2022年2月 その弟、内助の功かつ名探偵 愛及屋烏
ヒラメは女将を殺したか? 承
Continuation from last page. 01-A
カレイの煮付け、鶏団子入りの野菜スープ。
普段と具の内容が違う肉じゃが、小鉢に常備菜のきんぴらレンコン。 久留宮家では大体、このレベルの夕食が出てくる。 やはり嫁では?耀は疑問を感じつつも物騒な世間話を始めた。
「――男の人がさ」 「うん」 「女性に貢ぐ場合、相手に会わずに大金を注ぎ込んだりすると思う?」 「ザックリしと過ぎで色々と考える余地があるよ、それ?」
最近は「会えるアイドル」なんてざらだが、推しのアイドルに投資気分でグッズ購入なんて当たり前だし、ソシャゲの好きなキャラに大量課金もある時代だ。
「あー、現実的な男女がって話」 「不倫とか愛人がってこと?」 「ぐっ」
色々と濁している姉の配慮は無視だった。
「うーん、男に限らず無理じゃないのかな?」
可能性が無いとは言わないが現実的ではない。
「ほら、このお裾分けの肉じゃが」 「え?――あ、だから普段と味が違うのか。美味しいけど」 「個人名は伏せるけど、料理教室で一緒のご近所さんからなんだけど」
地域の集まりにこまめに出る、この弟は近所のアイドルも兼任してる。
「少し前までホスト通いで、相当散財したんだって」
本人が言ってた、と弟の口調は軽い。 高給取りの夫が家に寄り付かないとか何とか。
最初はその反抗で始めたら、どっぷりと嵌ったらしい。
「ぶっ!?」
糸蒟蒻が、変な所に入った。
「け、けほっ」 「あぁ! ほら、お水」 「まぁ、今は教室の方が楽しいとかで止めたらしいよ」
それはホストよりゼルの方が顔が良いから乗り換えただけでは。
「(ご近所マダムと火遊びとか、想像もしたくない)」
帰宅して、自分より年上の女(アバズレ)が弟に跨っていた日には――
「(私は、拳銃を抜くかもしれない)」
割と本気で。 再度言うがこの弟は近所のアイドルも兼任してるのだ!
「要するに物理的接触がない、『貢君』を疑ってる訳だ。被害者は女性で」 「うぐ」
察しが良い。この際だから概要は話そうか。
「被害者は――仮に女将さんで良いかな。旦那さんが漁師で一応は専業主婦」
管轄内のホテルの一室で窒息死しているのが発見された。 ホテルのベット備え付けの枕で顔を塞がれて殺された、というのが口腔内に残っていた繊維片を鑑定した結果だ。 当然だが、その凶器となった枕は部屋から消えていた。
「それなりのランクのホテルに着飾って宿泊していたから――」
しかも部屋はツイン。
「不倫とか、浮気? その相手もだけど、旦那さんも疑いたくなるね」 「どうかな……海の男の割には小心者で生真面目。女将さんの尻に敷かれて悪い事は出来ないタイプだったわ」
逆に警察から表彰された事は、過去にあったそうだが。
「事件発生時のアリバイこそ無いけど、ホンボシとして追うには弱くて」
だから先に女将の相手を調べたのだが、色々と妙な事が分かった。 被害者の金回り――経済状況自体は変化していない。 だが半年前からブランド品の靴、鞄、服などの高額の物品を入手している。
「本人が購入したモノではない。つまり、プレゼント?」 「当然――夫の漁師がマグロ漁船で稼いだ、とかじゃなかったわ」
幸い、モノがモノだけに購入者の確認は容易ではあった。
「俗に言う、IT長者の若社長が出処だったの――とりあえず、仮名はヒラメで」
主菜のカレイの煮付けの骨を剝がしながら、耀は微妙な配慮をした。
本名は平田か平沢か。そんな感じの苗字なのだろう。
「そのヒラメ社長は、実際の所……どれぐらいのオカネモチ?」 「高級車、別荘も数軒持ち――クルーザーを数か月前に買い替えたそうよ」 「うわぁ」
ブランド品を貢ぐくらいは楽勝な訳だ。
「でも、被害者との間に接触の形跡が無かったと」
現実世界では皆無。 ネット上での交流が無かったかを同僚達が必死に調べている。
「秘書か何かが貢物を届けてた訳でもないよね?」 「それぐらいは、調べてるわよ」
ですよね、とゼルは汁物を一啜り。
「うーん、ヒラメに女将に漁師か―――ん?」
その単語の組み合わせから、思いつく図式があった。 表彰、クルーザー、貢物。
「何か考え付いたの?」 「いや、姉さんは色々と凄いなぁと」
言語化こそされてないが、ほぼ自力で事件を見切っている。
「どういうこと?」
馬鹿にされているのかと思ったがゼルは心底、感心した様子だ。
「被害者、と旦那さんの暮らしてた地元署に照会したらいいんじゃない?」 「照会? 何を?」 「もしくは海上自衛隊かな?」
海難事故の記録を調べるには、と確信を持ってゼルは続けた。
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