第四話 混線
しばらくして、静華がゆっくりと目を覚ました。 正直、この時点で次は何の人格が飛び出してくるか分かったものではない。俺は最大限に警戒しつつ、おそるおそる彼女の顔を覗き込んだ。
「あ? なんだお前。ジロジロ見てきやがって気持ちわりぃ」
このドスの利いた、だけどどこかハスキーな話し方――あのヤンキー風の静華で間違いない。命の恩人(ロボ?)ならぬ恩メイドである彼女に、俺は首の痛みをさすりながら、気になっていた理由を尋ねてみた。
「なぁ……さっきは助けてくれてありがとな。でも、なんで助けてくれたんだ?」
「……あ?」
静華はあからさまに嫌そうな顔をしたが、ふいっと視線を斜め下にそらした。
「別に、お前のことが嫌いってわけじゃねぇし。……一応、私の『主人』だってことも、認識はしてるからよ。だけど、ああいうジメジメした絡み方は……ほら、なんか見てて気持ちわりぃだろ?」
少しだけ頬を赤く染めて、ぶっきらぼうに髪をかきあげる。その分かりやすすぎるツンデレっぷりに、俺はここぞとばかりにニヤニヤしながら追撃を仕掛けた。
「ふ~ん? じゃあ、あの助けてくれる時に言った『一様に手を出すな!』ってセリフは、どういう意味だったのかなぁ? ん? ん?」
あからさまにウザい笑みを浮かべ、肩で小突くように絡んでみる。
「う、うるせぇ、黙れ! 張り倒すぞこの野郎!」
真っ赤になって怒鳴る彼女を見て、これ以上調子に乗ると本当に物理的な制裁が飛び出してきそうだったので、大人しく引き下がることにした。
「はいはい、悪かったよ。今日はいろいろありすぎて疲れたし、もう寝るか」
ベッドに横になり、半分冗談混じりで「一緒に寝る?」と声をかけてみたら、案の定、容赦のない拳が俺の脳天にクリーンヒットした。
「私はソファで寝る」
痛む頭を押さえる俺を置いて、彼女はそそくさとリビングのソファへと向かっていった。手荒い洗礼は受けたものの、彼女の新しい一面を知ることができて、俺はどこかワクワクしながら眠りについた。
翌朝。差し込む朝日で目を覚ますと、ベッドの脇に立つ静華が、見たこともないほどパニックになった様子で俺の顔を見つめていた。
「一様、助けてください! システムが……!」(基本人格)
「一様~、助けてぇぇ~~(泣)」(ドジっ子人格)
「おいお前! これ何とかしろ! 脳みそがバグってんだよ!」(ヤンキー人格)
「一様♡ 一様♡ 好きぃ♡」(ヤンデレ人格)
「……待て待て待て、情報量が多い!!」
静華の口から、4つの人格が目まぐるしいスピードで順番に喋り出す。 ただでさえ個性が強すぎるメンバーだ。それが4倍の密度となって一気に押し寄せてくる。 どうやら、昨夜の衝突が原因でシステムが完全に『混線』してしまったらしい。
数分間、代わる代わる繰り出される懇願、号泣、怒声、愛の告白を受け流し、大体の状況を把握した俺は、もう諦めたような、はたまた開き直ったような境地に至っていた。
「ま、まぁ……時間が解決してくれるんじゃないかなぁ、ハハ……」
遠い目をしながら答えた俺に、
「無責任すぎます!」
「ひどいです~!」
「ふざけんじゃねぇぞゴラァ!」
「一様と二人きりの時間……♡」
と、四者四様の強烈なヤジが飛んでくる。俺はそっと耳を塞いだ。
それからしばらく時間が経っても、静華の音声混線は一向に治る気配がなかった。 「何か対処法はないのか」と藁にもすがる思いでスマホの専用アプリを開き、隅々まで設定項目を漁ってみる。
「……あ、これだ!」
画面の最下部に、小さく『システムリセット(再起動)』という項目があるのを発見した。説明書きによると、一度システムを強制シャットダウンし、キャッシュをクリアして再起動できるらしい。
「みんな、一回リセットボタン押してみるぞ。いいな?」
彼女たちの了承(脳内総意)をとり、俺は画面のボタンをタップした。 直後、静華の瞳からフッと光が消え、完全に電源が落ちる。
「頼む、これで綺麗さっぱり元通りに治ってくれ……!」
祈るような気持ちで、再起動の進捗バーを見つめる。 やがて、静華の身体が小さく震え、ゆっくりと瞼が開いた。再起動が完了したようだ。 恐る恐る、治ったかどうかを確認するために声をかけてみる。
「静華……? 分かるか?」
じっと俺の顔を見つめていた静華は、やがてその小さな唇を開き、元気いっぱいに声を発した。
「オ、オギャァァァーーーー!!!」
「……は?」
鼓膜を突き刺すような、生後間もない赤ん坊さながらの大泣き。 あまりの想定外すぎる斜め上のバグに、俺は激しい目眩を覚えながら、深く、深く頭を抱え込んだ。
「もうどうしろってんだよ、これ……!!」
バグり散らかした50万円のAIメイド。どうやら俺の苦労に満ちた日々は、まだまだ、どこまでも終わらないらしい。
