グリモワール。フランス語で魔術の書物を意味し、特にヨーロッパで流布した魔導書を指す。グリモワールに「分類される」本はあるが、グリモワールという題名の本は、むつぎは知らない。
あの夢?を見て目覚めた時から、むつぎは不思議図書館の隅から隅…特に禁書を中心にグリモワールと関連する書籍を探した。だが、どれもむつぎの求めている「魔導書グリモワール」では無い。
「・・・・・。」
むつぎは悩んだ末に、あることをし始めた。
・
更にその翌日、みるの元にイミアがやって来る。
「珍しいね?イミアが私と2人だけで会いたいって言って来るなんて。」
「うん、あたしも困ったけど、どうしてもってお願いされて…」
「お願い?」
みるが首をかしげると、イミアは腰のバッグから手紙を取り出した。
差出人は…むつぎ。
「みると2人だけで読んで、どうしてもそこに書いてあることをしてほしい…って。むつぎさん、真剣な顔をしていたし、あたしの能力的にも想いがあるって伝わってきたから…あたし、断りたくなくて…。」
「ふむ。…それは…ね。」
イミアの選択をみるは否定しなかった。イミア個人の気持ちは抜きにしても、イミアの「運び屋」の能力での目利きは間違いない。相当な想いがこの手紙には込められている。
「開けて読むよ?」
「うん。」
みるはイミアから手紙を受け取ると、封筒から中身を取り出し、イミアに見せながら手紙を読んだ。
『みるちゃん、イミアちゃんへ
俺は覚悟を決めてペンを取りました。
どうか2人に、俺からの最後のお使いをしてほしい。
ユリィ様やサラミ…他の誰にも知られずに「魔導書グリモワール」を見つけて、俺に届けてほしい。これが最後のお使い…いや「お願い」だ。
終わった後、俺はみるちゃんの事は一切詮索しない。関わらないし、頼み事もしない。
ただの司書として、自分で全部するよ。もちろん、イミアちゃんやユリィ様とは仕事のやり取りはするけど、本当にそれだけだ。この手紙を誓約書にしてくれて構わない。
どうか、お願いします。 むつぎ』
むつぎからの手紙。その内容に、みるは戸惑いを隠せない。
なぜなら…
「私…知ってる…魔導書のある場所…。」
「ええ!?みる、知ってるの!?」
「イミアは覚えていないの!?私達2人で師匠のところで修業したじゃない!」
「それは覚えてるけど…」
「師匠の部屋の本棚にあったよ!魔導書グリモワール!何回も交代で掃除したじゃん!」
「確かにしたけど、本棚にそんな本あったっけ…。それに、先生やサラミに気付かれずに魔導書を持ち出して届けるなんて…出来る?」
「わからない。でも、イミアとなら出来る…と思う。」
「あたしと?何で?」
「イミアの運び屋の能力と私の魔法なら、いける気がする。イミアはどう思う?イヤなら断ってくれて全然いいよ。」
「…やる。むつぎさんの手紙から伝わった想い、無駄にしたくない。」
「ほら、そのイミアの思い。だから私はイミアなら運べるって思うの。」
「そうかなぁ…でも、ありがとう、みる。」
「こちらこそ、ありがとう。…むつぎの…「願い」なら、仕方ないね。」
・
2人の「お使い」は、その日の夜に図書館の前で決行された。
「私が全力でイミアをサポートするから、イミアは「運ぶ、届ける」に集中して。」
「う…うん、わかった。でも、もし先生に会ったら…」
「私が何とかするから、イミアは止まらないで。」
いつになく真剣な顔のみるに、イミアは頷く。
すると、キン!という耳鳴りのような音と共に、みるの足元に薄桃色の魔法陣が光り始めた。更にみるの手から同じ色の光の球が現れ、宙に浮かんでイミアの傍を浮遊し出す。
「サーチ!」
みるが唱えると、頭の中に地図とユリィとサラミ、そしてイミアの位置が浮かんでくる。
「…大丈夫、今は師匠もサラミも、あの家の近くにはいない。イミア!」
「わかった!」
みるの声を受けたイミアは走り出した。その傍をみるの光の球2つも浮遊しながらついていく。
場所はわかる。
だから到着に時間はかからなかった。
「着いたよ、みる。」
『わかった、ちょっと待って。』
図書館前のみるは魔法陣を発動したまま、光の球を通じてイミアと会話し、更に魔法をかける。
『デセイヴ!』
幻惑系の魔法。これでしばらくイミアは周囲を「欺ける」ようになった。結界や探知魔法などにも引っかからないし、魔導書に防護がかかっていても手に出来る。
『行って、イミア!』
「うん!」
イミアは扉を開けて、慎重に、でも急いで目的のユリィの部屋を目指した。鍵すらも「欺いて」いるので、イミアの前に障害はほぼ無い。誰も来ないかは、みるがサーチの魔法で見ているから、何かがあればすぐにみるが知らせてくれる。
(でも、これだけの魔法を長く使っていたら…みるが…!)
