…クロハネ騒動から1ヶ月後。だいぶ精神的にも落ち着いてきたみるは、騒ぎを謝罪しようと不思議図書館を訪れていた。
「…こんにちは。」
「…いらっしゃい、みるちゃん。」
いつもの司書のむつぎとの、いつもの挨拶。なのに今日はどこかいつもと違う雰囲気がする。
「…みんなが来るまで、お茶でもどうかな?」
「…うん、いただくよ。」
あんなにも隙あらば弄り合いをしていた2人が、こんなにギクシャクしているなんて初めてだ。その光景を見たイミアとサラミは、図書館出入口の扉の外側で、隙間からこっそり様子を伺っている。
みるが不在の1ヶ月、むつぎの様子もおかしかったのだ。
ボーっとしてカップからコーヒーを垂れ流したり、本を逆さまに読んでいたり、シュガーをカップからはみ出すまで入れていたり、むつぎから見て右に付けているモノクルを左に付けていたり、ただ歩いているだけなのに本棚にぶつかったり、階段を踏み外して転んだり、頭に落ちた本をそのまま乗せて歩いたり。
その答えもギクシャクも、ここで決着がつく…イミアとサラミはそう思って見守っていた。
「…こ、この前はごめんなさい…。」
「いや…結局みるちゃんとユリィ様が本を片付けてくれたんだろう?元通りになっていたし。」
「うん…もしかしたら手掛かりになる本があるかもって、師匠が迎えに来る前から1冊1冊探して、本棚に戻していたから。…もちろん、無かったけどね。」
「ユリィ様が、みるちゃんの探しものは「命にすら等しい」って言っていたけど…。」
「…そうだね。詳しくは言えないけど、命と同じくらい大切なものなの。」
「……命と引き換えにしてもいいくらいに大切、とかじゃなくて?」
「それじゃあ意味がないもの。私の命と引き換えにしたら、私の手に入らないでしょ?」
「命と引き換え、って条件だったら?」
「別な方法を探す。例え全てを敵にして、世界を壊すことになっても。そんな理不尽な条件しか付けられない世界なら、私はいらない。」
よくある小説や話の定番の台詞を言ってみたむつぎだが、みるの返答はそんな定番で片付けられるものではないらしい。
「じゃあ、みるちゃんの他の大切なものは?その白いリボンとか、黒猫のバッグとか。」
むつぎは普段みるが身に付けている2つの装飾を指差した。
「え?…このリボンは小さい頃にプレゼントされたもので、これも貰いものだけど、私の必需品入れにしているの。」
みるはテーブルに、いつも持ち歩いている、肩掛けの黒猫の顔の形をしたバッグ(大きさでいうとポシェットに近い)を置いた。
「必需品?ハンカチとティッシュとか?」
「それもあるけど、えーと…触らないでね?」
その黒猫の顔から一体どれだけ入っているんだ、と言いたくなるくらい、みるはバッグの中身をポンポン取り出して見せる。
「携帯、ハンカチ、ティッシュ、ペン、手帳、かわいいチャーム、小物ケース、家の鍵、鏡、ウサギのぬいぐるみ…。後は…」
1番最後に、みるが取り出したのは、ネックレス。
黒い羽の形をしたネックレスだ。
(また、黒い羽……。)
ただの羽の形の黒ずんだネックレスなのに、それを見ている少女の表情は、とても穏やかで嬉しそうな、むつぎの知らない顔をしている。
(何だろう。何か胸がモヤモヤする…いや…イラッとする??)
「これが今のところ、リボンと黒猫バッグと同じくらい大切なものかな。どれも同じものだって、代わりになんてならないし。」
みるは大事そうにネックレスを黒猫のバッグの奥にしまい込み、バッグの口を閉じた。
「・・・・みるちゃん。」
むつぎは、たまに質問しては、答えを得られなかった事を口にする。
「スキ、って…どんな感じ?」
「は?い??…いや!散々何度も言ったじゃない!そういうのは人それぞれでー…」
「そうじゃない!…みるちゃんが感じている「スキ」が知りたいんだ!」
「…いちごプリンとか…」
「違う。」
「もふもふとか…」
「違う。あの黒い羽根、今のネックレス、あれを見ている時のみるちゃんの感じている「スキ」。それを知りたいんだ。」
「・・・・・・。」
みるはそれを聞くと俯いてぷるぷる震え出し、そのまま立ち上がってカツカツとむつぎの傍まで来ると……思いっきり頬を叩いた。
バチン!!
その音は、図書館全体に響き渡る。
「そんなの…教えられるワケないでしょ!!この気持ちは!私と「■■■」のものだもの!!それ以外の誰かになんて…絶対に教えない!渡さない!長い長い時間をかけて、沢山のものを失って、それでもこれだけは何があっても、他人の手に渡らないように、離さないようにしてきたの!!それを簡単に教えるなんて…出来ない!この大悪魔っ!!」
みるは、むつぎを睨みながらそう言うと、涙目になりながら出入口へと走り去っていく。
「待って!みるちゃ………っ!?」
手をみるに伸ばすむつぎの脳裏に、一瞬何かが過ぎった。
【何で…何で俺を好きにならない!俺はこんなにも…!!】
【離して!!この大悪魔!!】
「今の…何だ?……みる?…俺?……っ…頭が…」
突然の頭痛と眩暈に襲われたむつぎは、その場に倒れこんでしまう。
「むつぎさん!?」
「おい、むつぎ!?」
みるが外に出ていき追いかけようとしたイミアとサラミだが、むつぎが倒れ込んだのを見て、やむを得ずそちらに駆け寄った。
…みるが図書館に訪れた時から、一枚の黒い羽根が天井に張り付いており、みるが出ていくと同時に消滅した事には、誰も気付いていない。
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