俳句で作る物語⑬ 「不思議な掛け軸」

「やっと村に着いたぞ……」
一人の若い画家がとある村にたどり着きました。
季節は夏真っ盛り。うだるような暑さで地面もカラカラに乾いています。画家の喉もカラカラです。彼は肩に掛けている水筒から残りわずかの水を飲みました。水筒は空っぽになりました。
「どこかで水を貰えるかな……」
画家は辺りを見回しました。すると、奇妙なことに気が付きました。どの家の外壁にも滝の絵が描かれた掛け軸が飾られているのです。彼は首をひねりました。
「掛け軸を家の中じゃなくて外に掛けるなんて変だなあ」

画家は一軒の家に立ち寄りました。外壁には他の家と同じように滝の絵が描かれた掛け軸が飾られています。縁側ではおじいさんが休んでいました。画家はおじいさんに挨拶あいさつしました。
「こんにちは。暑いですね」
「そうだねぇ、ここのところ雨も降らないから暑くて大変だよ。特に畑仕事はこたえるね。うちは農家だからね」
画家は掛け軸を眺めながらおじいさんに尋ねました。
「これは見事な水墨画すいぼくがですねえ。でも、なぜ掛け軸を家の中ではなく外に掛けているのですか?」
「この掛け軸には不思議なところがあってね。水が出て地面を潤してくれるんだよ。見ててごらん」
画家がじっと掛け軸を見つめていると、掛け軸に描かれた滝の絵がぶるぶる動いて、掛け軸から透明な水があふれてきました。
「あっ!掛け軸から水が出てきた!」
滝の絵から出てきた水は地面に向かって流れました。カラカラに乾いてひび割れていた地面は水を吸ってすぐに潤いました。
おじいさんは掛け軸を壁から注意深く外して畑の方に持っていき、畑に水をまきました。水を浴びた植物たちは元気そうです。
「だが、この暑さだろう。しばらくすると地面はまた乾いてしまうんだよ。だから夏の間はこの掛け軸が手放せないのさ」
「なるほど。ところで、その水を少し分けてもらえませんか?喉がカラカラなんです」
「良いよ。さあどうぞ」
「ありがとうございます」
画家は水筒を掛け軸に近づけて水を汲みました。
「お疲れだろう。うちに泊まっていきなさい」
画家は農家のおじいさんの家に一晩泊めてもらい、翌日また旅に出ました。旅に出るとき、画家はおじいさんに一枚の画用紙を手渡しました。その画用紙には雪が積もった山が描かれていました。おじいさんに少しでも涼しくなってもらいたいとの画家なりの気遣いでした。

数日後、画家は旅を終えて故郷の小さな町に戻ってきました。
「やあ、おかえり。旅はどうだった?」
一人の町人が画家を出迎えてくれました。画家はその人に答えました。
「ただいま。暑くて大変だったよ」
画家は町中の人たちから出迎えられました。彼はこの町では有名人だったのです。
「おかえり。作品のアイデアになりそうなものは見つかったかい?」
また別の人が画家に話しかけてきました。画家はその人に答えました。
「ただいま。ある村で不思議な掛け軸に出会ってねえ。掛け軸から水が出てくるんだ」
画家が返事をすると、その人は困った顔をして言いました。
「そうなんだ。もしもそんな掛け軸が本当にあるのなら、町中を涼しくしてもらいたいね。この町も暑いからね」
「ううん、そうだねえ」
そんな風に町の人たちと世間話をしながら、画家は広い大通りを歩いて帰宅しました。

画家が自宅で旅の荷物を片付けているとき、あるアイデアが彼の頭に浮かびました。
「そうだ。僕も滝の絵を描いてみよう。もしかすると水が出てくるかもしれないぞ」
さっそく画家はキャンバスと絵の具を用意しました。
「家に掛け軸は無いけれど、キャンバスでも良いのかな?どうせ描くなら外国にあるような大瀑布だいばくふが良いな」
画家は水が勢いよく流れ落ちる大瀑布の絵を大きなキャンバスに描き、それを家の外に置きました。彼はキャンバスの真正面に立ち、水が出てくるのを今か今かと待ちました。
「まだかなあ」
彼は待ちきれない様子でキャンバスの前を行ったり来たりしました。
しばらくすると地響きのような低い音が聞こえ、キャンバスに描かれた大瀑布からうなりをあげて水が勢いよくあふれ出てきました。
「水だ!やった」
喜びもつかの間、画家はキャンバスの正面にいたので、あふれ出た激流に押し流されてしまいました。
「うわあああああああああ!!!」
画家は悲鳴を上げながら大通りを流れていきました。大通りを流れて町はずれまで行き、森を抜け、どんどん遠くへ流されていきました。
大瀑布のおかげで町中が水浸しになりましたが、かなり涼しくなりました。町の人たちは画家に感謝をしましたが、彼がどこまで流されていったのかは誰も分かりませんでした。

あとがき
前田普羅まえだふらの俳句「大旱たいかんや滝の絵かけし百姓家」に着想を得て、この物語を作りました。 なにとぞ皆さんも暑さや洪水にはお気を付けください。

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陽狩

陽狩(ようしゅ)と申します。俳句に関する記事などを書きます。俳句に少しでも興味を持ってもらえると嬉しいです。よろしくお願いします。

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