…朝。むつぎはベッドで眠っていた。
【お兄さまー!朝ですわよ!ほら、早く起きてくださいまし!】
「……んー。」
ぼけっとしながら、自称・妹のゼルル(見た目は魔導書)に起こされ、着替える。
【お兄さまー、ベーコンとウインナーどちらになさいますー?】
「…ベーコン。」
身だしなみを整えて、むつぎがキッチン兼リビングに行くと、ゼルルの朝ごはんが待っていた。
【いただきますわ。】
「いただきます。」
ゼルルが「せめて朝と夜くらいは、ちゃんと食事してくださいな!」と言ってから、朝と夜はご飯を食べるようになったむつぎ。
それから図書館で司書の仕事。司書の仕事中は、新しくユリィとみるが作ってくれたブローチをしている。
後から聞いた話では、元々あの赤いブローチはユリィが防護の術を織り込んだものだったらしいが、ベルフェリオの力を解放したせいで割れてしまった。
今度のブローチはマゼンタ色で、何か悪さをしたり必要以上の魔力を出すと拘束魔法が発動し、ユリィとみるとレフィールに察知出来るようになっている。むつぎとしては過剰に思えるが
「じゃあ、いちいち「アレ」をくらいたい?」
とユリィに言われたので、ありがたくブローチを選んだ。
…むつぎとしても、ベルフェリオとしても、何度も「あの魔法」を撃たれるのは勘弁してほしいと心底思っている。
【お兄さま、コーヒーですわ。】
「ん…ありがとう、ゼルル。」
時々読書をしながら眠くなると、ゼルルがコーヒーを持って来てくれる。
むつぎ・ベルフェリオ・バアルになってから、眠いという感覚が増えた。朝が起き辛かったり、昼間に居眠りをしそうになったり。
それをゼルルに話すと、ゼルルは深い溜め息をついて言う。
【お兄さま…お兄さまが大悪魔になる前、ワタクシもお兄さまも「7つの大罪」の称号を持っていました。お兄さまは何の称号を最初に手にしたか覚えています?】
7つの大罪とは、傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰、の7つの、人間を罪に導く可能性があるとされてきた欲望や感情のことを指すもの…と本には書いてあった。
「いや、悪いが記憶に無い。何だったんだ?」
【「怠惰」ですわっ!!お兄さまは大悪魔になってからもダラダラ寝てばかりのダメ男でしたの!そのお兄さまが初めて積極的に行動するようになった原因が、女神…みるですわ。やっとお兄さまが動くようになって…ワタクシは感激致しましたわ!!多分、むつぎも混ざり、女神にお仕置きされたから、少し身体が狂って「怠惰」が戻ってしまったのでしょう。】
「ちなみにゼルルは何の称号を持っていたんだ?」
【ワタクシは「暴食」ですわ。】
「…意外だなぁ。」
【お兄さま?ワタクシを何だとお思いで?】
「いや、嫉妬とか色欲とか。」
【その辺りを他から奪ったのは、お兄さまですわ。】
「…マジか。」
【はい。元々ワタクシ達の世界では、大罪の称号を持つ悪魔7人を「グリモワール」と指していたのですが…「集団とか組織とか称号持ちとか、正直飽きた。」と言って4人程1人の悪魔に殺されて、称号を取られましたわ。】
「まさかそれって…」
【はい、ベルフェリオお兄さま、貴方ですわ。】
むつぎは盛大に飲んでいたコーヒーを吹き出し、ゼルルは「お兄さまが吹き出すなんて…レアな光景ですわ!」と言いながら、せっせと片付けをする。
「何をしているんだ俺!?しかも何でそれを俺自身は覚えていないんだ!?」
【あの時、お兄さまは「悪魔をダメにするクッション」でダラダラと至福の一時を過ごされていた所に、グリモワールの会議に呼び出されて叩き起こされて半寝状態…しまいには、クッションを燃やされて苛立っておられましたので。】
「そんな理由で!!たかがクッションで4人やっちゃったのか、俺!!」
【ええ、それはもう凄まじく不機嫌で。残った纏め役も9割くらいズタズタにしてから、ワタクシにくださいましたの。ですからワタクシは、暴食と強欲。お兄さまは、怠惰に、傲慢、嫉妬、憤怒、色欲の称号を手に入れて、大悪魔となりましたわ。】
自分の事なのに「うわぁ…」と何とも言えない気分になったむつぎ。
【とうとうある時「この世界が飽きたから壊すか」と自分の世界すら滅ぼそうとしまして…それで女神が止めに来て出会ったのです。】
