしまった村の子供だろう。
だが、イザベルが飛んできた所には村だったような場所は一切なかった。
「住んでた?お前バカじゃねぇの?こんななんもねぇところに住めると思うか?」
イザベルの質問を聞いたカテリーネはあざ笑うかのように返答した。
確かに小屋の中は本棚と無造作に床に散らばった数冊の本しかない。
イザベルもこの小屋に住んでいるとは思っていなかったが、そんな返答の仕方はないだろ…と心の中で思った。
そしてカテリーネは話を続けた。
彼はこの小屋から数キロ離れた村に住んでいたが、近くで起きた敵勢力が村まで進攻、カテリーネは何とか命からがら逃げられたが両親は行方不明、妹は守れなかったという。
そして、彼は争いが収まるまでの間両親の無事を逃げながら神に祈った。
だが、争いが収まった数日後、その願いは叶わず両親の訃報を生き残っていた村人から聞いた。
それ以来、彼は神、天使などのものの信仰をすべて捨て、憎むようになったという。
全てを失ったカテリーネにとってここは家の役割を果たしているのかも知れない…。
彼の話を聞いたイザベルは、彼の前で自分は天使と絶対名乗らないようにしよう、そして、如何にして彼に信仰心を取り戻そうか考えた。