母は、私の名前を呼ぶときだけ、少し息を混ぜた。
それがやさしさだと、長いあいだ思っていた。
朝、まだ眠気の残る台所で、湯気の立つ味噌汁の向こうから呼ばれると、その声は柔らかく、ぬるい布で額を撫でられるみたいに耳へ触れた。熱はないか、眠れたか、弁当は足りるか。母の言葉はいつも、私の体のまわりを先に囲んでから、ようやく意味になった。私はその中で育った。守られているのだと思っていた。外の冷たさや、他人の悪意や、世界の雑さから、母が私を包んでくれているのだと。
たぶん、最初は本当にそうだったのだろう。
小学校の頃、熱を出して寝込んだ夜、母は何度も額の汗を拭いてくれた。冷たいタオルを替え、薄暗い部屋の中で何度も私の顔をのぞき込んだ。目が覚めるたび、そこに母の顔があった。心配そうで、眠たそうで、それでもどこか満たされたような顔だった。私は安心してまた眠った。その記憶は今でも妙に鮮明で、だから厄介だった。やさしさと恐怖の境目は、たいてい後になってからしか見えない。
中学生になる頃には、母は私の予定を私より先に覚えていた。部活の時間、提出物の締切、友達との約束、身体測定の日、散髪の時期。忘れていると、母が教えてくれた。助かったことも多かった。けれど、助かるたびに、自分の輪郭が少しずつ母の側へ移っていくような感覚があった。私が私を管理しなくても、母がいる。そう思うことは楽だった。楽であることは、時々とても危険だ。
ある日、学校から帰ると、机の上に畳んだプリントが置いてあった。進路希望調査だった。朝、鞄に入れたはずのものだ。提出はまだ先だったから、私はそのまま忘れていた。
母が台所から顔を出した。
「これ、落ちてたよ」
そう言って笑った。
私は鞄の中を見た。教科書の間に挟んだ記憶がある。落ちるはずがなかった。けれど、そういうことを言えば、母はきっと少し傷ついた顔をするだろう。何を疑っているの、という顔ではない。そんなふうに思われるなんて悲しい、という顔だ。その顔を私は知っていたし、見たくなかった。
「ありがとう」
そう言うと、母は満足したように頷いた。
「進路、どうするの」
「まだ考えてる」
「遠くはだめよ」
冗談みたいな口調だった。私は曖昧に笑った。母も笑った。笑い声は出なかった。
夕方、洗濯物を取り込む母の背中を見ながら、私はふと、あの人は私がどこへ行くつもりかより、どこまで行けるかを気にしているのだと思った。遠くへ行きたいかどうかではない。自分の手の届く場所から、どれだけ離れられるのか。それを測っている。
父は相変わらず家にいないことが多かった。帰ってきても新聞を読み、食事をし、風呂に入り、眠る。母と私の間にある細い糸の束には気づいていないようだった。あるいは気づいていても、それを問題と感じるほど家に関心がないのかもしれなかった。父がいるとき、母は少しだけ普通の人に見えた。明るく笑い、気の利く妻で、世話好きの母親だった。だから父の前で何かを訴える気にはなれなかった。何を言えばいいのかもわからない。母は私を殴らない。怒鳴らない。閉じ込めない。ただ、私のまわりにいる。いつも、少し近すぎる距離で。
高校に入って、帰り道に寄り道をするようになった。駅前の書店で立ち読みをしたり、川沿いの道を遠回りしたり、それだけのことだった。友達と騒ぐのは苦手だったし、反抗したいわけでもなかった。ただ、家に帰るまでの間に、誰にも見られていない時間がほしかった。
その日も、いつもより二十分ほど遅く帰った。玄関のドアを開けると、家の中は静かだった。夕方の薄い光が廊下に落ちていて、台所から包丁の音が規則的に聞こえていた。
「ただいま」
包丁の音が止まった。
「おかえり」
母の声はいつも通りだった。私は少し安心した。靴を脱ぎ、洗面所で手を洗い、台所へ行くと、母はキャベツを刻んでいた。顔を上げて微笑む。
「遅かったね」
「うん、ちょっと本屋」
「そう」
