少女が目を覚ます。眠い目をこすりながら辺りを見回すと、そこは見慣れた教室だった。 窓の外はすっかり暗い。もう、とうに放課後なのだと悟る。
「橘さん、一緒に帰らない?」
横から聞き慣れた声がした。私に声をかけたのは、柊(ひいらぎ)という名の少女だった。私は躊躇うことなく頷き、彼女と二人で帰路に就く。
彼女は、私の唯一の友達だ。いつから一緒にいるのかは覚えていない。けれど、なぜかいつも一人でいた私に、彼女だけは声をかけてくれた。彼女は誰に対しても明るく振る舞う。おそらく、そういう性分なのだろう。彼女が自分以外の誰かと仲良くしている姿を見るのは、少しだけ誇らしく、嬉しかった。
ふと、ずっと気になっていた疑問が頭をよぎる。
――ねえ、どうしてあの時、私に話しかけてくれたの?
問いかけようとしたが、今日一日まともに声を出していなかったせいか、思ったように言葉にならない。そんな私を見て、彼女はにこっと微笑んだ。
「どうしたの?」
掠れた声でなんとか理由を尋ねると、彼女は楽しそうに言った。私のようなタイプは初めてで、とても「特別」なのだと。 特別――その響きに、胸の奥が高鳴るのを感じる。しかし、淡い高揚感に浸る時間は短かった。気づけばすでに分かれ道に差し掛かっており、私たちはそこで手を振って別れた。
少女が目を覚ます。 見慣れた天井に、見慣れたベッド。ここは私の部屋だ。 時計を確認すると、朝の7時。今日は彼女と出かける約束をしている日だ。
事の始まりは、以前彼女に見せた私の私服だった。どうやら壊滅的にセンスが良くなかったらしく、「私が直々に選んであげる!」と連れ出されることになったのだ。 急いで身支度を済ませ、待ち合わせ場所へと向かう。予定よりずいぶん早く着いてしまったが、駅前にはすでに彼女の姿があった。
無事に合流し、お目当ての服屋へ入る。そこからの彼女は、まるで私を着せ替え人形にするかのように、次から次へと新しい服をあてがってきた。 店内の服を一通り試着し終えた頃、彼女はその中から3セットにまで候補を絞り込んだ。
「どれがいい?」
首を傾げて聞いてくる彼女に、私は困り果ててしまった。服の良し悪しなんてこれっぽっちも分からない。適当にそのうちの一つを指差すと、彼女は満足そうに頷き、すぐさまレジへと向かって会計を済ませてしまった。
軽い足取りで戻ってきた彼女は、大きな紙袋を差し出して弾むように言う。
「はい! プレゼント!」
あまりの勢いとまぶしい笑顔に圧されて、私はただ、それを受け取るしかなかった。
少女が目を覚ます。 そこは見慣れた教室だった。けれど、何かがおかしかった。なぜか教室には、私と彼女の二人しかいないのだ。
昼休みを告げるチャイムが鳴り、彼女がふらりと廊下へ出ていく。胸を騒がせる違和感に突き動かされ、私はその後ろをそっと追った。 廊下の真ん中で、彼女が足を止める。そして――誰もいない虚空に向かって、楽しそうに話しかけ始めた。
私は困惑し、その場に立ち尽くした。 なぜ、教室に私たち以外誰もいないのか。 なぜ、彼女は何もない空間に向かって、あんなに嬉しそうに笑いかけているのか。
私の小さな頭をどれだけ回転させても、まともな答えは出なかった。行き着いた結論は一つ。 ――ああ、みんな、おかしくなってしまったんだ。
私は彼女の手を強く引き、半ば強引に自分の自宅へと連れ帰った。彼女が戸惑い、怯えているのは顔を見ればすぐに分かった。けれど、今の私にそれを気にする余裕などない。
私には、彼女しかいないのだ。 彼女だけが、私に話しかけてくれた。 彼女だけが、私に笑いかけてくれた。 彼女だけが……。彼女だけが……。
だから、彼女をおかしくした「原因」を取り除かなければならない。 私は、彼女の内側にあるものを引きずり出すことにした。 最初こそ、彼女は涙を流して私に何かを訴えかけていたようだったが、途中からそれも聞こえなくなった。おかげで、私はとても作業に集中できた。
……私は、目を覚ます。
見慣れた天井、見慣れた壁。まぎれもない、私の部屋だ。 けれど、視線をゆっくりと下へ落とす。そこには、無防備に横たわる彼女の姿があった。
剥き出しになった肋骨。床に這い出し、生々しく晒された内臓。 いずれも、私がやったことだった。
その瞬間、冷徹な理解が脳を突き刺す。 おかしくなっていたのは、世界でも彼女でもない。自分だけだったのだ。
もう、どうしようもない現実がそこにある。
私は冷たくなった彼女の身体をきつく抱き締め、ただ激しく、臍を噛んだ。
