いつものように不思議図書館にやってきた、みる、イミア、サラミの3人組。それを見守る司書のむつぎ。今日もみるは本の中に入っているので、イミアとサラミはそれぞれ興味がある本を探して読んでいた。…やがて、イミアが本を閉じる音がする。
「はー!読んだ読んだ!面白かったー!…さてと、次はどれにしようかなー・・・うわっとっとっ!!」
ガン!という大きな音と共に、本がバサバサと本棚から大量に落ち、イミアは本の山に埋まってしまった。
「イミアちゃん!?」
「大丈夫かよ!?」
音を聞いてやってきた、むつぎとサラミに引っ張り出してもらうイミア。
「いたた…ありがとうございます…っ!!ごめんなさい、むつぎさん!本につまづいて本棚にぶつかっちゃって…」
「頭とか打ってないか?」
「大丈夫だよ、サラミ。」
「イミアちゃんに怪我がないなら、それでいいんだけど…。修理が必要な本や未整理の本以外には、傷が付いたり破れたりしないように防護魔法がかけられているからね。でも本当に大丈夫?」
「はいっ。全然へーきです。」
「イミアは頑丈だなー。…あっ。」
ふと、サラミはイミアの後ろの髪先に、黒い羽根が引っかかっている事に気が付いて、それを取った。
「イミア、髪に羽根が付いてたぞ?」
「羽根?さっき鏡を見た時は付いて無かったんだけど…。外でくっつけて来ちゃったかな?ありがとう。」
イミアはサラミから髪にくっついていた黒い羽根を受け取る。
その黒い羽根を見たむつぎは、何やら険しい表情で様子を見ていた。
「むつぎさん?」
「何だろう…その羽根…すごく嫌な感じがする。」
「嫌な感じ?…サラミ、何か感じる?」
「んー?アタシは別に。ただ、鳥の匂いとかがしないのが逆に変かなって思うよ。カラスとかワシとか、ただの鳥から落ちた羽根じゃないかも知れない。」
「サラミにそう言われると、ちょっと不気味かも…。」
「イミアちゃん、その羽根…ちょっと渡してくれないかい?」
「あ、はい。」
イミアがむつぎに羽根を手渡そうとした時。
「だめーーーーっ!!!」
物凄い勢いのみるが、2人の間に突っ込み、黒い羽根を奪い取ってそのまま本棚に激突した。まるで弾丸のようだった、と後にサラミは語る。
みるも、先程のイミアのように本の山に埋まる…と誰もが思っていた。
その一瞬…みるは目つきを変え、左手を前に突き出し、全身を薄い光のドームで包み、自身への本の直撃を完全に防いだ。
今のみるの行動は能力ではない。完全に、魔法に属する。
「ぼ…防御の魔法…みるちゃん……。」
むつぎは初めて見る、みるの戦用魔法。みるが並行世界へ行ったり、空を飛ぶ移動魔法が使えるのは知っていたが、まさかそういう魔法も使えるとは、長く一緒にいても知らなかった。イミアとサラミは見たことがあったが、せいぜい片手で数えられる程度だ。
ちなみに物凄いスピードで突っ込んできたのも、魔法での強化だろう。
「はあ…はあ……っ」
滅多に使わず、余程でなければ使わなかった魔法を行使して、息も上がってしまう程になってでも手にした黒い羽根を見つめる、みる。
だが、羽根は徐々に色を失い、灰となってみるの手からこぼれ落ちていく。灰も落ちると同時に消滅し、最初から何もなかったかのように跡形も無くなった。
「いや…待って!お願い…待って!!行かないで!!…やっと…見つけたのに…行かないでよぉぉ!!っ…ああああ!!!」
みるは追いすがるように涙を流し、その場に泣き崩れてしまう。
「…遅かった…みたいね。」
「ユリィさん…」
「先生…」
音もなく現れたユリィだが、その光景を見て苦い顔にならざるを得なかった。
・
やって来たユリィに、みるの事は今はそっとしておいてほしい、と言われたイミア、サラミ、むつぎは、別室でユリィの紅茶を飲みながら話すことになった。…と言っても、だいたい起きたことはユリィの予想通りだったらしい。
「イミア達が「この図書館内」で見つけた黒い羽根が、みるの手にする頃に灰となって消えた…でしょう?」
「すごい!先生、何でいなかったのにわかるの!?」
「…すぐにわかるわよ…あの、みるの姿を見れば…」
むつぎは、ずっと気になっていた事をユリィに言った。
「ユリィ様、あの黒い羽根は一体…。」
ユリィは紅茶を一口飲み、一呼吸おいてから話す。
「あの「クロハネ」は…みるの「探しもの」の痕跡よ。」
「「探しもの…?」」
「ええ、あの子はずっと探しものを見つける為に、不思議図書館に通っている。無数の本に入り、無限数に近い話の、世界のどこかから見つける…それは砂山で爪先程しかないたった1粒の砂金を探すくらい途方もないこと。…あの羽根は、探しものが近くにあった証なのよ。」
「そう…だったの…みる…。」
「みる…だったら、何でアタシ達に協力してくれって言ってくれなかったんだ!ユリィさんだって手伝えば…」
「それはできないし、みるは当然言わないわ。みるが探して、みるが見つけなければ意味がないの。例え協力できたとしても、みるは1人で見つけようとするでしょうね。」
「どうしてそこまで…」
「それが、みるにとって「命にすら等しい」ものだから…かしら。」
「「命…。」」
イミアとサラミは言葉が出なかった。
あんなに取り乱す、みるを見たのも初めてで、そんなみるが命と同等のものを探して、ずっと図書館に通っていたなんて、思ってもいなかった。もちろん、むつぎも同じ思いをしている。
・
…やがてイミアとサラミは図書館を後にし、部屋にはユリィとむつぎだけになった。
「ユリィ様。」
「なに?」
「あの黒い羽根…俺には何か嫌な感じがしました。」
ユリィはむつぎの言葉を聞いて「そう。」とだけ返し、紅茶を一口飲む。
「…本当にあの黒い羽根は害が無いものなんですか!?…本当に、みるの探しものの痕跡なんですか!?」
珍しくユリィを問い詰める、むつぎ。ここにもしイミアとサラミがいたら、またもやビックリしただろう。
だが、ユリィは全く動じる事は無かった。むつぎの問いには無言だ。
「もし、みるに何か危険が及ぶものだったら…!」
「むつぎ。」
ガタン!!とユリィは椅子から立ち上がり、座っているむつぎを見下ろす。
「言った筈よ。「それ」は司書には不要だと。」
ユリィの目は鋭く、どこまでも深い深淵のような青をしている。
「司書で居たいなら…これ以上深く、みるの事を詮索するのは、やめなさい。」
「だが…」
「契約違反として破棄しても構わないと?…私は一向に構わないわ。小娘や「持っていたもの」ごと、全部消滅させられるし。その方が、みるの探しものも見つけやすくなる。」
「っ……。」
むつぎはそれ以上何か言うことも、動くことも出来なかった。
「じゃあね。みるは回収していくわ……司書さん。」
扉に向かうユリィの背中に、ようやくむつぎは言葉を投げかける。
「アンタは…アンタは一体何なんだ…。」
「…私はユリドール。本の修理者。」
カツカツとヒールの音を響かせて扉を開けた「女」は振り返り、愛用の扇を開いて口元を隠しながら言った。
「ちょっと恩義があってお節介しちゃった「悪霊」。今はお節介のせいで一時的に「神霊」になってしまったけど。」
それだけ言って、ユリィは部屋を出て扉を閉じた。
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