母はまた包丁を動かした。まな板の上で刃が細かく上下する。私は冷蔵庫から麦茶を出そうとして、手を止めた。テーブルの上に、私が書店で立ち読みしていた雑誌が置いてあった。同じ号だった。表紙に見覚えがあった。
「それ」
と、私が言いかけると、母は先に言った。
「面白そうだったから買ってみたの」
振り返らないまま、軽い調子で。
私は何も言えなかった。偶然かもしれない。駅前の書店でよく目立つ場所に積まれている雑誌だ。けれど、その偶然が、あまりに私の呼吸にぴたりと重なりすぎていた。
「あなた、こういうの好きなのかなと思って」
母がそう言って、ようやくこちらを見た。やさしい目だった。選んであげたのよ、と言う目だった。
「あ、うん」
「よかった」
その日の夕飯は、私の好きなコロッケだった。母は何度も私の皿に手を伸ばし、ソースを足したり、キャベツをよそったりした。私はそれを断れなかった。断る理由がなかった。母はただ親切なだけだ。そう思おうとした。けれど、喉の奥に薄い膜が張ったみたいに、食べ物がうまく飲み込めなかった。
夜、部屋に戻ると、机の引き出しの中が少し乱れていた。ノートの順番が違っていた。消しゴムの位置がずれていた。私は椅子に座ったまま、しばらく動けなかった。怒りではなかった。もっと冷たい感情だった。雪の上に薄く水が張って、その下がどこまで凍っているのかわからないときみたいな、足の置き場のない感覚。
廊下で足音がした。止まる。私の部屋の前だとわかった。
ノックはなかった。
そのかわり、静かな声で名前を呼ばれた。
「起きてる」
私は返事をしなかった。すると、数秒置いてから、もう一度名前を呼ばれた。今度は少し低く、息を混ぜて。
「入るよ」
ドアが開いた。鍵はかけていなかった。
母は、湯気の立つマグカップを持っていた。
「ホットミルク。眠れないかなと思って」
私は受け取った。母は部屋を見回した。散らかっていないか、寒くないか、勉強しているかを確かめるように。けれど、それだけではない気がした。もっと別のものを探している目だった。私の知らない私の痕跡を。
「最近、少し疲れてるでしょう」
「別に」
「お母さんにはわかるよ」
母は笑った。
「小さい頃から見てるんだから」
その言葉に、私はなぜだかひどく寒くなった。小さい頃から見ている。たしかにその通りだった。見られて育った。熱のある夜も、転んで膝を擦りむいた日も、初めて制服を着た朝も。見てもらっていた。けれど今、その積み重ねは、愛情というより観察に近いものとして私の前に立ち上がっていた。
母はベッドの端に座った。
「何かあったら言ってね」
「うん」
「誰かに嫌なことされたとか」
「ないよ」
「本当に」
私は頷いた。
母はしばらく私を見ていた。まばたきの少ない、静かな目だった。やがて立ち上がり、ドアのところで振り返った。
「あなたは、お母さんがいれば大丈夫だから」
そう言って部屋を出て行った。
ドアが閉まってからも、私はしばらくカップに口をつけられなかった。白い液体の表面がわずかに揺れていた。匂いを嗅ぐ。甘いだけだった。別に何も入っていないのかもしれない。なのに、飲み下すことができなかった。
それから数日後、私は学校帰りに友達と映画を見に行った。母には言わなかった。言えばたぶん止められはしない。けれど、そのかわりに別の何かが起きる。体調が悪くなったり、寂しそうな顔をしたり、帰宅後に必要以上にやさしくなったりする。そういうことがわかっていた。だから黙っていた。
映画館を出ると、外はもう暗かった。スマートフォンを見ると、母からの着信が三件、メッセージが五件入っていた。
-どこにいるの
-もう帰る時間だよ
-心配してる
-何かあった
-返事して
私は立ち止まった。友達が「どうしたの」と聞く。私は「なんでもない」と答えたが、指先が冷えていた。急いで電話をかけると、母は一度目で出た。
「もしもし」
声は穏やかだった。
「ごめん、今帰る」
「どこ」
「駅前」
