2022年3月 その姉、思いの外、名刑事 愛及屋烏
赤ずきんはオオカミの胎を裂いた 破
Continuation from last page. 02-A https://no-value.jp/novel/21022/
——最初から犯人は殺害目的で被害者に接近した。
その方法は、女性であることを考えると単純に「誘った」のだと思われる。
ホイホイと被害者が釣れたことから、 その見目は良いのではないか、というのが傍証か。
そして、カラオケ店にて飲み物に睡眠薬を混入。
受付にしか監視カメラのないタイプの店舗で、かつ利用した個室からウイッグ用の人口毛が発見された事から、僅かに映った姿も変装の上でのモノ。
目視の記憶も赤いレインコートに注意が向いてあやふやだ。
タクシーを利用し、同人を現場に拉致、意識のない対象を拘束、殺害せしめた。
大胆かつ、綿密に練られた計画殺人。
——これが、捜査陣の大まかな見解だった。
「あんまり手伝う気には——ならないね、その事件」
着替えを取りに帰宅した耀が、毎度の世間話として、 今回の事件の話をゼルに振った時の反応は明らかに鈍かった。
「えっ?」
普段の建前すら取っ払って、ズバリ断られた。
「庇う訳じゃないけど、無関係な民間人が出しゃばるのは良くないよ、これは」 「・・・・・・待って、どこまで読んで言ってるの?」
現在の捜査状況で、まるで全容が見えてるような言い方だ。
「というか、姉さんと山さん?も気付いてたじゃない」 「——性犯罪か異常者の犯行現場みたい?」 「ほら、別に手伝わなくても、ちゃんと直観的に分かってる」
第一線を張ってる刑事の観察眼は、キチンと働いている。
「犯人にそんな痕跡は無かったし、容疑者は女性よ?」 「——被害者が女性だったら、でしょ」
そう、被害者が女性だったなら、性犯罪か異常者の犯行現場みたいだ、と感じたのだ。
「被害者だった、女性がいたんじゃない?」
今ではない、いつかに。
「つまり——復讐!?」
最初から殺害目的の接触。 薬を使い、その上で手錠による拘束。 強い殺意を感じる、滅多刺し。
「言いたくないけど、『やられたらやり返す』って事じゃないの?」 「犯られたら殺り返す、って? 考えたくもないわ」
確かにそういう事をやっていても不思議ではない被害者だったが。
「薬に関しては、拉致の為なのか『やり返し』なのかは分からないけど」
手錠に関しては報復としての再現の可能性が高い、とゼルは続けた。
「拘束する道具なら、手に入りやすいのが他に幾らでもあるから、って事?」
ロープでもビニールテープやガムテープで事足りる。
「そう。それに手錠に関しては少し、調べた方が良いとは思うけど」 「入手経路? 期待薄じゃない?」 「いや、手錠『それ自体』の痕跡の話」 「犯人の指紋は無かったから、付着してた微物類は鑑定中よ、それで足りる?」「不足はしてないかな、とは言っておくね」
いよいよ本格的に弟は、事件解決にやる気を喪失しつつあるようだ。
「そっか、ゼル的に復讐殺人は『有り』な訳ね」 「社会的に罰則がある事とは別に倫理的にアウトかセーフか聞かれたら、ね」
だが、犯行隠蔽の為に第三者を殺害、となったら議論の余地なくアウトだ。
むしろ「こういう理由で復讐する」と朗々と歌い上げて殺るなら日本でもあった『敵討』のシステムに近いので、存分にやればいいのではなかろうか。
「それと個人的に性犯罪者の類には慈悲はなし、でいいと思う」 「それは、まぁ——そうね」
そういえば、中学時代に男女どちらにも痴漢された経験があったな、この美貌の弟には。
「そもそも、元々の事件は露見してないんじゃないかな」
それが復讐に至った原因の一つなのではないか、とゼルは語った。
「他の暴力事件の様に示談として処理されたのではなく?」 「被害者の一応の前歴にあった? その手の事件」
全ての事件を精査した訳ではないが、婦女暴行やそれに類する事件の記載は無かった。
性質的に議員の父親が処理しきれるレベルとも考え辛い。 ならば、その事件は被害届も出されず、警察が捜査もしていない。
「警察も把握してない、存在不明の事件を前提に捜査? 厳しいわね」 「現在から見積もって、十年以内の被害者の生活圏内を調べる、とか」
流石にゼルにも、捜査そのもののノウハウは無い。
「十年なのは、目撃された容疑者の年代から逆算?」 「うん。それ以上だと、想定が小学生とかになるよ」
仮にそうなら、ますます死んだ方が良い被害者、という事になってしまう。 状況として、被害者は中高生の年代か。
「中学生が小学生よりは高校生が中学生を、の方がケースとしては、ね」
実家住まいで、足取りがハッキリとしていた時期。 そこから住居や立ち回り先の近辺を調べるしかない。 表面化していない事件でも『ご近所の噂』というのは侮れない。
「——よし、戻って足を使いますか!」 「姉さん」
気合を入れ、署に戻ろうとする耀をゼルは呼び止めた。
「本来、オオカミの腹を裂いたのは猟師だよ」 「へ? ——何、赤ずきんの話?」
そう、オオカミに丸呑みされた、お婆さんと赤ずきんを助ける為に、だ。
「うん、それを赤ずきん本人がやった理由がある筈なんだ」
それを調べろ、と弟は言っている。 だが、想像しているその理由を教えるつもりはないようだ。
「分かった、それも調べる」
真剣な面持ちの姉を見送った後、 ドアが閉まったのを確認し、ゼルは天を仰いだ。
「だからこそ——赤ずきんはオオカミの胎を裂いた、でも」
事件の大前提がひっくり返る、そんな可能性もある。 もしかすると犯人自身も気付いていない、可能性。 だが、犯行時に『それ』に気付いてしまったのなら?
「もし、そうなったら。『一匹オオカミ』じゃ、済まないよ——姉さん」
耀は被害者と一家が過去に生活していたエリアを中心に捜査を開始した。
その捜査の中で一件の未解決事件に引っ掛かった。
——強盗殺人。
一人暮らしの老婆が殺害され、金品を奪われた。
事件自体は単純だが、容疑者と目された人物には鉄壁のアリバイが存在した。 街中でのカツアゲで補導され、地元署に拘束されていたのだ。 それが今回の被害者である、三男坊だった。
だが、その記録を発見した耀に署から連絡が入った。 その連絡を受け、耀は理解した。
強盗殺人を調べていた刑事達も。 今の事件を追っている自分達も。
何か、を致命的なまでに見誤っていたのだと。
——被害者の兄、議員の次男である弁護士が刺殺された。
to be next page. 02-C https://no-value.jp/novel/22066/