朝から雨の日は1日中、憂鬱なものである。
今年、24歳を迎える優日(ゆうひ)はこんな日には大好きなチェリーパイを食べることにしている。
だけど、今日はそのチェリーパイをどうも食べられそうにない。
いつものように雨の日に優日はいつものカフェでチェリーパイを注文した。
「チェリーパイと紅茶を下さい。」
「アーすいません。今、売れ切れてしまいました。」
「えっっっ!マジ。」
「すみません、たった今、お客様が・・・。」
チェリーパイを注文したらしき青年と眼が有った。
「あのー良かったら、半分にしませんか?」
「えーでも、悪いですよ。」
「いえいえ、僕はちょっとだけ食べれば良いんです。」
「そうですか?」
「仕事で疲れていたので、甘い物が食べたくなったんです。それに、雨ですし・・・。」
「はい?雨ですか?」
「はい、雨です。」
「料金はちゃんと取って下さいね。」
こうして、見知らぬ二人がチェリーパイを半分づついただく事になった。
「あのー、さっき、雨の日がどうとか?」
「あー知り合って間も無いあなたに話すことではないのですが、僕は小さい頃、鍵っ子で、学校から帰って来ると夜まで一人きりでした。
天気のいい日は外で遊んで気を紛らす事が出来るんですが、雨の日は家で一人で寂しい思いをしました。」
「そんな事が・・・。」
「それで、そのさびしい気持ちを紛らわせてくれたのが、母の用意してくれた甘いお菓子でした。いま、マザコンだと思いませんでしたか?」
「いいえ、そんなことはありません。私も同じ思いをしましたから、だから、雨の日になると大好物のチェリーパイを食べたくなるんです。」
「そうですか。良かったら、雨の日にはここで、一緒にチェリーパイを食べませんか?一人で食べるより、二人で食べた方が美味しく感じますよ。」
「はぁ。」
「警戒しないでください。僕はこういうものです。」
その青年、神田 伊織は名刺を優日に差し出した。
「先生?」
「はい、私立 緑が丘中学の英語の教師をしています。」
「えー、緑が丘?私の母校です。渡邊先生はお元気ですか?」
「はい、頭がだいぶ寂しくなりましたが、元気に生活指導をなさっていますよ。」
「あははは、昔も少し頭が寂しかったけど、お元気なんですね?だいぶ、渡邊先生にはお世話になりましたから。」
「そうですか。渡邊先生に言っておきます。」
「私に会ったことは渡邊先生には言わない方か良いかも・・・。」
「そうなんですか?じゃあ、黙っておきます。」
思いのほか話しに盛り上がった二人は雨の日の再会を約束して別れた。