「誰と」
私は友達の名前を言った。母は少し黙った。
「そう」
それから、ほとんど囁くみたいに言った。
「お母さん、今、駅前にいるの」
私は意味がわからなかった。雑踏の向こうで、信号の電子音が鳴っていた。
「え」
「見えない」
心臓が一度、大きく跳ねた。私は辺りを見回した。人が多い。コンビニの光、車のヘッドライト、制服姿の学生、買い物袋を提げた人。どこに母がいるのかわからない。
「どこにいるの」
「あなたがどこにいるかわからないから、探してるの」
母の声は責めていなかった。泣いてもいなかった。ただ、ひどく静かだった。その静けさが、叫ばれるより怖かった。
私は友達に先に帰ってと言って、駅前のロータリーへ向かった。母は街灯の下に立っていた。薄いカーディガンを羽織り、いつもの鞄を持って、こちらを見ていた。怒っている顔ではなかった。むしろ少し安心したように見えた。
「よかった」
母はそう言った。
私は喉が渇いて、何も言えなかった。
「事故とか、事件とか、いろいろあるから」
母は近づいてきて、私の前髪に触れた。風で乱れていたのを直すみたいに。
「連絡くらいしてくれないと」
周囲の人は誰もこちらを見ていない。どこにでもある親子の会話にしか見えないだろう。心配して迎えに来た母親と、少し気まずそうな子ども。それだけだ。私だけが、その光景のどこか薄く透明な膜みたいな異常が張っているのを感じていた。
「帰ろう」
母が言った。
私は頷いた。
帰り道、母はいつも通りに話した。夕飯はシチューだとか、父は今日も遅いとか、洗濯物が乾かなかったとか。私は相槌を打った。母の横顔は穏やかで、むしろ機嫌がよさそうだった。私を見つけられたことに満足しているのだと、思った。
その夜、布団に入ってから、私は初めてはっきり願った。ここからいなくなりたい、と。
大げさな意味ではなかった。死にたいわけでもない。ただ、この家の中で母に見つけられる形のまま息をすることに、急に耐えられなくなったのだ。どこか、母の知らない場所へ行きたい。母が私を思い出しても、すぐには手を伸ばせない距離へ。
けれど同時に、そう願う自分の中に、深い罪悪感が生まれるのも感じた。母は私を愛している。たぶん誰よりも。私のために料理を作り、服を洗い、体調を気にかけ、夜道を迎えに来る。その人から離れたいと思うことは裏切りではないのか。私は冷たい子どもなのではないか。
その問いは、母の声によく似ていた。
翌朝、食卓に座ると、母はいつも通り味噌汁をよそってくれた。湯気が上がる。窓の外は曇っている。父は新聞を読んでいる。
母が私を見る。
「昨日は心配したよ」
やさしく言う。
私は「ごめん」と答える。
母は微笑む。
「いいの。無事なら」
その笑顔を見たとき、私はふと気づいた。母は私の無事を喜んでいるだけではない。心配する権利を、失っていないことに安堵しているのだ。私がどこにいて、何をして、何時に帰るのかを知る権利。私を探し、見つけ、連れ帰る権利。母にとって愛情とは、たぶんその権利の別名だった。
私は味噌汁を飲む。少しぬるかった。
母はまた、私の顔を見ている。
その視線の中には、やさしさがある。献身もある。たぶん本物の愛情もある。けれど、そのどれもが、私を私のままでは置いておかない。母の見える形へ、母が安心できる形へ、静かに、丁寧に、削って整えていく。
父が新聞をめくる音がした。
母が「今日は何時に帰るの」と聞く。
私は答える前に、一瞬だけ考える。正しい時間を言うべきか、少し嘘を混ぜるべきか、それとも何も言わずに席を立つべきか。
けれど結局、私はいつも通りの声で答えてしまう。
その瞬間、自分の中のどこかが、また少しだけ母のほうへ戻っていくのがわかった。
逃げたいと思うたび私は遅くなる。
遅くなるたび母は先回りしてそこにいる。
そうしていつか、本当にどこにも行けなくなるのだろうと、
まだ朝なのに、私は夜みたいな気持ちで箸を持っていた。
