2022年2月 その弟、内助の功かつ名探偵 愛及屋烏
ヒラメは女将を殺したか? 結
Continuation from last page. 01-C
そもそも、の話として。 今回の一軒において、一番優位だったのは誰なのか?
――ヒラメこと若社長である。
命の恩人たる漁師経由で御礼を被害者からタカられては、いた。
だが、何か後ろ暗い事があって脅迫されていた訳では無いし、感謝と厚意によってなされる「それ」を一方的に打ち切れる、それが出来る立場だった。
仮にそれを週刊誌に持ち込む、なんて無理筋を打ち立てても「どう考えても女将が図々しい」で決着する話である。
加えて、一般的な感覚とは齟齬があるが――若社長は痛くも痒くも無かった。
言ってはなんだが、車や家など別にくれてやって問題ない。はした金だった。 御礼が始まった後にクルーザーを買い替えている事からも、その余裕が判る。
童話の様に王様や神にしろと言われた訳ではないのだから。
……仮に社長にしろと言われても、受ける理由が無い。
結論――犯人は被害者の夫の漁師だった。
小心者で生真面目な漁師。
エスカレートする妻の要求をヒラメに何度も伝えに行く夫。
金持ち喧嘩せず。余裕のあるヒラメに対し、先に心の限界が来たのは真っ当な彼だったのだ。
何度も止めるように伝えても妻は止まらなかった。
挙句、直接会って交渉したい、と言い出した。それもホテルで。
何を返礼に出そうというのか。
直接、会ったことの無い若く金のある相手に気持ちまで向いたのか。
もうダメだ、と思ったそうだ。
ある意味では、これは良心の呵責か。
これ以上、若社長に迷惑を掛けられない、との。
いくら自分が命の恩人でも限度があると漁師は思っていた。
一方の若社長の限度は、想像のそれよりも遥か上だったようだが。
警察の事情聴取で、早い段階で『恩人の関与』に気付いた若社長は、のちに事件当日のアリバイについて漁師は自分と会っていた、と告げた。
漁師が、それを証言しなかったのは「妻の浮気相手と対決していた」という醜聞交じりの状況を言いたくなかったから、とカバーストーリーまで用意して。
警察が若社長と被害者の関係を不倫ではないか?と誤認したままであれば、敵対状況の相手からの証言だ、信用したかもしれない。
だが、実情を把握していたので容易く騙されることもなく。
捜査の主眼は夫に置かれ、状況の裏取りが行われた。 逆に若社長の本当のアリバイを調べる事で、夫の行動も判明した。 そもそも、妻の呼び出しを彼は若社長に伝えていなかったのだ。 伝えたという体で自らが部屋に赴き彼女を殺害し、凶器の枕は持ち帰った。
だが小心者の彼は凶器を処分する度胸がなく、所有の漁船内に隠していた。 後の家宅捜索で苦も無く発見された。
その段になれば、自供は早かった。偽証や黙秘が貫けるタイプでもない。
前述の動機が漁師から語られ、若社長は厳重注意とされた。
犯行を目撃した訳でも漁師から犯人だと告白された訳でもない。それを察していただけで犯人隠匿とするのは無理だ。裁判での偽証でもない。
ヒラメは助けられた恩を返しただけで、女将を狂わしたのは自己からの欲だ。
仮初の栄華は泡沫の夢と消えた。
――漁師の心の嵐は去り、海に平穏は戻った。
彼は童話と同じように豚小屋で暮らすことになるだろう、牢獄と言う名の。
だが童話と違い――そこに夢から醒めた妻は居ない。
「――なんて、ね」 「中々の詩人だけど、まさか報告書とかにそのくだり書いてないよね?」
事件が解決して直帰した耀が、ゼルにその報告をしてたと思えば、最終的に何故かポエム朗読?をしていた。
「しーてーまーせーん」 「好きだもんね、姉さん。刑事ドラマのラストの下り」
科〇研の女の屋上or川縁とか、十〇川警部の崖or海辺とか。
「うぐっ」 「姉さんの事なら、何でもお見通しだよ」 「むむむぅ」
得意げに笑う弟が可愛すぎて姉は色々と心配だった。
「悔しかったら、晩御飯のメニューでも当ててみたら?」 「――お姉様を侮りすぎよ、マイブラザー」
事件解決、という状況と弟の性格を考えれば簡単だ。
「今晩は――ヒラメのムニエル!」
表情を見れば、返事を聞くまでもなかった。
to be next CASE. 02-A
あとがき
今作は、ページ制限内でこねくりだした、省エネ系なんちゃってミステリです。
短編なのでトリック無し、関係者人名無し、舞台無し。
「どうしてこうなった?」の状況的ミステリを安楽椅子探偵スタイルで。
続きも同スタイルで行くかは微妙。維持は逆に大変な気もする。
掲載書式が、読みやすい「なろう」スタイル指定だったので楽でした。
テーマを素因数分解すると「グリム童話」×「姉弟」×「安楽椅子探偵」。
メインキャラクターもそれに沿って設定しました。
久留宮耀【くりみやあきら】→グリム+グレーテル を読み替え
純日本人、姉、刑事、感覚派、ブラコン
久留宮ゼル→グリム+ヘンゼル
ハーフ、弟、絵本作家、理論派、シスコン
事件として「ヘンゼルとグレーテル」そのものを別に使うかは未定。
あれ、そのままでも「兄妹による押し込み強盗殺人」だもの。
やっても過去編とか?
とりあえず、次の構想は割と出来てるので、このまま走り出す感じで。
――次回「赤ずきんはオオカミの胎を裂いた」で、良ければお会いしましょう。