ーむかしむかし…そこは小さな国だった。
他の国より発展は遅れ、金銭も少ない貧しい土地。
でも、そんな貧しい土地を住人は嫌っておらず、助け合いながら暮らしていた。
それは、人ならざる存在達も同じ。
皆互いの領域やナワバリを守りつつ、喧嘩もするけど仲良く暮らす。そんな平和な国。
その国を見守ってきた、1人の女性がいた。
女性は「夢と現実を繋ぐ能力」を持つ「霊」だった。
女性はかつて、国を1つに纏めたリーダーだったが、国の存続と引き換えに処刑され、さまよえる霊となったのだ。
…それでも良い、だって国は無事だもの。大好きな故郷。私の…みんなの国。女性はそう思っている。
この時間が、ずっと続いていくのだ…と。
・
人は「忘れる」生き物。
数百年経った頃、女性が命をかけて守ってきた国は、隣国達に狙われ、大国に吸収されかかる。
…なぜ?私が命をかけて守った国を…奪うの?…奪われようとするの?
約束したじゃない、私が処刑されたら、もう国を狙ったりしないって。
なぜ、みんな「忘れて」しまったの?
女性の憤りは止まらない。
人は「忘れる」…そして「知らない」と言う。
時間の流れは残酷に、女性の心を傷つけた。
・・・許さない。
女性は「霊」から「悪霊」になって暴れた。今まで保ってきたものを失ってでも、国を害する者を追い込み、呪う。夢に入って悪夢を見せる。
忘れた人も、知らない人も、みんなみんな、恐怖した。
…ああ、愉しい。
女性はすっかり目的を見失って、暴れ続ける。
「忘れられて、自分まで忘れてどうするの!」
女性の前に突如現れたのは、黒い長髪に白い大きなリボンを付けた少女と、長い銀色の髪をひとつに纏めた男。
「誰…?私の愉しい時間をジャマしないで。」
「貴女が愉しくてもね!「この世界」は愉しくないの!本当は貴女も愉しくないでしょ!?」
「え?…そんなこと…」
「無いなら、私はここに来ないの!」
…何だ、この娘は。なぜ私のジャマをする?
…私を…
「私を「ユメリィ・ドールレス・ファンタズマ」と知っての所業か!!」
かつて、この小国・ファンタズマ国の唯一たった1人の女王だった女性。
その身をもって国を守った女王様。
それが女性の…ユリィの生前の姿だった。
・
悪霊になって暴れている者がいる。
その「世界」が、みるに救いを求めた内容は、こうだった。
みるは女神の力…星の力で、強く願う「世界」の声を聞くことができる。寿命、生命力の枯渇、生物の戦争、だいたいそういう理由が多いが、少なくはない理由に「たった1人の強者の暴走」もあった。
ゲームでいうラスボス、或いは裏ボスや隠しボスのような強者が暴れ、話を聞いてくれない者もいる。
「戦争よりはだいぶマシなパターンかな。」
「だといいが…なっ!」
同行しているレフィールが、いち早く攻撃を察知し、みるを抱えて黒い翼を出して飛び、避けた。
「ありがとう、レフィ。」
「どうやら黙らせないとならないパターンだな。」
「うーむ…なんか話せそうな感じなんだけどなぁ。」
みるはレフィールに抱えられて、ユリィの飛ばしてくる青白い鬼火攻撃を避けてもらいながら話す。みるとて余計な戦闘はしたくないのだ。だからギリギリまではレフィールに回避や防御を頼んでいる。
「お前がそんな態度だから悪いんじゃないか?」
「そう思って下手に出て、何回後悔した?」
「…数えるのをやめた。」
「でしょ?自滅させたいならハイハイって黙っておけばいいけどさ。」
「ならどうする?相手は悪霊、それもかなり力を持っている。」
「まあ…アレしかないでしょ。」
みるはレフィールから離れ、白い魔法の翼を出して飛んだ。
「あら、別れちゃっていいの?」
ユリィは魔法陣を展開し、みるには背後から、レフィールには正面から魔術を仕掛ける。
「私の術は重いわよ?クロハネ。」
黒い翼のレフィールをユリィはそう呼んだ。刀を持つレフィールは魔術に強くない、対してみるは魔術に強そうなので死角を狙う。
「夢現術・侵呪!!」
ユリィが同時に発動させた魔術は、どちらかがどちらかを庇う事など不可能なタイミングだった。どちらかが動揺した隙を突けば良い…そうユリィは思う。
だが…
「「リフレクト!」」
「なっ!?」
みるとレフィールは何の合図もすることなく、術や技を反射する防御魔法を同時に繰り出した。どんなに事前に打ち合わせしていようと、次に相手が出す術を完全にわかっていなければ、タイミングは必ずズレる筈。でも、一切ズレていない。あらかじめ仕掛けていた訳でもない。
