不思議図書館・索「3:司書の契約」

…俺には、生まれの記憶も育ちの記憶も無い。自分が何かさえわからなかった。ただ、真っ暗な場所にいた…それだけしか覚えていない。

ここから出たい、と願った。すると「声」が聞こえてきたのだ。あの人…ユリドール様の声が。

「まあ、全てを根こそぎ奪ったのに…まだ意志があるのね。すごいわ。…不安はあるけれど、契約は契約だし…」

その瞬間、俺の世界は真っ暗な場所から、無数の本が保管されている場所になった。手も足も、身体も自分の目で見えて、動かせるようになる。

「身体とか服は適当にそれっぽいのを見繕ったけど、いいわよね?」

目の前に浮く女性が言う。何を言っているのかが、よくわからない。理解ができていない。

「まるで生まれたての赤子…いや、子供かしら。それじゃあ「司書」は務まらないわね。」

「…ししょ?」

「そう、貴方は今からこの図書館の司書。本の管理人。図書館の外には出られないけれど、図書館の権利と責任は貴方が負うのよ。」

「…ええと…。」

難しい単語と難しい内容で、俺には何て返して言えば良いのか、全くわからなかった。

「…はぁ、それじゃあ「あの子」が困るわ。仕方ない、サービスでそれなりに「知識」をあげる。あと、名前は…うーん…そうねぇ。」

女性はふわりと何冊かの本を宙に浮かせて引き寄せ、パラパラ開いてしばらく考えている。そして、俺に告げた。

「これがいいわ。…貴方にぴったり!本の管理者、物語の語り手、「無」から生まれた…話の「紡ぎ」人、「むつぎ」よ。」

「むつぎ。・・・!?」

それを口にした途端、様々な知識が頭の中に無理矢理押し込まれるようにいっぱいになり、強烈な痛みで頭が割れそうになる。でも、俺は次第に「知識」を「理解できる」ようになっている事に気がついた。

「これで小娘の契約分は完了ね。…次は貴方との契約よ、むつぎ。」

「契約…とは?」

「貴方は、この不思議図書館の司書として生きたい?それとも、また「あそこ」に戻りたい?…ちなみに戻ったら、今あげた知識と名前は消させてもらうわ。」

嫌だ。俺の心は即答する。あんな真っ暗な場所に、また何もわからない状態で居るなんて、望むわけがない。俺は思ったことをそのまま女性に告げた。

「そうでしょうね。…では、契約をしましょう。私の名は、ユリドール。この不思議図書館の本を直す「本の修理者」として、司書の依頼を請け負うわ。あと特別に貴方の教育もしてあげる。本の扱いの魔法や図書館の調整も知らないでしょうし。…その対価として…」

女性…ユリドールは扇の先をビシッと俺の顔ギリギリに突きつけて言う。

「図書館「司書」としての役割に関係の無い「感情」を「深く知ってはならない」。」

「感情…。」

「本を読むにあたって、そういう「知識」は得るでしょう。でも「司書」としての行動に必要の無い感情を…深く理解してはダメ。それは「司書」に不要なもの。これが契約の対価。これさえ守っていれば、貴方は永久に「不思議図書館の司書・むつぎ」でいられるわ。」

俺はユリドールとの契約に同意し、本や図書館の管理の魔法を教わった。

司書として1人で任せても大丈夫だと判をもらってからは、図書館内の本を読み漁る日々が続き、だいたい今ある本を読み終えて、新しい本をちまちま読みながら整理し続けるようになった頃。

あの少女が…みるが、ユリドールと共に図書館にやって来たのだ。

…目を開けると、図書館の別室のベッドに横になっていた。

そうだ、確か…みるを追いかけようとしたら何かが頭に浮かんで、それから酷い頭痛が起きて倒れたのだ。

上半身を起こすと、ソファーで眠っているイミアとサラミを見つける。きっと彼女達が運んでくれたのだろう。申し訳ない。

俺は、みるに叩かれた頬をそっと撫でる。痛くはないが…「痛かった」のは確かに覚えていた。

「みる……。」

多分、ユリィ様はこの為に契約内容をあんな風にしたのだ。みるの特別な「スキ」という感情を深く知ろうとして、みるが傷つくと知っていたから。いや、もし他の誰かでも、きっと同じだっただろう。俺だけが、知らなかった。

どちらも「痛かった」と。

…一方、みるは自宅で半泣きになりながらユリィに今日あった出来事を話していた。

「しばらく図書館には、行かない方がいいかも知れないわね。」

ユリィにそう言われて、みるはしょんぼりとしている。

「でも…やっと見つけた久々の痕跡が…。」

「これまでに見つけた痕跡の数は?」

「んと…図書館ので、5つ。」

「あと2つ…ね。「7つ黒い羽根を見つければ、場所がわかるようになる」…そう言っていたわ。」

「もうちょっとなのに…。」

テーブルに突っ伏して、どんよりしているみるに、ユリィは頭をナデナデしてあげる。

「貴女を「裂いた」のも「バアル」なら、貴女の今に障害になってしまっているのも「バアル」なんて…しつこい…いや、酷い因果ね。」

「…「バアル」?」

「ああ、みるは覚えていないのだったわ。「バアル」は悪魔の中の悪魔…「大悪魔」を意味する言葉よ。大悪魔程強い悪魔は、名前の最後に「バアル」を付けているの。」

「…そう、なんだ…。」

「みる?…顔が何だか青いわ。少し休みなさい。」

「うん…。」

みるは、むつぎに言ってしまった言葉を思い出し、何だか悪い予感がしていた。

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メルン

小説を書くのが好きな、アニメ・ゲーム・読書が趣味の人です! 目についたものや不思議なことを小説にしたり、絵にも挑戦したいです。 ほのぼの、ほんわか、ちょっと謎な話もあるかも…?

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