ギラギラと照り付ける日差しで目を覚ました、すぐそばに寝ていたはずのイブの姿が見当たらない。まさか、もう? 不安に思いイブの名前を呼んだ、それは彼の声にも似た悲痛な叫びにも思える。何度も、何度も、声がかれそうなほど叫んでいると、海の中にイブの姿が見えた。イブは私に手を振って笑いかけている、ほっと胸をなでおろすと、その場にへなへなとへたり込む。イブにも私の姿が見えているのか、慌てた様子でこちらに近付いてくる。
「大丈夫?!」
私の肩に手を置いて顔をのぞき込むイブに、私はあいまいに首を縦に振った。
「これでおたがいさま、ね」
悪戯っぽく笑うイブを見て、出会ってばかりの頃を思い出した。あぁあの時の、力なく笑う私の頭にイブが手を置いてぐしゃぐしゃと撫でる。これもお返し、楽しそうに笑うイブを見て、ふんと鼻を鳴らすとそっぽを向いた。
海から離れ、ラジオを頼りに歩き始める。聞こえてくる声に耳を澄まし、目印を確認しながら歩いては立ち止まり、立ち止まっては歩くことを繰り返した。次第に暗くなっていく空を見上げ、何度目かの夜を明かしながら、ただ黙り込んで歩を前へと進める。
「どんな人なんだろうね」
イブが沈黙に耐え切れなくなったのか私に話しかけた、声を聞く限り男性だとは思うが……、声だけで相手の素性を当てるなんて不可能だ、どこかぶっきらぼうにも聞こえる自分の声に思わず苦笑した。これじゃ嫉妬しているみたいだ、いや嫉妬しているのか。
「この頃、アダムらしくないね」
私の考えを読むようなイブの一言にドキッとする、そうか? いつもと変わらないが、作った笑顔がひきつるのを感じる。そうかな? 前を歩いていた私を追い越し、顔をのぞき込んでくる。その目から逃れるように、辺りを見回していると、一つの古ぼけたモニターらしきものが目に映った。そこから途切れがちに聞こえてくる声と、ラジオから聞こえてくる声はほとんど一緒に聞こえる。嫌な予感を覚え、イブにここで待っているように言うと、古ぼけたモニターに恐る恐る近づいていく。
『誰か! 誰かいないのか?!』
ラジオの電源を切ると、私はそのモニターをのぞき込んだ。画面いっぱいに男性の顔が映っており、その口が動くたびに声が聞こえる。疑いようがない、この人が、……これが、私の、私たちの求めていた彼だ。
『アダム? お前、今まで一体どこにいたんだ? 他の人は? 他の擬似人体は?』
長年探していた彼がまさかこんな姿だとは、私はどこか非難めいた言い方をする彼をただ黙って見つめていた。聞きたいことは山ほどあったが、彼の姿を見た瞬間にその言葉も吹き飛んでしまっていた。なに、これ? イブの声が聞こえハッとする。
『二人だけか?』
彼の問いに私は頷いた。彼はため息をつくと、私とイブを交互に見つめる。そうか、間に合わなかったか、呟きまた深いため息をついた。出来損ないのAIと、正体不明の少女か、笑えるな、彼は罵るように吐き捨てる。
「アダムは出来損ないじゃない!」
彼を睨みつけるイブを私は手で制した、彼の言うとおりだ、どこか悲しげに見えるイブはすっとどこかへ歩いて行ってしまう。
『そもそも、その体は俺ら人間の為の物だ。俺がどれだけの倍率を勝ち進んで、こうやって《意識だけを機械に記録した》と思ってる? 間に合わないくらいなら、出来損ないのAIをテストに使うんじゃなかった』
なんだと? モニターを揺すると、彼は怪訝そうな顔で私を見る。
『お前はあくまで試作品ってことだ、それも役立たずのな!』
モニターを砂の上に落とした、画面にノイズが走り彼の顔が浮かんで消える。出来損ない? 試作品? あくまでテストの為だけに作られた? 頭がうまく回らない、彼の言っていることが信じられない。私は、私は何の為に、今まで生きていたんだ?
「なにもかも、全て全て無駄だったのか?」
気が狂いそうなほど長い間孤独に耐えていた、何か自分には大切な使命があって作られたと思っていた、イブを助けたのも、一人に耐えきれなかっただけじゃない、人を助けることこそが私の使命だと思っていたからだ。それもこれも全部、無駄でしかなかった?
「アダム?」
イブの声が遠くに聞こえる、ひどく気分が悪い、自分の存在を否定され、唯一の友ですら今失うのか? エゴイズムの塊のような彼に? 耐えられない、そんなこと、許せない。リュックから木槌を手に取る、私も彼も機械だ、不出来なものは、壊さないと。
『お前、何する気だ?』
妙に余裕ぶったその態度に腹が立つ、もし意識だけの存在でなければ、まぁいい、それもこれも、私を作った、こいつらが悪いんだ。木槌を振り下ろそうとしたとき、彼が何かを呟いた、視界いっぱいにノイズが走る、感じたことのない激痛が襲い掛かってくる。
『ロボットは人を傷つけてはならない、それがどんな形であってもな』
イブの声がひどく遠くに聞こえる、悲しそうな、心配そうなその声に、私は答えられなかった。