誰かが言い争う声が聞こえる、体が金縛りにでもあったかのように動かない。指先一つ動かせない、瞼すら開けない今の私には、ただ耳をそばだてる事しかできない。聞きなれたイブの怒鳴り声と、彼の苛立った声が聞こえてくる。
「アダムをどうするつもり?!」
何かの駆動音が聞こえる、急な浮遊感とともに、だらりと手足が垂れ下がった。強烈な痛みが首元に走ると誰かが駆け寄ってくる。
「アダム! アダム! 聞こえる!?」
イブの必死の呼びかけにも反応することができない、激痛に悲鳴を上げることすらできない、一体何が起こっているかわからない、ここまで自分が無力な存在だと思ったのは今が初めてだ。まるで赤子にでもなったかのような錯覚に陥る。
『元々こいつの為のもんじゃないんだ、邪魔だ、どけ!』
彼の怒号が聞こえた後、派手な音ともにイブの悲鳴が聞こえる。何が赤子だ、何が無力だ、私は全身に力を入れると首元のプラグを引き抜いた。見れば人の背丈を超すほどの機械が、今まさに私を掴み上げている。その手から逃れようともがくが、その力量差は目に見えていた。イブは?! 小さなうめき声が聞こえ、辺りを見回すと暗い洞穴の壁際に蹲っているイブの姿が見えた。頭にカッと血が上る、もう一度全身に力を込める。
『暴れるな! 壊れてもいいのか?!」
慌てた声が上から降ってくる、見上げれば彼がこちらを見下ろしていた。悲鳴にも似た叫びに私は彼を見上げる。
「大切な人一人守れないようなら、私に存在意義はない!」
近くに揺れていたプラグを掴むと、バチバチと音を鳴らすそれを機械に押し当てる。全身に電流が走り、強烈な痛みにうめくと、浮遊感のすぐ後に地面へと叩きつけられた。背中を強打し呻いていると、イブが慌てて駆け寄ってくる。
『いい加減にしろ! ただのAIが人間様に抗うんじゃない!』
もう一度私を捕えようと機械の手が伸びる、イブが背負っていた弓を構えると、矢を引き絞る。深く息を吸って、吐くと同時に矢を放った。機械の腕を超え、モニターへと突き刺さる、バチバチと火花を散らしながら、断末魔を上げ始める。
『だから、赤は嫌いなんだよ』
イブを睨みつけたあと、ブツッと音がしてモニターが消えた。私とイブは顔を見合わせると、その場にへたり込む。無事を確認してから、力強く互いを抱きしめた。ふと彼女の体が小刻みに震えていることに気づく、今まで無理をして気丈に振舞っていたんだろう。
「大丈夫か?」
カタカタと震えるイブの肩を抱く。イブは私に抱きつくと、よかった、本当によかった、瞳いっぱいに涙をためている。ぐしゃぐしゃとイブの頭を撫でると、イブはくすぐったそうに笑っていた。それにしても……、ぐるりと辺りを見回すと、洞穴の中は捨て置かれた人形だらけだ。マネキンにも見えたそれの一つに触れてみると、自分とよく似た皮膚の感触に思わず小さな悲鳴を上げた。これは、私と同じ、いや、《中身のない》擬似人体達か……、ここにある全てがピクリとも動く様子はない。
「そろそろ、出よう?」
イブの声でハッと我に返る、頷き返すとなんとか立ち上がった。何度も後ろを振り返っては、惨状と化したそこから歩き去った。