ユリィの術は同時に反射して跳ね返り、逆に自分が片方を防いでも、片方を受けてしまう立場になってしまった。
「ぎゃあああ!!」
反射した術を受けたユリィは浮いていられなくなり、ゆっくりと地上に落ちていく。
「ステルロック!」
そんなユリィをみるが魔法で拘束し、地面スレスレで身体は止まった。
「呪術系の技って、強力だけど自分に跳ね返されると威力が倍になるんだよね。」
「必死に反射特化の防御魔法を覚えた甲斐があったというものだな。」
「な…でも…どうしてタイミングまで…」
「何年一緒にいると思ってんの。ねー、レフィ?」
「ふっ…どうだか?お前が3秒早かったから修正が大変だったぞ。」
「えっ!?ご、ごめん、早かった!?」
「……冗談だ。」
「ちょっと、レフィー!!」
身内が見たら呆れ果てそうなやり取りをする2人。だが、ユリィは黙って聞くフリをしながらも、どうやって拘束魔法と反射した術のダメージを回復するかを考えていた。
「…で、悪霊さん。私は女神の力を持つ者として、この「世界」が壊れてしまいそうだから、助けてほしいって聞いてきたんだよ。何でそこまでして暴れてたの?」
「世界が…壊れ…?何を言っているの、この国を忘れる者なんか、いらないわ。そんなのがいるから世界が壊れるのよ。ずっとずっと、この国が在ればいい。それが私の…」
「…夢、だったんだね。」
「夢…?」
「貴女が命をかけて守った国が、ずっと在り続けてくれる…それが貴女の夢。だから貴女は霊になってから能力に目覚めたんだ。でも…」
「現実は、お前の夢のままではいてくれ無かった。…世界も国も、住まう者があってこそだろう?残酷だが、人は発展し、より進歩しようとするものだ。」
レフィールは少し哀しげな表情を一瞬だけ見せる。自分も、みるも、発展しようとする人の、欲深い部分の被害を受けた者だからかも知れない。
「私はっ…私は…この国を失いたくない…!忘れてほしくないっ…でも…どんな事をしても民は忘れてしまう…語り継ぐ事も、残し継ぐ事も、途中で止めてしまうのよ…!!」
涙を零しながら、ユリィは言葉を紡いだ。どうしても忘れられる事を止められなくて、愛する国が有ったことをずっと残せない現実に、泣き崩れるしか無かった。
「………うーむ。」
そんなユリィの姿を見たみるは、ずっと考え込んでいる。内容はレフィールにもだいたい想像がつく。
「ちょっと「願い」が大き過ぎるんだよね…。」
みるは、そう呟きながらも銀色の鎌を手に現し、ユリィに向けた。
「…相当な対価が掛かるけど、その「願い」を叶えることが出来るよ。」
「ほ…本当に!?本当にこの国が残るの!?」
「ただし、その願いと引き換えに…」
この、ファンタズマ国を残すという願いの対価は…
〇ユリィが命をかけて国を守った事実は無くなる。
〇ユリィが女王として存在した事も無くなる。
〇この世界の者は「ユメリィ・ドールレス・ファンタズマ」を忘れる。
〇ユリィは以降「ドールレス・ファンタズマ」を名乗ってはならない。
〇ユリィは「夢と現実を繋ぐ能力」を失う。
〇ユリィは永遠に霊の種族のまま残る。
〇ユリィがこの永遠を苦痛に思った時、対価が無くなり、国も願う前の通りに無くなる。
という内容に決まる。
「……どうする?生まれ変わる事も、この世界で知っている人も居なくなるよ?」
みるがそう聞くが、ユリィの気持ちは変わらなかった。
「その対価を払うわ。どうか、このファンタズマ国を残して…!」
ユリィが懇願すると同時に、みるは銀色の鎌を振り下ろす。
パリン…と何かが割れる音がした後、ユリィの意識は無くなった。
…ユリィが目覚めると、願いは叶っていた…と同時に、対価も払われたと実感する。
どこにもユリィが女王だった痕跡が無く、誰もユリィを覚えていない。自分の墓も無く、夢に入る能力も無くなっていた。
だが、愛する国は残り続けている。
ユリィは霊力を高め、様々な術を編み出し、とうとう転移術まで使えるようになった。
・
「願いを叶えた人が、バケモンになって恩返しに来る件について。」
「あら、酷いわ。せっかく力になってあげるっていうのに。」
その後、ユリィは「ユリドール」と名乗って、魔術を使う悪霊として、あらゆる世界を見つつ、願いを叶えてくれたみるの元を頻繁に訪れるようになる。
今、ユリィを「ユメリィ」と呼んでくれるのは、みるとレフィールだけ。
しかし寂しくはない。ユリィには叶った「願い」があるから。
そして、その願いを叶えてくれた、みるを今度は自分が守ると誓うのは…もう少し後の時間の話。
終わる。or 関連本を検索。