図書館の騒動から数週間後。銀髪の剣士レフィールは、とある世界の屋敷に来ていた。
「…というワケだ。」
「そうか。結局はベルフェリオ「も」彼女に振り回された挙句、納得する形に収まったんだな。」
「も、とは何だ。「も」とは。」
「ふん…言わずともわかる癖に。どいつもこいつも…もちろん、私も。」
レフィールが淡々と会話しつつ、不機嫌そうに睨んでいる相手…それは、みるに魔法や女神の力の使い方を教えた魔術師。双子の女神の話を伝えてきた魔導師の弟子の1人だ。
当然、彼とレフィールは、みるから紹介されて出会い、密かに火花を散らす仲。
魔術師から見れば、レフィールは弟子をさらったワルい男。
レフィールから見れば、魔術師は彼女の育ての兄。もしくは、恋敵。
だが、互いに互いの存在が無ければ、彼女はここまで成長しなかったと理解している。だからこうして不定期的に会い、みるの様子を話し合っていた。
「やっとベルフェリオの問題が解決か…長かったな。」
「長かった…本当に。ミィを触れない日々…もし「羽根」を通して姿を見られ無かったら、発狂していただろう。」
レフィールは自分の魔力で出来た「黒い羽根」を手に持ち、くるくると回しながら言う。
この「黒い羽根」は、みるの魔力球と似たような作りになっており、レフィールは羽根を通して時々みるや周囲の状況を見ていた。
「こんな回りくどい事をしなければならなくなるなんてな。とんだ大悪魔だ。」
・
…そう、そんな魔法を使ってまでレフィールが、みるの傍を離れなければならなくなったキッカケ。
それは大悪魔…ベルフェリオが、みるを好いてしまい、自分のモノにならないからと迫ったから。
そして、みるも、ベルフェリオに自分が女神の魔力をちゃんと扱いきれていないこと、ヘタな事をすると魔力が暴走して周囲を傷つける可能性があること、それをしっかり説明していなかったから。
話そうとしたらしいが、ベルフェリオは自分勝手に途中で会話を止めることが多々あったらしい。
結果的に、みるは魔力を身体だけではなく自分の心…精神で抑え続け、耐えられなくなって気絶した。
丁度その時にレフィールが駆けつけて、みるの魔力を自身に分けたから良かったものの、もし勝手にベルフェリオがみるの魔力を自分に移そうとするか、或いはみるの魔力が溢れ出ていたら、2人共タダでは済まなかっただろう。
ベルフェリオの執着心を警戒したレフィールは、みるに迫った怒りも合わせつつ、彼を魔導書グリモワールに封印した。
みるは、このまま女神の力をほぼ全て持ち続けていたら危ない状態。オマケにベルフェリオの相手をして、魔法を使い続けた疲労が、かなり蓄積している。
「…まずいな。このままだとミィは…」
レフィールは考えた末に、みるの黒猫のバッグから桃色の結晶を取り出して使った。
これは、みるが魔術師に習って作った物で、女神の力を一時的に結晶内に固定出来る。だが、長い時間の状態維持は出来ないし、女神の力の無いみるが1人になって、何かあれば対応出来ない。
結晶に固定されたのを確認したレフィールは、すぐにある人物の元へ向かった。
「お前に頼みがある、ユメリィ。」
ユメリィ…もとい、ユリドール、ユリィの所。
神出鬼没なユリィをすぐに見つけ、しかも気を失ったみるを抱えたレフィールの姿に、ユリィは大事であると察する。
「…ミィに何があったの?クロハネ。」
「魔力を精神で抑えて気絶した。女神の力は今はここに固定している。」
レフィールはユリィに桃色の結晶を見せた。
「ミィの容体は…今は命に別状は無いようね。」
「ああ。だが、このままは良くはない。ここに封印した大悪魔が狙っている。」
更にベルフェリオを封印した魔導書を見せ、レフィールは事情をユリィに話す。
「……まったく、この子は…お節介というか何というか…」
案の定、ユリィは呆れ果てて頭を抱えた。だが、そんなお節介でユリィ自身は救われているのも事実。
「それで?私にどうしろと?」
「魔力の肩代わりと、ミィの世話、それから大悪魔の監視を頼みたい。オレは女神の力とミィの記憶を自分に移して身を隠す。」
「…やる事が多いし、見返りもほぼ無いわね。」
「女神の力を少し貸す。それでお前は一時的に「悪霊」から「神霊」となるから、今より様々な事が可能になるぞ。」
