ある暑い夏の日、私は家から少し離れた山の中にいた。 この山にはカブトムシやクワガタが棲んでいると、学校で噂になっていた。まだ一度も自分で捕まえたことがない私は、その話を聞くたびに憧れと羨ましさを募らせていた。
そして今日、私は唯一の友人を誘い、一緒に山へとやってきた。 麦わら帽子を被り、虫取り網と虫かごを持ち、麦茶をたっぷり入った水筒を肩に提げて、準備は完璧だ。
三十分か、あるいは一時間か。 森の中を夢中で歩き回ったが、時計を持っていなかったため正確な時間はわからない。
「ミン、ミン、ミン、ミン――」
あちこち探し回ったものの、見つかるのはセミとその鳴き声ばかり。しびれを切らした私たちは、手分けして探すことにした。 しばらく歩いていると、緑の森には似つかわしくない、奇妙なプラスチック製の箱が目に入った。それが何なのか気になり、近づこうとしたその時、遠くから声が聞こえた。
声のした方へ急ぐと、友人の姿があった。その手には、立派なカブトムシが一匹入った虫かごが握られている。 ともかく一匹だけでも捕まえられたことに二人で喜び合い、すっかり歩き疲れていたこともあって、その日はそのまま帰路についた。
翌日、どうしてもあの箱のことが気になり、私はもう一度あの森へ行くことにした。 昨日と同じ装備を身につけ、あわよくば今度は自分もカブトムシやクワガタを捕まえられたらいいなという期待もあった。場所はしっかり覚えていたため、あっという間にあの箱の場所へたどり着いた。
近づいてよく見ると、それはただの古びたゴミ箱のようだった。 その横には錆びた立て看板が置いてあり、こう書かれていた。
「すてられるものはなんでも、いくらでもすてられます」
半信半疑だった私は、試しにそのへんに落ちていた石を入れてみた。しかし、特に何も起こらない。
「やっぱりただのイタズラか……」
そう疑った私は、今度は家から不用品をかき集めることにした。それらを抱えて再び森へ戻り、次々とゴミ箱の中へ放り込んでいった。 全部入れ終わったところで、投入口から中を覗き込んでみる。
――中は、からっぽだった。 さっきまで入れたはずの不用品たちが、跡形もなく消え去っていたのだ。
この結果を目の当たりにし、私はこのゴミ箱が本物であると確信した。 あまりに突飛な現象に戸惑いつつも、まずは名前を付けることにした。とはいえ、すぐに気の利いた名前が思い浮かぶわけもなく、とりあえず「なんでもごみばこ(仮)」と呼ぶことに決めた。
それからというもの、家に不要なものが出るたび、私はそこへ持って行き処分した。私にとって、その場所は誰にも知られない秘密基地のようになっていった。
ある日、友人が学校にあの日捕まえたカブトムシを持ってきた。 どうやら、クラスの他の人たちのカブトムシと戦わせようということらしい。どんな結果になるのか気になり、見物しようと近づいた私に、別のクラスメイトが冷たく言い放った。
「カブトムシ持ってない奴は呼んでないんだけど」
私は、友人があのカブトムシを捕まえた経緯について、本人の口から皆に説明してもらえば納得してもらえると思った。だから、友人に説明を求めた。 しかし、返ってきた答えは予想外で、そして残酷なものだった。
「これは、俺が自分で取ったやつだから」
その言葉を聞いた瞬間、私のなかに激しい失望が広がった。その日の学校の時間は、すべてが無意味なものに感じられた。
放課後、私は一人で「秘密基地」へ向かった。 そこで溜まりに溜まったストレスを吐き出すように、散々友人の悪口を叫び散らし、最後にはこう言い放った。
「〇〇(友人の名前)なんて、いらない!」
次の日の朝、昨日の一件について一度ちゃんと話そうと思い、私はいつも通り登校した。 自分の席に座り、友人が来るのを待っていると、一人、見慣れない人物が教室に入ってきた。転校生だと思ったが、すぐにそうではないと気づいた。
彼女は、友人がいつも座っていた席に、あまりに当然の顔をして座ったのだ。 周りのクラスメイトたちも、それを怪しむ様子はなく、まるで最初からそこにいたかのように自然に接している。クラスの一人が彼女の名前を呼んだ。
――聞いたこともない、知らない名前だった。
見た目も、名前も、性別も完全に別人。 だが、彼女の手にある虫かごとその中身だけは、私がよく知るものだった。
彼女は今、教室で他の人のカブトムシと戦わせようと盛り上がっている。嫌な記憶が頭のなかで蘇ってきた。 しかし、彼女はふとこちらを向き、私に「一緒にやらない?」と声をかけてきた。そして、周囲にこう自慢げに語り始めたのだ。
「このカブトムシは、私とあいつ(私)で一緒に取ったものなんだよ」
耐えられなかった。強烈な気味の悪さがこみ上げてきた。 彼女のことは見たことも聞いたこともない。もちろん、あの山へ一緒にカブトムシを取りに行った記憶なんてない。 それなのに、まるで昔からの友人であるかのように振る舞ってくる姿が、ひどく不快で、そして底知れぬ恐怖を覚えた。
それから、私が学校に行くことは二度となかった。 彼女に顔合わせるのが、どうしても怖かったからだ。
しばらくの間、彼女は私の家のチャイムを鳴らし続けていたが、いつからかそれも来なくなった。
これ以降、私があの「ゴミ箱」について考えることは一度もなかった。
あんな気味の悪いものが、一体誰によって、何のために設置されたのかさえも――。
