…むつぎが倒れてから一週間後。相変わらず、むつぎは司書として不思議図書館の管理をしていた。
イミアが「安静にしてなきゃダメ!」と聞かなくて、目覚めてから3日はベッドから出してもらえなかったが、幸い急ぎの用件や作業は無かったので安堵した。
みるとユリィは未だに図書館に姿を現さないが、イミアとサラミが毎日様子を見に来てくれる。特にイミアは、頭痛薬や身体に良い食べ物やアロマなどを持って来て、熱心で献身的にむつぎを見てくれた。サラミは、みるの様子を報告してくれる。どうやら頻繫にユリィがやってきて2人で話や作業をしているらしい。具体的な内容はサラミにはわからないとか。
「あの2人の会話、なんか時々、言語がわからない言葉になるんだよ。どこ行ってもそんなことは無かったのに。」
サラミは色々な場所へ放浪しているが、言語がわからなくなったりはしなかった。これは不思議図書館に関する者なら全員が、能力のオマケ的なモノとして必ず持っている。
「多分、ユリィ様の認識阻害の魔法か何か…じゃないかな?」
「にんしきそがい?」
「話をしている、と、わからなくするようなことだよ。」
「うにゃ…みるがアタシに隠し事なんて…。」
「サラミに隠したいんじゃなくて、サラミが聞いてもわからないんだと思うよ?」
イミアがむつぎとサラミが座っているテーブルに、持って来たアップルパイを切り分けたものを置きながら、言った。
「あたしもあったもの。先生のところで能力の修業をしている時に、みると先生の話している言葉がわからなくなること。」
「じゃあ…わざわざ、わからなくしている必要あるのか?」
「もっと別の何かから隠したかった、あるいはー……あたし達の頭に残ると困るから?とか。」
「ワケわかんない。はむっ。」
お手上げ状態なサラミは、分けられた自分のアップルパイにかぶりつく。むつぎも話を聞いても答えは出なさそうだ。
「…あとは、これだけか。」
むつぎは先程まで読み返していた『双子の神娘(みこ)』の本に片手を置く。
「またそれ読んでたのか、むつぎ。」
むつぎは目覚めてからずっと、時間があればこの本を読み返している。イミアもサラミも特に止めはしていない。
「みるが散々「みた」から入らないって本なー。」
「あたしも先生に複製版を借りて読んだよ。」
「アタシもそれを読んだけど、ヒトの傲慢さに振り回された双子の話ってだけじゃないのか?それをみるが何度も本に入って「観た」から、飽きたとか疲れたとか。」
「それだけの本をユリィ様が読めって渡すか…?」
「それは、確かに。」
うーん、と悩むサラミとむつぎだが、それをよそにイミアは単純に本の感想を述べる。
「最後の双子の2人の願いは叶ったのかな?別な世界で…2人は1人になったのかなぁ。だったら良いなー。優しい女神様達なんだから、幸せになってほしいよね。」
イミアは笑って、アップルパイを口にした。
・
…イミアとサラミが帰った後の、その日の夜中。
むつぎはまだ本を読み返しながら、イミアが言った言葉を思い出していた。
「・・・双子の女神は、願いが叶って1人になった・・・か?」
本は、双子が2人ではなく1人になりたいと、星に願っている場面で終わっているので、その後の事はわからない。
「仮にイミアが言っていた通り、女神が1人に生まれ変わっていたとして、それが…みるに何の関係がある?」
[お節介のせいで今は一時的に「神霊」になってしまったけど。]
むつぎとしては、みるではなくユリィに関係がありそうだと思う。神霊が具体的にどんな種族なのかは、今のところどの本にも書いていなかった。
「神つながりなら…ユリィ様の方が…」
急にむつぎの瞼が重くなってゆく。眠る事は不要な身体の筈なのに。頭痛といい、ここ最近のむつぎの身体は、今までに味わったことが無いことばかり起きる。
その始まりは…
「全部…あの黒い羽根を見た時からだ……あんなものさえ無かったら……みるも…変わらず…いつもみたいに……ここに……。」
むつぎの意識は、眠りの闇に落ちていった。
・
・
【……さま……聞こえ……!?】
(誰だ…?)
暗い闇に浮かぶむつぎに、どこからか知らない声が聞こえてくる。
【お兄さま!聞こえていますの!?お兄さま!!】
(お兄さま……?)
【ああ!!聞こえますのね、お兄さま!長かった…ようやくお兄さまの意識と繋がりましたわ!】
(何を言っている…?)
【申し訳ありません、お兄さま。今ワタクシが出来るのは、これくらいですわ。…お兄さま、どうか「とある本」を手に入れてくださいまし。】
(とある本…?)
【その本に、お兄さまが知りたいことが全てありますわ。】
(俺が…知りたいことが全て…。)
【ワタクシと話したと誰にも告げずに、本を手に入れるのですわ!特に、扇を持った女には、絶対に気づかれてはいけません!】
(ユリィ様のことか…?…その本の題名は?…いや、そもそもキミは誰なんだ…?)
【・・・やはり覚えてはいないのですね、お兄さま。…ワタクシの名は「ゼルル・ソヴァンヌ・バアル」。お兄さまを敬愛する、唯一無二の妹ですわ!】
(妹!?…俺に…妹!?)
【あ、特に血の繋がりとかはありませんの。自称・妹ですわよ。…さて、お兄さまが手にするべき本の名は…】
(本の題名は…?)
【魔導書「グリモワール」。わかりましたわね!?■■■■■■お兄さま!!】
その言葉を最後に、声もむつぎの意識も、ぷつりと途絶えてしまった。
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