…みるとユリィが対峙している頃、図書館の中に入ることが出来たイミアはむつぎを呼んだ。
「むつぎさーん!お届けものでーす!」
珍しく僅かな照明しか付いていない図書館内は不気味だったが、むつぎが奥から歩いてきてくれて、イミアはホッとする。
「…イミアちゃんだけ?みるちゃんは?」
「図書館の外で、先生を止めているんです。魔導書は先生が持っていて…」
「ああ…そうだったのか。悪い人だなぁ。」
「早くむつぎさんに渡さなきゃって、みるがあたしを庇ってくれて…。はい、これです!」
イミアは鞄から本を取り出して差し出す。
「…ありがとう。これで、やっと…」
むつぎは差し出された本を手にした。その瞬間…
「ー「俺」が全部返ってくる。」
バキッ!!とむつぎの赤いブローチが粉々に砕け、何故か室内なのに風が吹き荒れる。むつぎが手にした本…魔導書グリモワールを開くと、本から黒い霧のようなものが吹き出し、むつぎを包み込む。
ーーむかしむかし、あるところに、女神さまがいました。
ある時、1人の若者が女神さまに恋をしました。
しかし女神さまには、既に愛する者がいました。
若者が女神さまに無理矢理せまったせいで、女神さまはココロがバラバラになってしまいました。
愛する者は、女神さまの一番大事なココロのカケラを持って逃げ去りました。
若者は罰として、牢獄に閉じ込められました。
若者の妹は、兄を助けようとしました。
妹は悪霊と契約し、身体を奪われました。
妹は、兄の代わりに牢獄に入りました。
大事な兄の記憶と力を預かり、隠して。
それから間もなく、兄は牢獄から出ました。ーー
【ああ、待っていましたわ!お兄さま!さあ、受け取ってくださいまし、貴方の記憶と力!】
「む、むつぎさん!?何が…」
むつぎは黒い霧を吸い込み、深呼吸をした。
「……!!」
イミアはむつぎが黒い霧を吸い込んだ瞬間、ゾワゾワと背筋が震える。ここに居てはいけないと本能が警告し、震えが全身に広がり、冷や汗が止まらない。
「…はあ。そうか、そうだったのか。」
むつぎは俯いていて、顔が見えない。ただ右手を上げると、本棚の本が浮かび出し、2つの本から紐のようなものが出て来て、イミアをぐるぐる巻きにして捕らえた。
「きゃあっ!!」
【気分はどうですか?お兄さま。】
「ああ、ありがとう、ゼルル。お前が身体を張って、あの女から俺の記憶と力を守っていたんだな。」
【クスクス、そんな。お兄さまの為なら身体すら惜しくありませんわ。】
グリモワールから聞こえる少女の声に、当たり前のように会話するむつぎ。イミアには恐怖しか無い。
「あとは……みる、いや……「女神」だけ。外の女神を引っ張って来い。」
むつぎが言うと、図書館の扉が開いて風が吹き込んでくる。
いや、「図書館が吸い込んでいる」と言った方が正しいかも知れない。
しばらくすると、風の吹くままに人影が入ってきた。それを逃すまいと扉は完全に閉じる。
人影は間違いなく、みるだった。だが、表情は至って冷静に見える。
「やあ、いらっしゃい、みるちゃん。」
いつものむつぎの、いつもの挨拶。でも…
「こんにちは、「むつぎじゃない」貴方。」
みるは、既に見破っていた。
「ああ…やっぱり…やっぱり「キミ」はそうなんだ!!例え「みる」になってしまっても、キミはあの時のまま…俺の好きな「女神」なんだ!」
狂ったように笑みを浮かべて言い連ねる、むつぎの姿の男。それを冷ややかな目で見ている、みる。
「今度こそ逃すものか。絶対に俺のモノにする。」
「私はまだ記憶が無いけど、悪くてやばいヤツってのは、わかるよ。」
「…ああ、キミの記憶は「ヤツ」が持ち去ったんだっけ。本当に腹が立つよね?せっかく引き「裂く」事が出来たと思ったら、キミから、俺と出会った時からの記憶と女神の力のほとんどを持って、逃げるなんて。おかげでキミをこーんなに苦労させて。」
「そう?私はその判断を悪いとは思っていないわ。だって「あの人」の判断だもの。必ず考えがあるって信じている。」
「……ふぅん、そう。そんな弱った姿で、俺の前に立っていても…まだ「ヤツ」の方に付くんだ。俺が「何者」かわからないのに。」
「当たり前でしょ。」
むつぎの姿をした男は、背中から合計4枚のコウモリの翼を生やした。
「俺はむつぎ…いや『ベルフェリオ・バアル』。悪魔の更に上位種…「大悪魔(バアル)」の位を持つ者。」
後編に続く。