2022年3月 その姉、思いの外、名刑事 愛及屋烏
赤ずきんはオオカミの胎を裂いた 急
Continuation from last page. 02-B https://no-value.jp/novel/22006/
現場となったのは、次男が所長を務める弁護士事務所だった。
所長室の応接用のソファの上で数日前に見た被害者と同じ顔の男が死んでいる。
「鋭器損傷――どうも、弟の時とは凶器は別ですね」
検視官の所見に山さんが眉を顰める。
「単純に得物を変えたのか――ホシ自体も別なのか」
刺創は一つだし、腹を開かれてもいない。 だが、猛暑の時の様にネクタイが外され、スーツの上のボタンが外されている。
事件発生は特別な来客があると所員達を先に帰した午後6時以降、翌日に出所した所員が遺体を発見するまでの15時間の間。
死斑や死亡推定時刻を併せれば、かなり絞れるだろう。
「まさか、三兄弟全員を狙ってる訳じゃないだろうな」 「或いは議員の父親への恨みの可能性もありますが、それはどうでしょう?」
全員を標的としていたなら、三男からというのは不自然だ。
「所在地のハッキリしている兄弟から殺害して、訃報を聞いて駆けつけるか――葬式に出席する為に現れた三男を狙う、というなら分かりますが」 「住所不定の三男からは不自然、か」
耀の意見に成程な、と山さんが感心したように頷いている。
「三匹の子豚みたいに家の強度順で下から選んだなら、別ですけど」
鼻息で家を吹き飛ばすならば話は別だが、一人ずつ相手を殺していくなら頑丈な家という名の『防犯』がしっかりしてる標的を後に回すのは愚策でしかない。 むしろ、自分が殺されるかもと思ってもいない段階で狙いにくい相手を片付けるべきだろう。
「やっぱり、犯人は三男を狙った——」
死体から感じ取れる殺意からも、それ自体は間違いない。
だが、何かが間違っていたのだ。
「――犯人も間違った?」 「何?」 「顔こそ同じだから、その中でも『如何にも』な三男だと思い込んだ?」 「おい、どういう事だ、久留宮。何か思い付いたなら、説明しろ」
そこに至って、耀は連絡を受ける前に調べていた強盗殺人について説明した。
「奴さんが容疑者だったってのは驚いたが、今のヤマとどう繋がる?」 「議員秘書と弁護士という肩書は立派ですが、実情はどうでしょう?」
元々、強盗殺人に関して、三男が疑われたのは現場付近で目撃情報があった事と普段の素行からの疑念を持たれたのだが、当時のアリバイを考えると状況は一変する。
「三男にアリバイがある以上、目撃されたのは――」 「長男か次男と考えるのが自然だな」
当時、地元署がそれに気付かなかったとは考えにくい。
「一度、三男を疑って、アリバイがあって空振り。その上で他の兄弟にまで疑いを向けるには、目撃情報だけでは厳しかったか」 「相手は議員子息ですし、顧問弁護士も付いてた以上は」
それを手抜かりだと責めるのは、同業者としては憚られる。
「犯人が当時の捜査状況を知っていたとは思えん」
三男が捕まっていない事実を『罪を逃れた』からだと考えていた可能性が高い。
「久留宮」 「はい」 「その強殺事件の被害者――その関係者に今回の犯人がいる、と思うんだな?」
ゼルの意見では、更にそこに表沙汰になっていない、性犯罪が関わっている。
「――当時、被害者の女性宅には中学生の孫娘が頻繁に遊びに来ていました」 「そこまで調べたのか」 「事件発生後、一か月――そのショックで登校せず、自宅療養していた、と」
懐いていた祖母の訃報に酷く傷付いて、と記録には残っていた。 だが、その情報が事実なのか表向きに過ぎないのか? 第二の事件発生の報を受けるまでに調べられたのは、そこまでだった。
「その裏取りと――近隣病院に通院記録が無いか、調べるつもりでした」
「強殺現場に居合わせた孫娘は、殺害以外の何らかの被害に遭った、と?」
「外聞を恐れて、その被害を黙殺したとしても、流石に治療と処置は受けたはずです」
年月を経て、肉体的な傷は癒えたのかもしれないが、それ以外はどうか。
「動機が復讐だとして、それが今になった理由は——」 「偶然の再会、でしょうか?」
それを判断するには情報が足りない。——だが。
「作為的というか、何かに誘導されてるというか」
「お、刑事の勘でも育ってきたか?」
「女の勘、って言ったら山さん笑いますか」
かつての少女による身内と自身の復讐、という背景は間違っていない筈だ。 赤ずきんを救う猟師は現れなかった。だから当人が狼を狩ろうとしてる。
「——その勘は、何て言ってんだ」
「長男の議員秘書様を監視しろ、です」
角度を変えて事件を見なければならない。
「標的として、次に狙われるからか?」
「いいえ」
——この事件の実像は『赤ずきん』であり、『三匹の子豚』だ。
そして、三匹の子豚は化けの皮を剥がされた。
to be next page. 02´-A https://no-value.jp/novel/23023/