「………。」
中々首を縦に振らないユリィに、レフィールはポイッと少しの魔力と女神の力を投げてやった。
「あ!ちょっ…!」
ユリィが止める間も無く、魔力と女神の力…星の力はユリィの身体に入っていく。
「……これは……」
レフィールは驚愕するユリィに、無言で頷く。
あんな娘が持つには有り余る力。これが全て使いこなせれば、世界の法則だって捻じ曲げられる。
しかし、そうしなかったのが「あんな娘」なのだ。
いや、その前世…双子の女神がそもそも自分達だけの為に力を使わなかったせいもあるのか。
「…仕方ないわね。」
ユリィは渋々レフィールに協力することにし、一時的に「神霊」に種族が変化する。
「でも、いくら大悪魔と出会った時から今までの記憶が無くても、貴方を想う気持ちは変わらないでしょう?会いたがって廃人になってしまったら、どうするの。」
「そこはコレだ。」
レフィールはヒラリと黒い羽根の形をした自分の魔力をユリィに飛ばした。
「こいつを7つ集める。そうすればオレの居場所がわかる。と…ミィに伝えて渡せ。そうすればミィはしばらく大丈夫だろう。」
「…大悪魔は?」
「女神の力…星の力が示すままにしていい。だが、くれぐれもミィと大悪魔を必要以上に接触させるな。なんの拍子でまた迫るか、わからないからな。何せ5つの大罪の称号持ちだ。」
「そんなのまで構うなんて…流石はミィね〜。でも、そんなに魔力の無いミィに世界を飛び回らせるの?」
「例の図書館を割り当ててくれるらしい。詳しくは奴に聞いてくれ。」
「魔術師さんも貴方も過保護ね。」
「そういうお前はどうなんだか。」
こうしてほぼ全てをユリィに投げたレフィールは、姿をくらました。…ように見えて、実は黒い羽根を使って、様子を伺っていたのだ。
お陰でだいたいの事は把握して動けた。司書になったベルフェリオ…むつぎの事も、身代わりになったゼルルが機会を伺っている事も・・・ミィ、もとい、みるが、記憶を失っても大悪魔を気にしている事も。
みるが、眠っている時に泣きながら自分の名前を呼んでいた時は、本当に胸が苦しかった。
今すぐに傍に行きたい。
抱きしめたい。
でも、今はみるの身体の回復と、しっかり元の魔法を使えるようになってくれる事が最優先。レフィールはぐっとこらえて、本の世界を移動しながら黒い羽根で、見続けた。
みる、として「想いを観る能力」が伸びて強くなったのも、ある意味では運命というか宿命に思える。
みるが不思議図書館に行き、むつぎがそこの司書となったのも、ある意味みるの強い「意志」かもしれない。レフィールとしては、そう納得して見ていた。
・・・それはそれで、ベルフェリオがまた迫った時は別だったが。
結局、みるを助けに入れたものの、ベルフェリオを制裁したのは、みる本人だし。
・
「考えてみれば、そうか。結局ベルフェリオ…むつぎ「も」みるに救われたのか。」
「だろう?どうしようと、みるは女神の使命を成し遂げる。意志が強い子なんだ。」
「それはわかるが…男が絡むのはな。」
「ああ…それはそうだな。」
「不思議図書館は、このままユリィ名義で継続なのか?」
「多分。愚弟が来たら言ってみるが、余程の事が無いと継続だろう。」
「そうか。」
レフィールと魔術師は、同時に用意されたお茶を飲む。
「さて、そろそろ帰らなければ。またむつぎに取られるかもしれん。」
「…どうせ羽根でいつでも守れるようにしている癖に。」
「そっちこそ、みるに何を持たせているんだか…。」
売り言葉に買い言葉な2人は別れ、レフィールは、みるの元へ帰っていった。
・
「ただいま。」
「おかえり、レフィ!今日は久しぶりに肉じゃがだよ!」
「ミィの肉じゃがも久しぶりだな。」
ほぼ無意識な動作になっている、みるの頭をぽむぽむ撫でると、みるは嬉しそうに微笑む。
レフィールの幸せな瞬間だ。
この為に生きて、この為に戦う。彼女の隣に立つ為に。
…そして、いつかは女神の傍らに立つ者として、全てに認められるように。
あの日、星の光に照らされた、命の炎。
いつか、今度は自分が彼女の願いを叶える側になれるように。
その思いは変わらない。
あの時も、今までも、そして…これからも。
終わる。or 関連本を検索。