それは確かに、女神(みる)も止める、とむつぎは思う。
しかしふと疑問が生まれた。
「何故、ゼルルは俺の言動を止めなかったんだ?」
【ワタクシ、それなりの名家の令嬢でしたが…どいつもこいつも天ぷら…いえ、テンプレのような悪魔しかいなくて、家と縁切りして出ましたの。ああ、もちろん家のお金をごっそり盗…頂いて。せっかくなので世界珍味探しの旅に出ましたら…ダラダラし過ぎて生き倒れていたお兄さまと出会いまして。】
むつぎはまた盛大にコーヒーを吹き出し、今度は咽せてしばらく咳が止まらなかった。ちなみにゼルルはさっさと同じように片付けをしている。
【仕方なくお兄さまに、持っていたワタクシのなけなしの食べ物をあげましたの。】
「そ…そう…だったのか…すまない…。」
【ええ、ようやく見つけた100万年モノのブルーチーズでしたのに。】
せっかく淹れ直したコーヒーは、むつぎの手からカップごと落ちて無くなった。
「なのに何で俺の世話をするようになったんだ…?」
最早自分で床を雑巾で拭くむつぎは、ゼルルに問いかける。
【ワタクシが見てきたどんな悪魔よりも、悪魔らしくて素敵だったからですわ。お兄さまの親族も知り合いも、皆口を揃えて「あんな奴の世話なんて出来るか!」と匙を投げておりました。そこら辺でじれったい策略や罠を仕掛けてニヤニヤする悪魔よりも、脳筋共よりも、お兄さまはよっぽど悪魔ですわ!そんな方を捨て置くなんて…ワタクシには出来ませんでした。】
俺(ベルフェリオ)もヤバいが、ゼルルも大概ヤバいかも知れない…むつぎはそう思っていた。
・
やがて不定期な時間ではあるが、図書館にみるがやってくる。
「こんにちはー。」
「やあ、いらっしゃい、みるちゃん………と、レフィール…。」
レフィールと一緒に。思えばベルフェリオの時も含めて明確に「嫌い」な人物はレフィールが初めてな、むつぎ。しかしレフィールに何かをしようとは思わない、というか、出来ない。本人も強くてカンが鋭いが…何より、ちょっかいをかけると、みるに死ぬほど怒られる。
一度本の山に埋もれさせようとしたら、バリアに阻まれた上に、みるから光魔法を大量に食らった。死んだかと思った…とむつぎは思い出して黄昏れる。
その後は、警戒したみるがレフィールに抱きついて離れず、そのまま帰っていった。別の意味で死んだむつぎ。
逆に対象が、みるだと、レフィールに加えてユリィまで出て来るので、また違う意味でタチが悪い。
・
何だかんだとしているうちに夜になり、ゼルルの作る夕飯を待ちつつ、風呂に入る。
風呂も元々入る必要が無かった(洗化魔法を覚えていた)ので、これも用意して入れてくれたゼルルに感謝しかない。
「……俺、自称・妹に頼り過ぎじゃないか…?」
そもそも司書の契約が出来たのも、ゼルルが自分の身体を差し出し、ベルフェリオの身代わりに魔導書グリモワールに封印されてくれたおかげ。
不便だとは一切言わないが、本のままこうして世話と助手をしてくれているのだ。不満はあるだろう。
「うう…多分身体は取り戻せないだろうな…契約だし。取り消してほしいってルゥに……いやいや、流石にもうダメだろう!」
ひょっこりベルフェリオが出かかったが、頭を振って考え直す、むつぎ。
ふと思ったが、称号持ちを惨殺しておいて、恨み辛みからの奇襲など無く、気分的に世界を壊そうとしても、ルゥ(みる)達以外が何かしてくる事は無かった。悪魔はゼルルが、もっと上の存在はルゥが何とかしてくれていたのかも知れない。
「ポンコツ!!俺ってポンコツ大悪魔じゃないか!!いや、今は司書だからポンコツ司書だ!!」
自身の情け無さに絶望する、むつぎ。しかも風呂で。
「…明日!!明日からはゼルルに頼らない生活をしよう!仕事もして、ゼルルの身体についても調べて…そうすればルゥ…みるも見直す筈!!」
そう決意して風呂から出たむつぎ。
・
…翌朝。
【お兄さまー!朝ですわよ!早く起きてくださいまし!】
「……んー。あと5分……」
むつぎの決意は、毎日「明日から頑張る」になるのだった。
・
ちなみにゼルルは「別に今更、元の身体なんて無くとも全く構いませんわ。」と言っていた。
終わる。or 関連本を検索。
※おまけ絵↓
「ゼルルってどう家事しているの?」と読者様に言われて描いた落書き(笑)。