魔法は、本人の技術と魔力量で成せる技。魔力が無くなってしまえば、生命の危機すら有り得るのだ。
だからイミアは、潜在的にあって使える「能力」を得ることにした。…あまり魔力が無い、というのも理由の一つだが。
そうこう考えているうちに、ユリィの部屋にたどり着いたイミア。中に入ると、本棚に確かに魔導書グリモワールがあった。
(確かにあった!…それなのに、なんであたしは覚えていなかったんだろう…?)
イミアは魔導書をバッグに入れると、すぐさま部屋を出て、家から脱出する。
後は、ひたすら図書館を…むつぎを目指して走る。
絶対に届ける、その思いだけを抱いて。
「みる!」
図書館の前…魔法陣を発動しているみるの姿が、イミアの目に映る。
だが、みるはハッとして右手を振り上げた。するとイミアについていた光の球がイミアから離れ、イミアの後方に飛んで行き…弾け飛ぶ。
イミアのすぐ後ろに、ユリィが浮かんでいた。
みるの魔法の効果が徐々に弱まって、ユリィに感知されてしまう程になっていたのだろう。
それでも、みるはイミアの前に出た。
「イミア、入って!」
「でも!」
「言ったでしょ、私が何とかするから、イミアは止まらないで、って!」
会話をしている間に、ユリィは扇を開いて攻撃してくる。
「…氷術・雪花針!」
「弾ける流星・シューティングスター!」
飛んできた無数の氷の針を同じ数の光の球を飛ばして相殺した、みる。
その間に、イミアは図書館の中へと飛び込んで入っていった。
・
・
「…まさか、貴女がアレを助けるなんて。記憶が無いって、素晴らしいわ。」
「って事は、私の記憶が「ある時から師匠に起こされるまで」の間、ぶっつり途絶えているのは…」
「そう、アレの…むつぎのせいよ。まあ、やったのはアレじゃなく、クロハネだけど。」
「…どうして?」
「それはこちらの台詞よ、みる。どうしてアレを助けるの?アレは貴女とクロハネを引き「裂いた」、今も貴女の障害になっている存在なのに。」
みるは、ユリィの顔を見て、はっきり言った。
「…「お願い」って、言われたから。」
それを聞いたユリィは何かを諦めた様子で、哀しい顔になる。
「なぜ、貴女は…記憶を失っても「願いを叶える」の。なぜ、やっと「双子から1人の少女」に生まれ変わったのに、復讐しないの…。」
「それ、何度も聞いてきたよね、師匠……ううん。「ユメリィ」。」
「だって…貴女は…生まれ変わってもどれだけ苦労してきたのよ!貴女は人間!人間が神に、人の身体のまま…「女神」になる事がどんなに辛く厳しいか…」
「うん、辛かった。何で私なんだろうって思った。でも…私に希望をくれたのも魔法で、女神の力だった。だから……私は「■■■」を救うって決めた時から、女神になる事を選んだ。女神になれるように「強い願い」を叶えてきた。ユメリィの時みたいに。」
「そうよ!どうしようも無い時、貴女がやってきて私は救われた!…だからずっと貴女を支えようとしてきた!」
「…ごめんなさい、ユメリィ。きっと大変だったよね?」
「それは…無いわ。だって私には、貴女が叶えてくれた「願い」があったから。」
「じゃあ、もうちょっとだけ…私のワガママに付き合ってくれる?」
…その時、図書館の扉が開き、まるで中に吸い込むような強い風が起こった。
「ユメリィ、後は任せたよ。」
「ダメ!…ミ…みるっ!!」
女性は手を伸ばしたが、みるはその風に身を任せ、図書館の中に吸い込まれていく。扉は他は要らないと言わんばかりに閉じてしまった。
「みる…っ…私は…クロハネに貴女を任せられていたのに…!」
地面に降りて図書館を見上げる女性。
見上げる図書館は暗い雲に覆われていた。
暗い雲の僅かな隙間から、黒い羽根がひらりと舞い落ちて、女性の手の平に乗る。
「…!!」
女性は顔を上げて図書館全体を見た。
「まだ…みる達の為に、出来ることがあるのね?クロハネ。」
暗い雲からは、やがて雷鳴が響き始めた。
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