崩れかかったビルへと戻ってくると、枯れ枝を集めマッチで火をつける。晩飯の用意をすると少し離れたところに座っているイブを呼んだ、ゆっくりとこちらへと近付いてくるイブに、隣に座るよう促すとぼおっとした目で焚火を見つめている。
「人の為に料理を作るのは初めてだな……、不味くないかな?」
イブは料理を口に運びながら小さく頷いた、私もそれに倣って料理を口にすると、ふと夜空を見上げた。それにつられるようにして、イブも空を見上げる。
「昔、ここでは星なんか見えなかったらしい、ここまでの星空を都会で見れるのも、人がいなくなったおかげだと思うと皮肉だ」
そうなの? イブの不思議そうな声を聞き私は頷いた。
「このビルにも、昔は人がそこら中にいて、かなり賑やかだったみたいだ。星空が見えない代わりに、ビルの明かりの集まりを夜景と称して、それを見に色々な人がここに集まったらしい」
そうだったんだ……、イブはそう呟いたきり、すっかり黙り込んでしまった。今では私とイブだけが、この星空を眺めている。昔夜景を見に集まっていたと言われる人々は、また別の場所で私たちと似たように星空を眺めていたんだろう。
「あ、流れ星!」
黙り込んでいたイブが星空を指さした、見れば一筋の光が空を泳いでいく。それを合図にして、次から次へと流れ星が空を覆っていった。感嘆の息をもらすイブに、私は暫く考え込んだ後、口を開いた。
「イブ、聞いてくれ」
流星群に向けていた視線を私に移したイブに、頭の中の黒い霧を吐き出していく。
「人が全て彼らになったわけじゃないかもしれないんだ、とりあえずこれを聞いてみてくれ」
リュックから古ぼけたラジオを取り出すと、周波数を合わせイブにあの人の声を聞かせた。イブは私とラジオとを見比べると、なんで、嘘をついたの? と私に詰め寄る。
「それは……、この声が本当に人のものか、まだ確信が持てないからだ」
確信? それって何? 責めるようなイブの声に、思わず小さく呻いた。
「この声は、ずっとこの調子で、ラジオから流れている。一日中ラジオを流していたとしても、ずっとだ。おかしいと思わないか?」
イブは暫く黙り込むと、何のために、そこで一旦言葉を切った。
「ねぇアダム、なんで私にこの話をしたの?」
心底信じられないと言った響きを持ったその言葉に、今度は私が暫く黙り込んでしまう。改めて何のために、と聞かれると答えに窮する。私は彼女のためを思って、彼女が私から離れるように、自分と同じ人と暮らしたほうがいいと思っていた。だが、それはただの私のエゴなのかもしれない、私は心のどこかで彼女に嫌われるのが怖いだけなんじゃないか。
「……君はどうしたい?」
イブは迷っているようだった、私とこのまま生きていくのか、それとも、彼と共に生きていくのか、彼女がどちらを選ぶにしても、私は彼女の思いを尊重したい。
「まだ分かんない、私、外に出たらやりたい事が沢山あったから、それを叶えてからでもいいかな?」
私のずるい問いに、イブのずるい答え、それでもそれが今の彼女の気持ちだろう。
「あぁ、そうしよう、まずは何がしたい?」
今は……、イブの視線が空へと移った。私もそれに合わせて空を見上げる。
「今はただ、眠りたい」
おやすみ、イブ、私は彼女から少し離れたところに横になると目を閉じた。